第17話 〜前マスター〜
久方ぶりの更新であります!
——『書』はいいました。
それは悲しくて、つらい代償でした。
けれど、あの方が一刻も多く生きれるのならば、私は手段も、代償もいといません。
私は『書』に代償を払いました。
ああ、でも……。
「だれ?」
エリスは後ろを振り向いた。
だが、そこには誰もいない。
「全くもう……、ハヴェリド様はいつも急なんだから!
私の心労も少しは察してほしいのに」
彼の場合は分かっててやってるんだろうけれど、と誰が聞く訳でもなく、エリスは独り愚痴を言う。
——ハヴェリドと言えば、あの王子ですかーー
「ええ、私のお姉ちゃんを……お姉、ちゃんを……」
エリスは歯切れ悪く返事を返す。
——それはまた、厄介な人物に会ったものですね——
ルイはエリスの心へ問う。
「……ルイ、『彼』に伝えて。
もう、こちらへ来ても良いよって」
その時のエリスの表情には、決意があった。
——!? よろしいのですか?
彼を呼べば彼女も付いてきますが……——
ルイは心底心配したような声で言った。
「そうね、付け足して。彼女は撒いてからきてね、って」
——御意に——
エリスにはルイの意識が少し遠のいた感覚がした。
「本当に、ひとり。
早く、揃うと良いな……」
エリスは思い出すかの様に遠くを見つめる。
——揃えば夢が始まるね!——
ふわふわと、存在しない『何か』がエリスへ話しかける。
「夢……?」
——あれ? 知らないの?
終焉の夢だよ?——
——駄目よ。彼女は知らない。
彼女は彼女であってもあの方ではないのですから——
——むぅ……はぁーい——
もう一人の『何か』は告げた。
『何か』は渋々と言った様子で存在を消した。
「? 消えた……。
まあいいや、それよりも……。なんとかお見合いを辞めさせないと」
お見合いが正式よりも早く分かったのは喜ばしい事であったが、それ以上に悩みが増えてしまったエリスであった。
昼から仕事に戻り、夕方にどこかも分からない廊下を歩いていたエリスだったが、何かに引っかかり、転けてしまった。
「いったぁ……」
エリスは鼻を押さえながら壁を見た。
そこには『第13代王妃』と書かれた金属のプレートがあり、上には質素な装いをした少女が描かれていた。
無意識のうちにエリスはその肖像画へと手を伸ばした。
手が触れた瞬間、何かの映像が頭をよぎる。
『ほんとうは、ちがう……?』
だれかがいう。
『ああ、あれはだれだったのかしら……。
おうひさまがめざめるまえに、そういって。
けれどおうひさまはめざめなかった。
そうなるとしっていたのに、かえることはできなかった。
『みつかいのしょ』。わたしはあのだいしょうを。とうかこうかんを。
ねえ、おうひさま。いらえのこえを、ください……』
そのだれかはないていた。
わたしはなかないでほしかったのに……。
いま、もどれるならば……。
「——泣かないで」
エリスはぽつりと無意識のうちに呟いたようであった。
しかし、その言葉はただ広い回廊に良く響いた。
幸い、周りに人の気配はない。
「——わたくしは貴女に贖罪を求めていないから」
貴女はそれをする前に居なくなってしまったけれど。と付け足しながらエリスは尚も呟く。
「——だから、そんなこと、しないで……」
そう呟くと、エリスは地に膝をついた。
「うっ、何……、私じゃない意思が入り込んでくる……」
うつろな瞳となり、エリスは肖像画を見つめる。
——マスターエリス様!
これは……。『灰』の前マスター残留思念ですか。
ですが、何故……。いえ、今はそんなことどうでも良いですね。
エリス様、少し我慢なさって下さいよ——
ルイは書から人型へと戻る。
その瞬間、フワリという優しい風が吹いた。
「失礼」
ルイは膝をついているエリスに目線を合わせた。
そしてエリスの頬を触り、あごを上げる。
——唇と唇が、触れた。
「!!」
唇は名残惜しそうにもすぐに離される。
それは刹那のことで、エリスも何がなんだか分からなかった。
「近い魔力の波動に共鳴されたようですね。
意識がそちらへ引きずられ、意思が入り込んだようですが……(だが、『灰』の前マスターが何故)」
ルイの話を聞いてるかも分からないような表情のエリスは何かを確かめるかの様に肖像画を触る。
「この人。私、知ってる……?」
「!? 『第13代王妃 アイリ=フェルー=フォン=ラマレル』ですか?
確か、この方は……」
説明が始まろうとしたが、エリスがその言葉を遮った。
「『アイリ』? 違う、この人は……。
リノワール。リノワール=カラット。
愛称はリノ。アイリの侍女にして大陸最強で稀代の魔術師。
その特異性は第一級国家機密指定として隠されている。
属性は5大属性、空間、時空。
なお、空間、時空においては最後の担い手であったと言われている」
「エリス様!?」
必死の呼びかけにも、エリスは動じない。
「『アイリ』王妃を身を呈して守った者であり、イエン王家最後の『守り手』であった。
魂の姉妹であり、後にも先にも人類最強である。
最後の媒介は『妖精の書(アナザーフェアリー)』」
『守り手』とは、王家皇家各々居るが、王家皇家を何があろうとも守り抜く為に庇い、死ぬ為に数がだんだんと減り、正当な血筋の『守り手』はケルフェリズ王国位しか居ないと言われている。
「『妖精の書(アナザーフェアリー)』……」
やっぱり『灰』の前マスター、とルイは呟く。
「そして、皇女にして巫女姫『エリス』の前世、その侍女」
「皇女? 巫女姫? やはり、あちらへ居たのは……」
ルイは案じる様にエリスを見る。
しかしながら、エリスはうつろな瞳のままだった。
「眠たい……」
最後にそう呟いて、エリスは倒れる。
それをルイが支えるが……。
「『灰』、何時の時代も貴方は僕の邪魔をするのですね」
ルイは誰か、へと憎しみの目を向ける。
「今度は負けませんよ、今度こそ、引きません……。
貴方が『御使い書』であろうとも、今度は遠慮をしません」
「そうか、それは結構なことで」
ルイではない声が聞こえた。
振り向くと、そこにはハイラルディスがいる。
ハイラルディスは肖像画を見上げ、言った。
「『アイリ=フェルー=フォン=ラマレル』か。
この肖像画の人物は『所有者』から聞いただろう? 最も、本人は呟いただけかもしれないが」
先ほどのことを見ていたかの様にハイラルディスは語る。
「何故……」
「知ってるから、だ。お前も気付いてるだろう? これが俺、『灰』の前マスターだってこと位は。
その時から俺は『災いの書』であり、ある程度の聖域に安置されることにより人々の負を吸い取る道具としてイエン王国……いや、今のケルフェエリズ王国に安置されていた。
全ては『守り手』の恩が為に、な。
マスターはああいっていたが、俺の封印があんなヘッポコ魔術師に解かれる筈ねえぜ。
あれは切っ掛けとなったに過ぎない。
もうそろそろ起きようと思っていた矢先、マスターが近づき、封印を強めてしまったから起きるのが予定より遅くなってしまっただけだぜ。
本当はもう少し早く起きれたが、な……。
無理をして精神体を作っちまったから、その反動で封印と相乗効果が起きた。
それが俺の起きたことの端末だ」
ハイラルディスはいつもより喋る。
それがエリスと関係することだからなのだろうか?
「『灰』、今回は……」
「わかってる。前回のように後悔したくねぇんだろ?
けどな、今回のマスターは色々ややこしい問題をかかえてやがるから、その問題が解決するまでこちらの問題は無しだ。……マスターにこのこと言うんじゃねえぞ」
どこまでもルイの心を読み、ハイラルディスは告げる。
「……じゃ、今は僕が引きますよ。
はい、ちゃんと持って下さいよ」
ルイおもむろにエリスをハイラルディスへ託すと、足下に魔法陣を展開する。
「ちょっと雲隠れしますので、マスターエリス様にはそうお伝え下さい。
ではっ!」
ルイは淡い光とともに一瞬で消える。
「……そう、今回は前回の様にはしない。
そう誓ったからな、前『所有者』」
ハイラルディスは肖像画をみながら、祈るような視線を一瞬送った……。
今回ちょっとだけ謎が解けたような気がします。
次のは番外編。
元々短編として投稿していたものです。
もしかしたら、読まれている方もいるかも……。