第9話 〜資料と学園と〜
「ふ〜・・。
王子様のお付きといってもあまりついてることってないのね。」
エリスは人知れずため息をついた。
「それにしても、王子様のメイドが私以外に居ないの?
おかしい・・・。」
唯今エリスは、アーセルインの執務室を掃除中である。
そしてエリスは、何を思ったのか歌を歌いだした。
「 さあさ、忘れましょう
夢の姫を 雪の姫を 火の御人を
さあさ、忘れましょう
悲しみと 祝福と 未来を
さあさ、さあさ
雪の宴を——————」
「誰だ!?」
いきなり執務室の扉は開いた。
「きゃあ!!」
エリスは思いっきり目をつぶった。
恐る恐るエリスが目を開けると、そこに居たのはアーセルインだった。
「アーセルイン様?
どうか、なされましたか・・?
まだ、ここに来られるお時間ではありませんよ?」
「歌が・・・。」
「歌、でございますか?」
エリスは分かっていながらも再度聞き返した。
「はい、禁忌の歌が聞こえたので。
・・・・・、あ、いや、なんでもないです。」
アーセルインは無意識に言った失言に気付いたが、冷静に対処した。
「・・・、はい。
伝承など___。」
「なにか?」
「・・・いえ。
では、ここは終わりましたので戻らせていただきます。」
エリスは綺麗にお辞儀をして去って行った。
「そう、伝承など・・・無い方が良かったのに、ね・・・。」
「ふぁー、ビックリした〜。」
エリスは呑気に次の仕事場所であった王子の書庫でいったん休憩していた。
ふと、本棚に目をやると、エリスの興味をそそる題名を見つけた。
「ん?
『幻術の危険性とそれに関する重要書類』・・?」
(どうしてこんなところに・・・。)
エリスは不思議に思い、本を抜いた。
・・・しかし、それは表紙だけであった。
中身は『ケルフェリズ王国とセンブルク帝国の関係性について』と手書きで書かれた紙束であった。
「まさかっ!?」
エリスは紙束を速読し、狂ったように捲る。
中程まで来た頃、パサリ、とエリスは書類を落とした。
「・・・そん、な・・・。」
エリスは力なくその場に座り込んだ。
『これは最重要国家機密に値する。
僕の考察によると、お父様は何かを隠している。
センブルク帝国とケルフェリズ王国の関係性に付いてだと思われる。
ここからは推測だが、・・・。
古センブルク国、古ケルフェリズ国の2つの国は国力を高め合うため、どちらの国も姫や王子を差し出していた。
何らかの原因が有り、2つの国は協力し合わなくなってしまった。
そこで、中立を保つ為に作られたのが、ケルフェリズ王国とセンブルク帝国の間にある国だと思われる。
しかしながら、どうしてその国を作らせる必要が会ったのだろうか。
始祖女神リィルを信仰する人間達が宗教中立国家として出来た、《プロメリーゼ宗教中立国家》は、初代国王と王妃がケルフェリズ国とセンブルク国の姫と王子の作った国であり、故に2つの国はこの国を潰せずにしかたなしとして中立国家として成り立った。
しかし、二人が死んだ後も国は廻っており、2つの国はこの国を容易に潰せなくなってしまった。
そのせいか、2つの国からプロメリーゼ宗教中立国家への間者が後を絶たない。
だが、プロメリーゼ宗教中立国家はずっと存在し続けている。
・・・話を少し戻すが、古センブルク国と古ケルフェリズ国の間では姫や王子を差し出していた。
血統的には古センブルク国と古ケルフェリズ国は親戚関係にある。
その血統は今でも続いているらしい。
そういえば、最近センブルク帝国の第一皇女が見つかったとの報告が上がっているが、本当は・・・・。』
「あ、フィオルセッテさん。
2度も会うなんて偶然です、ね・・・・!!」
タイミング良くアーセルインが入ってきたが、散らばった紙を見たアーセルインの瞳は驚愕に染まっていた。
「どうしてこれを!!」
「っ、ごめんなさい、アーセルイン様。
見て、しまいました・・・・。」
エリスはアーセルイン様を半泣きになりながら上目遣いで見た。
・・・ちなみに、エリスは(本人否定で)天然である。
「知って、いたのです、か?
ミリファ=フェルシス=ド=センブルクがセンブルクの・・・。」
エリスはそこまで言うと、口を閉ざした。
しかし、ミリファがセンブルク皇族であることをエリスは知らない筈であるが・・・。
「え、どうしてセンブルク帝国の第一皇女の名を知っているのですか?
それはわたくし達でさえも把握してないのですが・・・。」
アーセルインは困惑した表情を見せた。
エリスはアーセルインの言葉に、先ほどの言葉が失言であった事に気付いた。
そしてエリスはハッとした表情をみせ、あわてて口を塞いだがもう遅かった。
「どうして、ですか・・・?」
「えと、あの・・・。」
エリスがそうこうしているうちに、アーセルインの瞳はどんどん近づいてくる。
「う〜・・・。」
エリスはふと、さも今気付いたかのようにアーセルインへ言った。
「アーセルイン様、顔が近いです。」
それはきっぱりと。
もちろん、アーセルインにそんなつもりは無かったが、アーセルインを動揺させるには十分だった。
「あ、ごめんね!!」
オロオロとしているアーセルインを尻目に、エリスはその場をそそくさと去って行った。
案外ピュアだなーと思いながら・・・・。
ここはメイドの休憩室・・。
エリスが休憩しようと思い、椅子に腰を下ろすと、メイド達のうわさ話が聞こえた。
「そうそう、知ってる?
レイネリア様が見つかったんだって!!」
「へー・・・。
ま、国が総力を挙げて探したんだから当然よね!」
「見つかったのはレイネリア様の自室だというけれど・・・、変よね〜?」
「そうよね。
先日はウェイクローザ伯爵様のご令嬢、ルイナーレ様が攫われて、自室で見つかったものね・・・・。」
「本当、この宮廷はおかしいわ・・・。
ねえ、そうおもわない?」
エリスが聞いていないフリをしながら聞いていると、メイド達はエリスへと話をふってきた。
「えっと・・、そうね。
昨日なんて騒動があったみたいだし。」
「それに関してなんだけど・・・、犯人はあの『妖精の書』だっていうじゃない?」
「そうなの?
じゃあ、アーセルイン様がやったのかもしれないわね。
あの方も書持ちだっていうし、ここに恨みが有るとか・・。」
「きゃー、恐ろしいわね・・・・。」
「え?ちょっとまって。
アーセルイン様が書持ちっていうのはみんな知ってるの?」
エリスの疑問に、メイドは当たり前じゃない、という顔をした。
「あら、貴女新人の子?
なら教えてあげるわ。
アーセルイン様は書持ちだってメイド達の間ではもっぱらの噂よ。
だって、アーセルイン様は『洗礼者』だし、肌身離さず書を持ち歩いているらしいの。
あ、これは神官付きのメイドとアーセルイン様付き兼補佐のメイドから聞いた話だから間違えないわ。
・・・でね、その書の色は赤色で、禁本を管理していたメイドの一人が【あれは『妖精の書』だ!!】って断言したから、ほぼ100%『妖精の書』よ!」
メイド達はそうそう、と首を縦に振る。
そしてまた、誰かの噂話に戻るのであった。
エリスは苦笑いして颯爽とその場をはなれたが。
そしてエリスはメイドの情報収集能力ってすごいなーと感心していたとか・・・。
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独自捜査 <関連資料>
『ミエラ=カンパル=フォン=フェルマリーザ
出身国・・・センブルク帝国
身分・・・伯爵
詳細
王家の片腕、フェルマリーザ伯爵家の一人娘。
もう一つの片腕、アークセレンツ伯爵家とは対をなす家系と言われているが、何が対をなすのかは分かっていない。
唯一の共通点は、家宝が宝石。
フェルマリーザ伯爵家は『アレクサンドライト』。
アークセレンツ伯爵家は『キャッツアイ』。
これが何を意味するのかは現在分かっておらず。
齢24歳にして奏爵の位を賜った。
この頃の異名は『詠い手』である。
これは固有技能《詠読み》からついたもの。
固有技能《詠読み》・・・占い。占った人物の日単位〜年単位まで、幅広く占い(予言級)が出来る・・らしい。(今はもう秘匿されていて分からないから)
第56代センブルク国王(現国王)から一方的に迫られていた。
嫌になり、センブルク帝国を逃げ出した事は分かっているが、その後の消息は絶たれている。
追加資料
子供が2人居る。
一人はは宮廷魔法師であるが、もう一人の方は全くつかめていない。
失踪事件の裏で何かが動いているようだ。』
ゴトゴト、と馬車の揺れる音が聞こえた。
「もうすぐでございますよ、ミリファ様。」
運転手は眠たそうなミリファを気遣っていった。
「ん〜、はい・・・・。」
ミリファは眠たい目をこすっていった。
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「(これから、貴女へ転送魔法と偽装魔法を掛けます。
学園への書類は14歳と書かさせていただきましたので、その為の偽装です。
くれぐれも、バレてはいけません。)」
エーリラは光の3、果たしてそこまで出来るのだろうか、とミリファは思った。
その思いに気付いたかのように、エーリラは苦笑いして言った。
「(わたくし、元は光の3だというだけなのです。
本当は光の7で、そのぐらいの手助けは致します。
さ、窓側へよって下さい。)」
「ミリファ様・・・?
ミリファ様!!」
カナリアが扉の外で叫ぶが、もう魔法陣は形成されていた。
「(・・・またね、カナリア__)」
ミリファは知らず知らずの内にカナリアへ言葉を送っていた・・。
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そして、冒頭へ戻るのである。
「あ、・・・・。」
ミリファは何かを思い出したかのように、ふと、上を見上げた。
そこには黒い面しかないが。
「アイン君、レーネちゃん。
あの二人はたしか、魔法学園へ行ったと聞いたけど・・・?」
妹の親友であった二人の事を思い出すと、ミリファは学園へ一抹の不安を覚えざる得なかった。
「(・・・気付いていましたね?)」
エーリラは扉の方に向かって言う。
「ありがとう、エーリラ。
姫様を連れ出してくれて。」
それを言うと、扉を開けてカナリアらしき人物が入ってきた。
「(いえ、礼を言うのはこちらの方です。
あなたが『カナリア』としていてくれたおかげで周囲の目をごまかす事が出来ました。
ありがとうございました、・・・カメリア。)」
物陰から出てきたカメリアは微笑んだ。
「ううん、むしろ『鳥籠のお姫様』を外へ出してくれて感謝するわ。
彼女はここにいてはいけないのだから。」
「(それはどういう・・・、いえ、詮索致しません。
貴女のお陰でわたくしは《詠読み》様を失わずに済んだのですから)」
エーリラは何かを思い出すかのように目を伏せた。
「・・・・・・・。」
カメリアは何かを考えるかのように視線をそらしたが、やがて口を開いた。
「疑われると厄介だから、わたしは行きます。
貴女も早く行った方がいいわよ?」
「(・・・ええ。)」
カメリアは焦りながらその場を後にした。
「(さて、わたくしも参りましょう・・・・。)」
エーリラの足下には中くらいの魔方陣があった。
エーリラは一瞬不敵に微笑み、白く大きな花弁のエーリラの花を残して消えた。
《エーリラ》、その花言葉は『幻覚』。
「さあ、お嬢様。
着きましたぞ。」
年を取った執事に手を差し伸べられる。
ミリファは大人しくその手を取った。
「ここが、センブルク帝国魔法学園本校『アメーラ』。」
そのあまりの大きさと豪華さにミリファは唖然としていた。
ミリファは魔法師だが、学園に通っていなかった。
ミリファの魔法は妹のとある幼なじみに教わったのだ。
「ここの寮に名前を入れております。
14歳で、2年生の季節外れな転校生として扱われます。
クラス(位)は庶民クラス、専科は水とさせていただきました。」
御武運を、と年を取った執事は言い、去って行った。
「水、・・・・。
あんまり使いたくなかったんだけどな。
レーネの件もあるから___。」
ミリファは一瞬悲しそうな顔をして、その場を去った・・・
「ええっと・・?
ここが水の寮の・・、一般寮ね。」
そしてミリファは大きな建物を見上げた。
「おっきいな〜。
この寮は水Sの寮・・・と。」
ミリファは持っていた(持たされた)地図と建物の位置を見比べ、間違いない事を確かめた。
「これで一般寮なら、貴族寮って・・・・。」
ミリファはひたすらあきれるしか無かった。
それほどまでに寮は大きかった。
「きゃあああ!!ですの〜。」
「ちょっと、何しているのですわ?
おいて行きますわよ。」
「はぅ〜、待ってくださいですの〜。」
「大体、貴女は昔から遅いんですわ!」
「そこまで言わなくてもいいですの〜。」
「少しはそれに付き合わされるわたくしの身にもなってくださいですわ。」
「むぅぅ、・・・。
水精さん、捕まえて!!
『水の束縛(ウォーターシルエス・フォンティーラ=カルメレッザ)』」
「そちらがその気でしたら!
雪精さん、打ち消して!!
『雪の演舞(スノウカルテット・エレメティーラ=カルメレッザ)』」
目の端でクリーム色の髪をした小さな双子が言い争い、果ては攻撃の嵐になっているのが見え、ミリファは驚愕した。
「あんな小さな子達が、精霊の真名詠唱魔法!?
とりあえず止めないと!!」
ミリファは目をつぶって魔法の嵐の中へと突っ込みながら魔法を唱えた。
「《無の精霊よ、我が血において命ず。
指定空間に存在する全ての魔法を打ち消せ。
『解除技能』》」
魔法の嵐は消え、小さな双子の驚愕した顔があった。
しかし、それは目をつぶっていたミリファには見えず、双子もすぐにその表情を消し、無邪気な表情とキツ目な表情に戻った。
「あ、・・・。
ごめんなさいですの、中等部のお姉様。」
「・・・・・。
ごめんなさいですわ、中等部のお姉様。」
2人は同時にミリファへと頭を下げた。
「いいのよ。
・・・それにしても、今時の初等部はすごいのねー。
まさか精霊の真名詠唱魔法ができるとは思わなかったわ。」
ミリファの言葉の最後に、双子はギクリとした。
「え、と・・・・。
普通初等部の方は出来ないんですの。」
「ええ・・・。
わたくし達は『加護持ち』ですわ。」
無邪気そうな子の説明に、キツ目そうな子は補足を足した。
双子はそれに慣れているのか、サラッとやってのけた。
『加護持ち』とは、『妖精の書』よりは劣るが、それでも希少な精霊の加護を生まれ持っている人物のことである。
「わたくしはユティリアです。
改めて御礼を言わせていただくのですわ。」
「わたくしはルティリアです〜。
改めて御礼を言わせていただくんですの〜。」
息ぴったりで双子は言う。
しかし、双子はミリファを『理解』すると、目を細めた。
「どうしたの?」
双子はミリファの問いに答えず、目を瞑った。
「雪のお姫様。」
「わたくし達と同じ。」
「それを違える事は無し。」
「ここは違う。」
「去って。」
「早く、」
「早く、」
「「・・・自分の土地へ・・・・・・。」」
それをいい終えると、双子はハッとなって周りを見渡した。
「あ、・・・・・、ごめんなさい、ですの。」
「お気になさらなくて結構、ですわ・・・。」
双子は下を向き、落ちこんだ表情を見せたが、ミリファは微笑んでいった。
「別に良いわよ。
元から気にしてなかったから。」
双子の一人、ルティリアは顔を上げて言う。
「けれど・・・、気をつけてください。
本当に大切な物ほど、無くしやすいようですの・・・。」
「ええ、気付いたときにはもう無い、ですわ・・・。」
いつの間にかもう一人の子、ユティリアも顔を上げていた。
「え、えっと・・・?」
ミリファが戸惑っていると、ルティリアはミリファの手を引っ張った。
「行きましょう、お姉様!!
貴女も今日から水Sの寮という情報が入ってきているんですの〜。」
「いきましょうですわ!」
冷静な方のユティリアまで乗り出したのでミリファに止めるすべは無く、双子に寮へと連れられたのであった・・・・。
遅くなってしまいました・・・。
嗚呼、亀更新・・・?