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第3話 望まぬ決闘



 会議室を出て、回廊へ。

 相変わらずレオニードに難癖をつけられた会議だったが、思いのほか早く終わったので、苺のタルトを食べるべく、マリアは急ぎ竜騎士団の竜舎へ戻るべく廊下を歩いていた。


「おい、貴様」


 ふと、レオニードの声が聞こえてきた。

 誰よりも早く部屋を後にしたレオニードが、何やら不穏な声を発していた。

 回廊の奥、訓練場へ続く通路で、レオニードが誰かを壁際に追い詰めていた。

 相手は竜騎士。

 マリアの部下の竜騎士団員エルザール――平民出身の者だ。

 元はパン屋をやっていた、マリアよりも十ほど上の変わった経歴の持ち主だ。

 ある日突然竜が彼の元に舞い降り、そこへマリアが駆けつけたのだ。その日以降、エルザールはマリアの配下となった。


「……すみません、レオニード師団長。自分は通行の妨げにならぬよう横にずれただけでございます。決してレオニード師団長を避けた訳ではありません」

「口答えするな。たかが平民のくせに竜に選ばれたからといってこの俺より偉いとでも思っているのか?」


 レオニードの拳が上がり、鈍い音がした。

 エルザールの頬が跳ね、壁に背がぶつかる。

 周囲の近衛が一瞬動きかけ――止まった。

 レオニードは第三師団長でもあり、ブランデル侯爵家次男でもある。

 いくら理不尽を受けたとはいえ、手を出しづらい肩書きの持ち主だった。

 そこへ物音に気づいたマリアが足を止めた。

 戸惑う近衛たちにその場に留まるよう目で合図し、レオニードの元へ静かに向かった。


「レオニード殿」


 マリアの声は至って冷静だ。

 騎士として、団長としてその場に立っている。


「私の団員に、何をしている?」


 レオニードは、ゆっくり振り向いた。

 口元だけで笑い、目が笑っていない。


「躾だよ。空の英雄様の部下は、礼儀も知らないらしい」

「礼儀を教えるのに拳などいらぬ。――第三師団の訓練は、随分原始的なのだな……移動願いが多いのも納得だよ」


 レオニードの眉が僅かに動いた。


「……減らず口を。女のくせに」

「女である前に私は騎士だ。国のため民の為この命を捧げた」


 マリアは一歩、間に入った。

 エルザールが止めようと口を開くが、マリアは軽く手を上げて制した。


「エルザール、下がれ。――怪我の手当てを」

「団長……」

「早く行け」


 エルザールは一礼しその場を去る。

 レオニードは、その様子を見て嗤った。


「ふん、そんな平民出身の騎士など、いくらでも変わりはいるだろうよ、ベルクリーズ。……竜騎士団などとご大層な名ばかりの、下賤な血ばかりの寄せ集めのくせに」

「民を守る力に血脈など不要。全てはその力と心根だ。私の部下達は皆竜に認められし者。それが全てだよ」

「ほざくなよベルクリーズ……小娘が調子に乗って……」


 レオニードが顔を歪め、唸る。

 マリアは務めて冷静だ。


「……剣を抜け、ベルクリーズ」

「何故?」

「俺はまだ納得していない。貴様はたまたま幼少のアーデルベルト様を庇っただけで重用されているただの小娘だ」

「…私の入団時に喧嘩をふっかけてきて壮大に負けた事をお忘れか? それにただの小娘ならば竜の背に乗り槍を振るうなど出来まいよ」


 レオニードは過去に一度、マリアが竜騎士になりたての頃に挑み、あっさり負けた。

 その屈辱が腐って拗れ、今に至るのだ。

 マリアはため息をひとつ吐いた。


「ここは王城。私闘で血を流す場ではない」

「怖いのか?」


 私よりも年上のくせに随分と薄っぺらい挑発だ。

 さてどうかわそうかとマリアが思案してると、第四師団長ユーグの声が遠くから聞こえてきた。

 「うわ、またやってんの?」と呟いたようだった。

 ユーグの気配を察知したが、マリアは視線をレオニードから外さない。


「……私はあまり時間がないのでな、手早く済ませるなら構わない」


 レオニードが笑った。


「言うじゃないか」

「ユーグ殿。立ち会いをお願いする」

「ええ〜なんで僕なのさ」


 見つかっていたのをわかっていただろうユーグは、露骨に嫌そうな表情になる。


「今ここで私たちの戦いを止められるのはユーグ殿だけだ」


 ユーグはやれやれと首を振り、のろのろと二人の前に向かう。


「こんな面倒に付き合わされるなら早く帰ればよかったなぁ」

「私とて同じだユーグ殿。とっとと終わらせてオニキスと警邏に辺りたいものだ」

「そうやって目立つからレオニードに因縁つけられるんじゃないの?」

「目立つのは私ではなくオニキスですよ」

「ちっ、俺を無視して話を進めるんじゃねえよ」

「そもそもがレオニードのせいじゃない。僕だってやりたくも無い立会人をやらされるんだから」


 ユーグはぶつぶつと不満を漏らしながら壁際へ下がった。決闘なら儀礼用の訓練スペースで十分だ。


「で? 獲物はどうするの?槍?剣?拳?」

「私はなんでも構いません。レオニード殿のお好きな様に」

「ふん、そんな余裕ぶった態度も今のうちだ。剣にする。真剣をもってこい」

「ええ〜真剣なの?怪我するじゃん。レオニード大丈夫?」


 声は困っている様に聞こえるが、ユーグの顔はヘラヘラと楽しそうだった。


「構いませんよ。怪我してもくどくど文句を言わないならば」

「ほざけ。たかが空飛ぶトカゲの飼い主のくせに偉そうにするんじゃねぇ! もう片方の目も潰してやるよ。そうなりゃ騎士にもなれないただの傷物の役立たずだ」

「レオニードって本当に貴族? あまりに口が悪くてちょっと引くよ」

「うるさいっ! とっとと剣をもってこい!」


 レオニードが催促すると、隅の方にいたレオニードの配下が剣を二振り持ってきた。

 なんの変哲もないバスタードソードだ。

 配下は恭しく膝をつき、まずレオニードへ剣を差し出した。次にマリアへ。


「どうぞ、竜騎士団長殿」


 マリアは受け取った瞬間、違和感に気づいた。

 革の巻きがほんの僅かに粗く、重心がやけに軽い。


 これはこれは。


 こんなわかりやすい細工などせずとも、レオニード――あの男など訓練にもならない。

 マリアは表情を変えないまま、剣を一度だけ軽く振った。

 空気を裂く音のはずが、妙に軽く聞こえた。


(……まあ、本人の差金ではないかもしれんな)


「始めるよ〜構えて」


 レオニードが剣を構えた。

 視線はまっすぐ――眼帯の方へ絡みついている。

 ユーグが面倒そうに腕を組み、立会人らしく声を張った。


「はいはい。血を流すのはほどほどに。面倒だから命のやり取りも控えてね。……じゃ、開始」


 次の瞬間、レオニードが踏み込んだ。

 速い。が、怒りの感情が剣の軌道を迷わせている。

 マリアは半歩ずらしてかわし、剣の軌道の外へ滑る。

 レオニードの剣が、空を切る。

 その隙間に、マリアの剣が入る――はずだった。

 握っていた柄がぐらつき、抜け落ちそうになったのだ。

 だがマリアは眉ひとつ動かさない。

 レオニードの軌道は、マリアにはとても緩やかに見えるのだ。

 あらためて柄を強引に握りしめ、レオニードの攻撃に構える。

 おそらく次の一撃で終わる。

 叫びと共にレオニードの剣が来る。

 大振りで隙だらけの剣が、マリアの肩目掛けて振り下ろされる。

 マリアは避けず、素早くレオニードの手首を剣の平を使ってなぐりつけた。


「ぐわぁっ!」


 打撃に耐えられなかったレオニードは、剣を落とした。

 マリアはレオニードのそばで様子を見ている。

 立会人のユーグがのそりと動いた。


「さて、勝負あったかな」


 マリアもそう思い、握っていた剣を下ろした。

 流石に剣を握れなければ、続行は不可能だろう。


「気は済んだ?じゃあマリア殿の勝ちということで」


 ユーグは手をあげ、決闘終了宣言をしようとした時。

 レオニードは懐に忍ばせていた短剣を取り出し、マリアに向ける。


「目障りなんだよっ!」


 レオニードはマリアの左目めがけて短剣を突き出した。

 マリアは不意打ちには驚いたが、レオニードならやりかねないと油断はしていなかったので咄嗟に身を屈めて避ける。


 そして――


 レオニードの頬に、踏み込みざま拳を叩き込んだ。殴りつけた拳の跡が、頬骨の下に赤く浮いた。口の端が切れ、血が糸を引いている。


「うわぁ……」


 流石にここまでやるとは思っていなかったユーグは引いている。

 レオニードといえば殴られた頬を気にするでもなく、再びマリアに突進した。

 マリアも迎え撃つべく構えを取る。

 と、その二人の間にいつのまにか双剣を抜いたユーグが割って入った。

 二人の眼前に切先を向け、ピタリと止めた。


「そこまで」


 普段のユーグとは違い、怜悧な声。

 レオニードは圧倒され、マリアは冷静になった。

 行動が止まった二人を確認して、ユーグは剣を収めた。


「みっともないなぁレオニード」

「くっ……」

「マリア、君もだよ。ただの殴り合いになってるじゃないか」

「申し訳ありません」


 マリアは剣を鞘に納め、ユーグに謝罪した。


「決闘はマリア・ベルクリーズ殿の勝利とする」


 ユーグは手を挙げ、決闘の終結を宣言した。

 静寂がその場を支配していたが、やがて第三師団員たちがレオニードの元に集まってきた。

 団員たちはレオニードを心配して手当てをしようとしている様だったが、レオニードはお構い無しに当たり散らしている。

 そんなレオニードを横目に、ユーグはマリアを見ずに話しかけた。


「細工されてても問題ないって感じ?」

「なんのことでしょうか」

「……ふぅん、まあいいけど。そういうとこも嫌われる要素じゃないの?」

「ご忠告痛み入ります」

「可愛げがないねぇ」

「可愛くとも弱ければ意味はありますまい」

「やれやれだねぇ」


 二人の会話を聞いていたレオニードが唇を噛んだ。

 口から落ちる血を乱暴に拭い、マリアを睨みつける。


「……覚えてろよ」


 ねちねちとした声音。

 敗北の痛みより、屈辱のほうが大きい歪んだ表情だった。

 マリアは返事をする代わりに、レオニードに向けて剣を投げた。

 レオニードはマリアが投げた剣を見た。


「私にくだらぬ言いがかりをつける暇があるなら、部下に剣の手入れの仕方でも教えてやってはどうか」

「何のことだ?」


 レオニードのその様子だと、剣の細工は知らなかったらしい。

 もう危険はなさそうだと判断したユーグは双剣を納めた。

 そこでようやく、遅れて足音が駆け込んできた。


「マリア様!」

「マリア様ぁ!……ご無事ですかぁっ!?」


 フリオの声に続いて、キリの声。二人して駆けつけてきたようだ。

 そしてフリオとキリの後ろに、黒い影のように息を荒くした宰相ロイズがいた。

 呼んだのはエルザールだろう。壁際で頬を押さえながら、黙って頭を下げている。


 ロイズは一歩だけ前に出た。

 その目が、回廊の空気を一度で凍らせる。


「……今後の重大な指針の会議直後に、王城で私闘か」


 声は低く、相変わらず眉間に皺が寄っている。普段よりも皺が深いので、余程お怒りらしい。


「第三師団長レオニード。竜騎士団長マリア。第四師団長ユーグ。――全員、厳重注意だ。始末書を書け。内容によっては減俸だ」


 その処分にユーグが声を上げた。


「何で僕もなの?止めたじゃん」


 ロイズは無視し、レオニードに視線を刺した。


「……そしてレオニード。他団の騎士を殴った件。言いがかりの暴行は指導ではない」


 レオニードは無言だった。

 口元から血がぽたりと落ちた。まるで答えのようだった。

 項垂れたレオニードを見たロイズはため息を吐いた。


「来い。話は別室で聞く」


 レオニードは無言で立ち上がる。

 そのまま踵を返し、ロイズに連れ出されていった。

 通り過ぎる瞬間、レオニードの目がマリアを一度だけ刺した。

 憎しみなのか妬みなのかわからない感情が、まだ乾いていない目をしていた。


 廊下に静けさが戻る。

 残ったのは、フリオ、キリ、ユーグ、そしてマリアとエルザール。


 ユーグが大きく伸びをした。


「……マリア。君はただでさえ目立つんだからさぁ。これ以上騒ぎ起こされたら迷惑なんだよねぇ」

「レオニード殿が大人しくしてくだされば、私とてこのような手段は取りませんのよ、ユーグ殿」


 レオニードが去ったので、マリアは騎士から令嬢へと口調を変えた。


「ずっとそうして大人しくしてればいいのに。――ほんと、目立ちたがりばかりで面倒」


 ユーグはそう言って去っていった。

 ユーグも大抵口は悪いが、後に引かないので付き合う分にはとても楽な人物だ。

 マリアはエルザールに向き直る。


「エルザール。怪我は大丈夫かしら?どこか打ってない?」

「……大丈夫です団長。ぶつかった壁の方が痛かったです」

「あら、言うじゃないの」


 要するに、レオニードの拳より打ちつけた壁の方が痛かったらしい。

 マリアはころころと笑った。

 エルザールも微笑し、深く頭を下げた。


「さて、苺のタルトも待っていることだし、竜舎に戻りましょう」


 キリが瞬きをする。


「はい!ちゃんと残してありますのでご安心ください!」

「やっぱり食べたのね」

「味見……毒味です!」

「そういう事にしておいてあげる。さあ、戻ったらお茶を淹れてちょうだいね」

「はい!とびきり美味しいのをご用意します!」


 マリアたちは竜舎へと歩き出した。

 マリアはふと、竜舎へ向かう廊下の窓から遠く国境の方角を見やった。

 いつもと変わらない青空の向こうで、機密と戦況が――静かに動き始めている。




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