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第2話 軍部会議



 竜騎士団には、週に一度だけ狩りという行事がある。

 竜は、餌を与えれば犬のように尻尾を振るわけではない。

 竜騎士は、週に一度、それぞれの竜の好物を狩りに行く。

 狩った獲物を共に喰らう。

 野蛮だと笑う者もいるが、竜を恐れず竜と共に行動し、命を分け合う。

 それが竜との信頼関係を築く何よりも行為なのだ。


 王都の朝靄がまだ城壁の上に漂う頃。

 竜騎士たちは、練兵場ではなく城外の平地に集合した。

 竜騎士団は団長を含め十一名。身分も性別も年齢も様々だ。

 剣を使う者、魔法を使う者など様々な武器を使い、竜と共に戦う精鋭たちだ。

 竜に選ばれたというだけで身分差など存在しないが、実力重視という点で抜きん出ているマリアが頂点にいる。


 竜は、人類の遥か昔の姿だという。

 この世界を造った創生竜が、眠りにつき山脈と化す前、世界を守るため自らの力を分け与えた竜を放った。やがて竜の殆どが地上に降り、その力を徐々に無くしていった者たちが今の人の姿と言われている。


 竜にとって人は弱き者。


 だがその弱き者の中にも竜と同じ気配がする者が稀にいるらしい。

 竜はそういった者たちの元へ現れ、仲間と思い共に生きようとする。

 竜と共に生きられる人は、一説によると竜の力を残している者、またはなんらかのきっかけで先祖返りをしているらしいが、それも定かではない。

 竜が仲間と認定した者たちは、竜が何を言わんとしているかなんとなくわかるのだ。

 そして今、その“竜に選ばれた者たち”が森へ、岩場へ、川へ散っていく。

 それぞれの竜への好物を狩りに出かけるのだ。

 これも竜騎士の立派な役目である。

 マリアもまた、オニキスの好物である鹿を求めて山の上を飛んでいた。


「……ねえ、オニキス。あの辺りに大きめの鹿が居そうだわ。この辺りで降ろして頂戴」


 グオオ、と少し小さめに唸ると、近くの草むらにマリアを降ろした。

 竜への貢物は自分一人で狩らなければいけない。

 自分のために獲物を取ってくる、それが竜の信頼を得る行為だ。

 竜の好物はそれぞれ違うので、こうして散り散りになって狩りに向かう。

 オニキスの好物は鹿肉。

 オニキスは、再び空へ駆け上がり、少し大きめの点になってグルグルと円を描くようにマリアの上を飛んでいる。


「さて、良い獲物が取れるといいわね」


◇ ◇ ◇


 正午前。

 竜騎士たちはそれぞれ獲物を与え終え、王都へ戻った。

 竜たちは好き勝手に散っていく。

 厩舎へ戻る者もいれば、城壁の外の岩棚へ向かう者もいる。

 誰かの竜は、王都の塔の影で羽を畳んで眠る。

 竜は自由気ままだが、認められた者が呼ぶと瞬時に現れるのだ。


「今日の鹿肉はとても美味しかったわ」


 オニキスを見送り、マリアが外套の裾を整え、手袋を直していると、足音もなくフリオが現れた。

 銀縁眼鏡の奥の目が、少し緊張感を持っていた。


「団長。王城より至急の連絡が入りました。国王陛下ご臨席の軍議とのことです」

「……あら、もう少しで始まるのかしら?」

「はい。国境の防衛線再編が議題です」


 マリアは小さく頷いた。


「わかりました。このまま行くわ」

「それとマリア様」


 フリオが被せるように言った。


「第三師団長レオニード殿が、国王陛下に竜騎士団への苦情をいつも以上に申し立てていらっしゃるそうです」

「……懲りない方ね」


 マリアは苦笑した。


「私たちはレオニード殿といがみ合う気はないのだけれど……存在が気に入らなければ無視してくださって結構と申し上げたのに」


 やれやれとマリアは首を振り、小さくため息をついた。

 そんな様子を見ていたキリが、にこにこ笑いながら外套を受け取り、軍服のマントを背にかける。


「お嬢様、今日のおやつは午前中に街で調達してきた苺のタルトを用意しております」

「まあ素敵!おやつの時間までに会議が終わると良いのだけど……」

「私も食べずに待ってますから、頑張ってくださいませ!」

「食べてもいいけど、私の分は残しておいてね」

「私は待てが出来るいい子です!」


 キリは一瞬頬を膨らませ、笑った。

 マリアもフリオも釣られて笑う。

 王城の方角から、遠く、重い鐘の音が聞こえた。

 会議開始の合図だ。


「あらあら催促かしらね?行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ」


 キリとフリオに見送られ、マリアは王城へ向かった。

 王城へ向かう回廊は、いつもより人の気配が多かった。

 鎧の擦れる音、革靴の硬い足音、伝令の早足。空気がせわしなく揺れている。

 会議が開かれている部屋の扉の前には、近衛の隊員が二名。槍を交差させて立っていたが、マリアを見るとすぐに道を開けた。


「竜騎士団長、マリア・ベルクリーズ様。入室」


 扉が開く。

 重い木の扉の向こう――会議室には、王国の精鋭部隊の面々が揃っていた。


 長卓の上座に国王アルベール。

 その一段下、右手に王太子アーデルベルト。


 左手に宰相ロイズ。黒い衣のまま微動だにせず、いつも険しい表情が更に恐ろしいことになっている。


 そして卓の左右に、近衛大隊長グランド、第一師団長ヴァレット、第二師団長スピタル、第三師団長レオニード、第四師団長ユーグ、第五師団長バティス。


 王国軍の命令系統の頂点がここにある。

 なかなかに壮観な光景だった。


「遅参ご容赦下さいませ。竜騎士団長マリア・ベルクリーズ、参りました」


 マリアが一礼すると、国王が短く頷いた。


「よい。席につけ」


 マリアは卓の端、師団長たちと同列に立つ位置へ進み、姿勢を正した。

 最初に口を開いたのは、第三師団長レオニードだった。


「竜騎士団長殿はさぞお忙しいようだな。空の散歩に夢中で、王の御前にも遅れるとは」


 ねちねちと、舌に張り付くようなレオニード様の声。

 マリアは表情を変えずに答えた。


「散歩ではございませんわ、レオニード殿。週に一度の狩りは、竜との信頼関係を築く大切な行事ですのよ」

「ハッ。何が信頼関係だ。単なる野蛮な儀式だろう。竜に餌をやるだけの暇があるのなら、地上の兵糧へ回してもらいたいものだ」


 室内の空気が冷える。

 ユーグが片眉を上げ、机を指で叩きそうになるのを、バティスが無言で止めた。

 先に口を開いたのは、近衛大隊長グランドだった。


「レオニード。王の前だ。言葉を選べ」


 低く短い声。

 レオニードは唇を歪めた。


「遅刻を指摘して何が悪い。娘を庇うつもりか?近衛大隊長」


 近衛大隊長グラント・ベルクリーズはマリアの父である。

 レオニードはそのグランドに身内を甘やかすなと言ったのだ。

 今のやり取りでグランドがマリアを必要以上に庇っているとは誰も思っていないが、とにかくレオニードはマリアを貶めたいらしい。

 ヴァレットが太い腕を卓に置き、ドン、と一度だけ机が鳴った。


「そこまでだ、レオニード。竜に認められない我らが、竜と竜騎士の信頼関係に口を挟むな」

「信頼関係ねぇ……ただ一緒に獲物を喰らうだけだなんて遊んでいると思われても仕方ないと思いますがね。竜騎士団が持て囃されるせいで、地上の我らは地味な仕事ばかりに思われる」


 そこに、黙って聞いていた第二師団長スピタルが割って入る。


「レオニード殿、我らの任務は目立つことではありませんよ。民と国を護る事が誉。子供のような発言は控えられては?」

「なっ……子爵家無勢がっ!」

「家名よりも力です。私は己の魔力で第二師団を預かる身。民と国が平穏であればそれで良し」


 更に第五師団長バティスも加わる。


「家名など戦場ではなんの役にもたちませぬ。全ては実力。奢る者、弱い者はいずれ淘汰されるだけです」

「貴様も伯爵家の庶子の癖に偉そうな口をきくな!」


 レオニードは立ち上がり、剣の柄に手をやろうとした時。

 ヴァレットが再び机を叩いた。


「控えよレオニード!王の御前だと何度言えば分かるのだ!今は家柄を語る席ではない。くだらぬ自慢はよそでやれ」


 ヴァレットは国王に頭を下げ、話を終わらせた。

 第三師団長レオニードとマリアと犬猿の仲という事は周知の事実だ。

 正確には、レオニードが一方的に突っかかっているだけなのだが。

 民と国のために動く。その存在の騎士団において、レオニードは少し異質な存在だった。

 国王アルベールが、指先で机を二度叩く。


「議題に戻る。ヴォルグの攻撃がここ最近一層激しさを増してきておる。国境付近の民たちが王都や他地方に流れ込んでいる」

「陛下、夜襲も増えています」


 スピタルが補足する。


「斥候が早く、こちらの情報線を上手く断っている節があります。補給路の安全が些か揺らいでおります」


 長い髪をきっちりまとめたスピタルは、用意していた情報を短く報告した。


「第四師団はどうだ、ユーグ」


 国王の声に呼ばれ、これまでの団長たちのやり取りを意図して聞いていなかったユーグが勢いよく顔を上げた。

 ふわふわ金髪の童顔に似合わず目が鋭い。


「そうですねぇ。正直、今の流れは嫌な感じ。スピタルの言う通り、こちらの動きを先読みしてる感じはしますねぇ」


 幼い口調だが、中身は事実を正確に捉えていた。

 ユーグはいい加減に見えるが、戦場の勘は悪くない。あと、こう見えて気が短い。


「第五師団、バティス」

「大きな部隊は国境警備隊が押さえておりますが、小さな襲撃も増えつつありますので、兵は疲れています」


 ヴァレットが大きく息を吐いた。


「向こうさんに何があったのかわからんが、ここ半年くらいで戦況がかなり変わったな。体制を一から立て直す」

「今日の要はそこです」


 宰相ロイズが、卓上の地図を指先で押さえた。そこには国境線、砦、補給路、そして王都への街道が走っている。


「皆知っての通り、国境に配置してある同盟国テクノラートの魔導砲は破壊力はあるが、弾の充填に時間がかかる。これからは今まで以上に使用する事になるだろう。つまり――時間を稼がねばならん」


 マリアは頷いた。

 ヴォルグからの攻撃には必要なものだ。

 テクノラートの魔導砲の原動力は魔力、砲弾に高純度の魔力を込め着弾と同時に爆破する仕組みだ。

 威力はかなり高いが、高濃度の魔力が必要な為、充填にはかなり時間が必要となる。

 そこで、王太子アーデルベルトが口を開いた。


「……状況は分かった」


 アーデルベルトは穏やかな表情だ。


「その前にレオニード、君の隊から配置換えの希望者がかなり出ているのだけど、心当たりはあるかな?」

「いえ、自分にはわかりません」

「……そうか」


 アーデルベルトはパラパラと資料をめくり、視線を上げた。

 笑顔は崩れていないが、声の温度は確実に冷えていた。

 アーデルベルトは紙束から一枚を抜き、指先で軽く叩いた。


「なら、原因はこちらで調べよう。――希望者が多いという事実を疑問に思わないのは些か問題だね」


 その様子を見ていたロイズが一つ咳払いをすると、アーデルベルトはロイズに頷き、静かに口を開いた。


「……ひとつ、追加の報告がある」


 長卓の上に、沈黙が落ちた。


「同盟国テクノラートの王太子ルーウェン殿下が、水面下で“改造魔導砲”を開発している。ほぼ完成したそうだ」


 小さなどよめきが広がりかけた瞬間、アーデルベルトは指先で地図を軽く叩いた。


「砦の――ある場所に配置する。場所も搬入経路も、充填の手順も、この場では伏せる」


 穏やかな口調のまま、目だけが真っ直ぐに一人ひとりを見た。


「この件は秘密厳守だ。絶対に漏らしてはならない。いいね?」


 アーデルベルトは資料を閉じた。


「以上。以降の詳細は、必要な者にだけ伝達する。……くれぐれも余計なことはしないようにね」


 王太子であるアーデルベルトは基本的に笑みを崩さない。だが、周囲の人間は王太子の声色で感情の変化を読み取る様にしている。

 そしてアーデルベルトは今、機嫌が悪い。


「父上。先程ヴァレットが申し上げた通りです。戦況は日々激しくなっております。国境軍の再編と兵の派遣もなるべく急いだ方がよろしいかと。場合によっては近衛大隊以外の師団を再編するのも一つの手段です」

「うむ」


 国王アルベールが短く頷く。

 それを確認した後、アーデルベルトは各師団長に命令を下していった。


「近衛大隊長グランド。王都の治安維持と避難民の受け入れを優先してください。暴動が起きれば内部から崩れます」

「御意」


「第一師団ヴァレット、第五師団バティス。国境砦の交代計画を立て、疲弊を抑えながら線を維持します」

「了解」

「承知しました」


「第二師団スピタル。補給路の警戒網を敷いてください。夜襲と斥候に対抗する。場合によっては魔導士の派遣も頼むかもしれません」

「お任せを」


「第三師団レオニード、第四師団ユーグは連携して王都の外からの守りと治安維持を任せます」

「……はい」

「了解しました〜」


 アーデルベルトは最後に、マリアを見た。


「竜騎士団長マリア。主に砦付近の偵察線を張り直してほしい。必要なら迎撃で時間を稼いでくれ。――隙間なく魔導砲が撃てるまで」


 マリアは真っ直ぐに答えた。


「お任せください」

「よし。――議題は以上。各師団長、散会」


 椅子が一斉に引かれ、鎧の音がガチャガチャと重なる。

 各々が秘密を抱え、会議は終わった。――だが、火種が消えたわけではなかった。




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