第1話 隻眼の令嬢騎士
戦記寄りファンタジーです(軍議・部隊運用・王都の軋轢描写あり)。恋愛は控えめ。ざまぁ要素もあり。
週1更新予定です。
片目を失ったその日に、私は竜を得た。
宝石のような金色の瞳の美しい黒い竜。
竜と目が合った瞬間、私の行く道が変わったのだと理解した。
◇ ◇ ◇
聖竜王国ログレスの王都を守護する、竜騎士団。
練兵場は朝もやの中で静寂に包まれていた――はずだった。
「納得がいきません!我らのような由緒ある騎士の家系が、あのような『傷物』の下につかねばならんとは!」
「そうだ!女のくせに栄えある竜騎士団の団長などと、どうせ家の力を使ったに決まっている!」
「おい、聞こえるぞ……」
「聞こえればいい!片目が見えない分、耳は良く聞こえているだろうさ!」
勢いよく怒鳴っているのは、先日入隊したばかりの新人騎士たちだ。数名が、剣を片手に喚いている。皆、親の七光りで入団した貴族の三男坊――そういう種類の顔をしていた。
誰かに守られて育った者特有の、根拠のない自信。自分が傷つく可能性を知らない目。
そんな彼らの視線の先に、一人の女性が立っている。
艶のある黒髪をなびかせ、漆黒の騎士服に身を包んだ美女。
白磁の肌の中で、右目だけが黒い革の眼帯に覆われていた。
マリア・ベルクリーズ伯爵令嬢。
王都の守りは、王宮常駐の近衛大隊と、第一から第五までの師団が担う。
遠くで交代のラッパが鳴り、城壁の上では歩哨が槍を立て直す。地上の備えは整っている。
だが空は別だ。空を守れるのは――飛べるものだけだ。
十名しかいない独立戦力、王立竜騎士団。
世界中で希少な竜の背に乗り、戦う騎士達。
その団長が、彼女だった。
マリアは各師団の新人騎士たちを最初に訓練する役割を任されているのだ。
そんな新人騎士たちに罵詈雑言を浴びせられているというのに、マリアは扇子で口元を隠し、鈴が転がるような声で笑った。
「あらあら。朝からずいぶんと威勢がよろしいこと。私、そのような元気な殿方は嫌いではありませんわ」
優雅に小首を傾げる仕草は、舞踏会の夜会に咲く華のようだ。
けれど、その微笑みの奥は――朝霧よりも冷たいものだった。
そして、その背後には二人の影があった。
一人は、フリルたっぷりのメイド服を着た小柄な少女、キリ。
もう一人は、銀縁眼鏡をかけ、同じく騎士服を着たマリアの副官、フリオ。
キリは練兵場のど真ん中だというのに手際よくティーセットを展開し、湯気を立てる紅茶を差し出す。そして簡易テーブルに据えてある椅子を引き、マリアを誘導した。
マリアは優雅な仕草でそこに座った。
「マリア様、お茶をご用意致しました」
「ありがとう、キリ。今日も良い香りね」
「もったいないお言葉ですぅ〜。ところで小鳥が数羽ピチピチ囀っておりますが、追い払っておきましょうか?」
キリは愛くるしい笑顔を振りまく――が、スカートの裾からはナイフの柄がちらりと覗いている。
「鳴かせておいてあげなさい。そんな事よりせっかくキリが淹れてくれたお茶が冷めてしまうから、頂きましょう」
「……はぁい」
一方、側に控えていたフリオは、分厚い書類をめくりながら抑揚のない声で報告した。
「団長。近衛大隊から連絡です。竜騎士団の配置を再編せよ、と。現在右翼への割り振り七割を元に戻せとの事です」
「地上の警備は近衛が担う、と言っていたのは向こうでしょう?」
「ええ。……今度は竜騎士団ばかり目立つと不満が出ているようです」
「まったく困った事。こちらとしても目立ちたいわけではないのに。しかし分業という言葉を一度教えて差し上げたいわね。空は私たちの領分よ」
マリアは紅茶の香りを楽しみ、一口含んだ。
自分たちを無視して会話していることに耐えられなかったのだろう。
新人の一人が、顔を真っ赤にして剣を抜いた。
「舐めるなよ!呑気に紅茶を飲んでる小娘に指図される為に騎士になったんじゃない!その飾りだけの地位を返上しろ!」
男が突進する。
殺気立った剣先が、座ったままのマリアの喉元へ迫った。
マリアは特に狼狽することもなく、紅茶のカップを音もなくソーサーに戻した。
――その瞬間、空気が変わった。
練兵場の端にいた古参の警備騎士は、これから起こる事を熟知している。
背筋を伸ばし、すぐに動ける体制を取った。
そしてマリアといえば、
「――遅い」
先ほどまでのゆったりとした口調が変わり、素早く立ち上がっていた。
マリアは腰の剣を抜くことすらせず、スッと新人の懐に入り込むと、素手で男の剣の腹を弾いた。
パァン!と乾いた音と同時に剣が空高く弾き飛ばされる。
「なっ……!?」
「隙だらけだ。貴様、どこを見て剣を振っている」
そこにいるのは、歴戦の騎士だった。
マリアはよろめく男の鳩尾に、ブーツの爪先を鋭く叩き込む。
「がはっ……!?」
「戦場ならば貴様は今ので死んでいたぞ。私の右目が見えていない?笑わせるな。貴様の緩い動きなど、残った左目だけで事足りる」
倒れ伏した男の首筋に、尖った踵を軽く当てる。
そして残りの新人たちを、眼帯をしていない左目だけで睨みつけた。
その瞳は――獲物を狙う竜のように鋭い。
「――総員、抜刀!私に不満がある者は今ここでかかってこい!貴様らの力で、このマリアが竜騎士を統べる団長に相応しくないと示してみせろ!全員まとめて相手をしてやろう!」
新人たちは腰を抜かしたように後ずさる。
その様子を見て、マリアは「はぁ」とため息をつき、再び扇子を開いて口元を隠した。
「……野蛮な真似は好みませんのよ?皆様、お分かりいただけまして?」
「は、はいぃぃッ!!」
「では、先ほど指示した訓練を再開して頂戴。基礎をおろそかにするものは自分の命を縮めていると思いなさいな」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、訓練を始める新人たち。
少し力の入っていない掛け声が響き始めた練兵場で、マリアは再び着席し、優雅に紅茶を一口飲む。
「まったく。毎年の恒例行事とはいえ、王家の盾となるべき騎士の質がこれでは先が思いやられるわね」
「お疲れ様でございます、マリア様……ねえフリオ、さっきの命知らず達の顔覚えた?あとで宿舎のトイレ詰まらせちゃいましょう」
キリが愛想笑いを消し、ドスの効いた声で吐き捨てる。
「やめろキリ。配管修理の予算がもったいない。……それぞれの隊長に“丁寧に”報告しておけ」
「はーい」
やや物騒な物言いの会話を交わす従者たちに苦笑しながら、マリアは空を見上げた。
雲一つない青空。その向こうにあるのは、彼女が命を懸けて守ると誓った国だ。
マリアは扇子を閉じ、もう一度紅茶を口にした。
少し喋り過ぎた喉に、冷めたお茶が心地よい。
「さて。朝の訓練の指示も出したからもう大丈夫でしょう。私は仕事を始めるわね」
彼女が立ち上がると、キリがさっと外套を持ち、フリオが無言で書類を抱え直した。
「マリア様、今日はどちらへ?」
「今日は国境近くの街へ向かうわ。国境付近に人が集まりつつあるって言ってたから」
「避難民ですかね?」
「ええ。荷車が夜通し動いているって」
マリアが空を見上げると、強風が起こり、練兵場に大きな影がさした。
古参の騎士たちは慣れている様子で、風に吹き飛ばされないように姿勢を直す。
新人騎士たちは突然の風に慌てて柱に捕まったり、壁にしがみついていた。
マリアは空を見上げる。
「ねえ?オニキス」
影に向かって声をかけた。
突然現れた大きな影は、やがて姿をあらわにした。
艶のある黒い鱗に包まれ、宝石のような金色の瞳に、鋭そうな爪と羽を持つ黒竜――オニキス。
まともに見るのが初めての新人騎士たちは息を呑んでいる。誰かが、ごくり、と唾を飲み込む音だけが妙に大きく響いた。
オニキスは地面すれすれまで降り、マリアの前で首を垂れる。
マリアは慣れた手つきで鞍に手を置き、軽やかに背へ上がった。
「フリオ、配置の再編に関しては、近衛大隊長によしなにと連絡を入れておいてね」
「承知しました」
キリがにこにこ笑って手を振る。
「いってらっしゃいませ、お嬢様〜」
「ええ。そうだわキリ」
マリアは肩越しに振り返り、まるで舞踏会の合図みたいに扇子を軽く揺らした。
「昼食には甘いジャムを用意しておいて。できれば苺がいいわね」
「かしこまりましたっ!最高に甘いのを用意します!」
オニキスの翼が大きく開く。
次の瞬間、黒い影は朝の青へ溶け込んだ。
マリアは竜の背から見える空、眼下の平穏な営みが愛おしくてたまらなかった。
「ねえオニキス、私たちの空は、今日も綺麗ね」
ギャォォォ!とオニキスが咆哮する。
オニキスなりに返事をしているらしい。
「今日も一緒に頑張りましょうね」
艶やかな髪を靡かせ、竜騎士団長マリアは今日も空を飛ぶ。




