第68話:旅立ちの時です
その後無事パーティを終え、部屋にどもってきた。まさか今日、あのような事が起こるだなんて。私の為に、ブラッド様は王太子殿下にまで協力を依頼したいただなんて…
今までの辛さや屈辱、絶望による心の傷が、完全に癒える事はない。それでも私の心は、晴れ晴れとした気分だ。
きっと今日が、一番素敵な1日…いいや、ブラッド様と再会できたあの日から、私はずっと素敵な一日を送っている。全てブラッド様のお陰なのだ。今度は私が、ブラッド様を助けられるような人間になりたい。
そんな気持ちで、今日は眠りについた。
翌日
「お嬢様、これで全てですね」
「ええ、そうよ。忙しい中荷造りを進めてくれてありがとう。あなた達とも、今日でお別れね。16年間、私を傍で支えてくれてありがとう。どうか元気でね」
リューズ王国は遠い、1人を除いて、私のお世話のしてくれていた使用人たちは、この屋敷に残る事になったのだ。楽しいときも辛いときも、陰で私を支え続けてくれた彼女たちには、本当に感謝しかない。
随分とすっきりした部屋を見渡す。16年間、私はこの部屋で育ってきた。何度もこの部屋で泣いたこともあった。嬉しかった事、楽しかった事、辛かった事、悲しかった事、色々な思い出が、この部屋には詰まっている。
そう思うと、なんだか名残惜しい。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「分かったわ」
もう行く時間だ。きっとこの部屋に戻ってくることはないだろう。
さようなら、私の大切なお部屋。私の唯一の憩いの場として私を支えてくれたこの部屋に、別れを告げる。
部屋から出ると、ブラッド様が待っていてくれた。いつもと同じ、穏やかな瞳と目があう。
「おはようございます、ブラッド様」
何だか妙に愛おしく感じ、彼に抱き着いた。
「おはよう、アントアーネ。今日は随分と甘えん坊だね。正直この国を出る事に迷いが出ていたらどうしようかと思ったのだが、大丈夫な様だね」
「あら、どうして私が迷うのですか?私はもう、リューズ王国に行く事を決めているのです。迷う事などありません。さあ、参りましょう」
ブラッド様と手を繋ぎ、馬車のところまでやって来た。全ての使用人が、私たちを見送るために、待っていてくれている。
「「「「「アントアーネお嬢様、ブラッド様、お気をつけていってらっしゃいませ」」」」
「皆、お見送りありがとう。皆と一緒にこのお屋敷で過ごした日々は、決して忘れないわ。どうかこれからも、お父様とお母様、お兄様、それに新しい家族になるイリーネお姉様の事、よろしくお願いします」
いつも屋敷を綺麗にし、私たちが快適な生活を送れるようにしてくれたメイドたち、美味しい料理を作ってくれた料理人たち、綺麗なお花を育て、私を和ませてくれた庭師たち。他にもたくさんの使用人たちが支えてくれたから、今の私があるのだ。
彼らには感謝しかない。
最後にきちんとお礼が言えてよかった。
「アントアーネ、そろそろ行こう」
「はい、行きましょう。皆、行ってきます」
馬車に乗り込むと、使用人たちが私たちに向かって頭を下げている。そんな彼らに、馬車から立ち上がり手を振った。
どんどん離れていく屋敷を見つめる。このお屋敷で、16年間育ったのだ。いつも当たり前に見ていたこのお屋敷も、もう見る事もないのかもしれない。そう思うと、なんだか目が離せない。
「アントアーネ、もう屋敷も見えなくなったよ。立っていると危ないから、座って」
ブラッド様が、私を自分の隣に座らせてくれた。
「ブラッド様、今日はとても天気がいいですね。真っ青な空を見ていると、ブラッド様の瞳を思い浮かべますわ。もしかして天気も、私たちの門出を祝福してくれているのかしら?」
「そうかもしれないね。天気もいいし、風少ないから、船もあまり揺れないよ」
10年ぶりに乗る船。行きは楽しくて走り回っていて、酔ってしまったのよね。今回は十分気を付けないと。
しばらく進むと、港が見えてきた。
「あら?あれは…」




