鼻っ柱
月曜日。
若干二日酔いの残りが残っている時雨は、朝の寮食でしじみ三杯程飲み、正門から遠すぎる即応科棟へと向かう最中、これまでの時雨管理官日和を思い返していた。
「....はぁ...新人への負担大き過ぎますわぁ....」
彼女の言い分はごもっともであった。
初日。異世界か異分帯に送られるかもしれんかったネズミ型召喚獣リョウシネズミ相手に、最前線で囮させられ、未だに完治してるかも、大丈夫かもわからない量子波による量子酔いと、今後顕在するかもしれない後遺症を負った。
そして、数日間の入院を経て、関東庁内ツアーで管理官としてのやる気を感化させられた次の日。赤い雌牛フェロモン液ビショビショになりながら求愛ダンス踊ったりした。
てか、庁内を案内してもらった時の海洋召喚獣のケースとか、神格と相対するケースとか色々ほのめかされたりして、今のところはなんとかなってるけど、正直、これ以上のケースが来たら持つのだろうか....
わかっててはいても、これからの即応科任務への不安は拭えなかったが、日光でさらに輝いている金色の髪を風に靡かせて言った彼の言葉が想起される。
『ーーー・・まぁ、どんな状況になっても、誰も死なせねぇから安心しろ。』
まぁ、私だけじゃないってのはわかってます。
即応科のみならず、初動で駆けつけて即応科が来るまで必ず持ち堪える警察官、即応科が対応できなかった場合に、いつでも駆けつけられるように訓練し、今もなおアジアの平和を守っている自衛隊員達、などどの仕事も、相手がどんな召喚獣や人であれ、誰かがやらないといけない仕事である。
これまで何があろうとも身をもって責務の完遂に務めていた人がいたからこそ、この日本にしかない特異な召喚獣社会にて、私自身もここまで何不自由なく生きてこられた。
そうですよね。汐留さんも、玄道さんも、才亮さんだって、みんな頑張ってますし....
「ん...あれ、武田さんは....」
今一度、覚悟を締め直し、目の前の事に尽力しようと決意を固めようとした彼女は未だに聞き伝手から知らない、彼の実態に疑問符を浮かべていた。
「武田さんって、本当に稼働してるのかなぁ....ちょっと、見てみよ...」
そうこうしていると即応科棟の前に着き、一回しか行った事のない一階の道場へと行ってみる事にした。
別に武田さんを批判したいわけじゃなかった。
夜の駐勤も殆ど彼がこなしているらしいし、流石に自分一人しかいない時に別事案が生じたら、小物大物関わらず向かうらしいけど....
ただ、すこーし武田さんもみんなも、ついでに私も含め、即応科自体の負担がちぃと大きすぎやしませんかねぇ?と思いますし。
それもあるので、初めに見た電源オフの武田さんを比較して、負担分散のために経験豊富な他の科ないしは、警察とか他の公的組織から人を移籍させることが出来ないか才亮さんに相談してみたかった。
慣れ親しんだあの畳の匂いが近づき、道場を覗き込むとそんな見込みは一瞬にして崩れた。
「......っ....5558...5559....5560...」
電源オフの時とはまるっきり別人かのように、髪を一つに結って後ろに下げ、白い繋ぎを着た上裸の武田は小指一本で逆立ち腕立てをしていた。
「....っ!」
なぜ他から人を引き抜いてこないのか、才亮さんに直接聞いた訳ではない。
けど、おそらく、強力な召喚獣を持っているよりも、実績があることよりも、召喚獣との連携が取れることよりも、何よりも第一に、どんな状況に置かれようとも、生き残り役割を果たせる貫徹力が必要なのだと直感的に理解した。
「さ、さいや人....」
そして、それとともにその見覚えのある鍛錬法にとあるキャラを呟いた。
「....ん、なんか用か?...5561...5562..」
「いえ!失礼します!」
止める事はなくとも、彼はどっかで見たような女を事務方と思い、また手当の処理でのクレームの件かと対応しようとしたが、即答どっか行ってしまった。
「.....?....5563...5564...5565....」
特に気に留めず、彼の体幹は隆起し脈動し続けていた。
***
管理官になってからも、欠かさず素振りや基本型の修練を続けていた。
市民を守るために最善の行動をしたとはいえ、リョウシネズミに隙を見せて量子波を喰らってしまったのは事実であった。
そして、何より...
ーーーー鍛錬が足らん。
才亮からの事伝手とはいえ、目覚めて早々の親父からのその一言にピキッと来た事から、上京する前程全てを費やすとまではいかなくとも、濃密な鍛錬をこなしてきた。
才亮、玄道、汐留と真正面で戦った場合、仕切り直しくらいまでは持っていける自信はあったし、実際、初めの通過儀礼というか死合において少なくとも負けに至る事はなかった。
それに、初めから処罰も法律も通じない死合であれば、クゥさんと私に敵なしであった。
ーーー召喚獣は滅多に使わない
ーーー最高12連勤。
聞く限りでは、通過儀礼に参加してなかった彼は召喚獣相手に自力で12連戦し、彼は五体満足で今もなお鍛錬を積めている。
(...至近距離で見なくとも、実際に手合わせせずとも彼は強い。)
少し遠目で彼の鍛錬を見ていた彼女はただ一つ、それだけは理解していた。
(...武の道が違くとも、私はあのレベルまで達していない。)
そして、同時に、彼の姿に時雨は師匠や親父に鼻っ柱を折られ続けていたあの日々と同じように久々に喰らっていた。
「...よしっ...おはようございます!!」
彼女は今一度気を引き締め、即応科隊員たちの声が聞こえる扉を開けた。
そして、彼女は才亮に許可をもらい、総合訓練棟へと向かい研修時以来の久しく来ていなかった道場で汗を流した。
熱が入りすぎていた彼女は時間の経過を忘れ、気づけば時刻は午前10:30を迎えていた。
「....スゥ....ちょっと物足りないなぁ」
そこそこのカロリーを使った彼女はスポーツドリンクを飲んで、補給食を食べたが空腹は治らなかった。
「えぇ?!まだやるのか?!...はぁ..はぁ...」
召喚獣操法科の時雨より2回りは大きい彼、高橋 善治は、スーパールーキーに2時間みっちり組み手をし、午前中で既に体力を使い果たしていた。
「あ、いえ...まぁ、組み手ももっとしたいですけど」
「ウッソだろ....流石、即応科....武田さん以来だぜぇ..ふぅ...」
「え、武田さんも来てたんですか?」
即応科棟の道場自体、どこか武田専用に一階フロアを改造していた様に見え、自己完結していそうなため、わざわざ総合訓練棟に来るのは意外だった。
「あぁ....まぁ...指南役の外部指導員を叩きのめして、出禁になったけど...」
「おぅふ....成程...」
彼女は納得の経緯を聞いて、流石と舌を巻いていた。
「スゥ...時雨さん。あんたはもう、後一枚でレッドカードだ。」
彼は自販機後方の休憩所にて、既にバテている彼女に蹂躙された管理官達を指差した。
「す....すみません...」
無意識に自分よりも強い人に会った後に、自分が更なる強さを得るために何が必要が考えているうちに、やりすぎてしまう事は今回だけではなかった。
高橋 善治 190cm 109kg 召喚獣操法科所属。警備科から異動してきた。
召喚獣免許センターでの教員として、召喚獣のトレーニングを指南している。




