失言にはご注意を
時雨 千智です。
本日はお日柄もよく、召喚獣管理官として三日目の出勤日としては良い幕開きでした。
朝の寮食のベーグルがまぁー美味しくて、三個も食べた後、丁度追加で出来上がった彩り鮮やかなベーグルの焼きたての匂いに誘われ、もう六つ程頬袋に詰めるかのように持ち寄ってしまいました。
そして、即応科棟にて、寮住みでない玄道さんと汐留さんにお裾分けしたら、喜んで食べて頂きました。
今日の午前中は、警察が処理できる範囲での小さい事案がちょくちょくと発生したくらいで、即応科が出動する事案は起きずに済み、まったりとした時間を過ごしました。
正直、こういったまったり時間の中でも、召喚獣操法科への転属は何回かチラつきます。というかつい今日の夢で操法科で多様なね召喚獣と一生戯れていて、今でも首元に巻き付いてすりすりしてくるウミノネコや、お膝の上で甘えた顔で見上げながら甘え声でゴロンとするハメスコネコを撫でるあの感触は今でも残っています。
それでも、即応科での管理官としての仕事はそこまで肌に合わないわけでないです。
初日、甘い言葉に乗せられて、というかまぁ、自分で選んだ事ですが....最悪の場合異世界に飛ばされる可能性もあったそうです。
クゥさんと一緒に異世界をぶっ壊して、魔王とか勇者とかを配下にして引き連れて、才亮さんを張り倒したっても良かったですね。
ははっ....( ^∀^)...
....('◉⌓◉’)
「ーーー・・時雨っ!ギリギリまでそこから動くなよ!」
いやー今日まで一応心身ともに健康にここまでこれて、そんな中、いやはや人生というのは何が起きるか、誰にも分かりませんね。
「....えぇ!えぇー!!やったりますよ!!もぅぉぉぉぉー!」
『ウモォぉぉぅーーーっ!!!』
ほんと、何はともあれ、なんで私、全身になんかくっさぁい真っ赤な液体を被って踊りながら、ハイテンションになってる筋骨隆々の召喚獣を待ち構えてるんですかね。
時は遡ること数時間前。
お昼にドテツマグロの刺身定食を食べた時雨は、才亮が即応科に配属されたその日に私費で整えた仮眠室に居た。
「ーーー・・スゥ.....ふぅ.....スゥ.....ふぅ」
『.....ン....ナァ.....』
フカフカのソファーベットに寝そべりながら、クゥさんとモフモッフという飛騨山脈に生息する召喚獣からあしらわれた毛布に包まっていた。
そして、寝始めてから20分辺りで、優しく頭を撫でられている感覚からぼんやりと目をあけると
「....っ...んぅ...え?」
少しはだけたワイシャツから、黒い下着とそれに包まれている控えめな胸が見えており、顔を挙げるとその正体は汐留さんだった。
「ふふっ...もう少しねむねむしますか?」
低音の掠れ声の甘い言葉が毛布に反射して、心臓のドキドキを早まらせた。
「っ..ぁ...え」
汐留の艶かしい血色の良い赤い唇が目に入り、彼女の呼気の暖かさが頬を伝う。
『...ンナァ?』
ベッドを揺らすその振動で目が冴えてしまったクゥさんは枕元に移動して、彼女らの様子を見下ろしてコテンッと顔を傾けていた。
「....だ....だ...大丈夫ですっー!!」
それで雰囲氣に飲み込まれずに済んだ彼女は、浮気男が本夫から逃げるかの如く速さで仮眠室を後にした。
「あら...つれないですね...」
年下キラーの刺激が強すぎる汐留さんは唇をペロリと舐めて、起きる前にはだけさせたシャツのボタンを閉じながら、彼女の逃げる背中を見送った。
頼んでいないお陰様ですっきりした目覚めの時雨は、さっきの情事未遂を忘れるために警察が対応できる範囲で収まっている頻発している召喚獣事案の資料を精査しながら、ホワイトボードの首都圏の地図に件数と、種類を書き記していた。
「やっぱり、春は事案が多いですね...」
「あぁ、人間も活発になるからな」
ホワイトボードに貼られた召喚獣の種類の幅は見事にばらけており、その要因の一つとして人が発端となった事案も多数見受けられた。
「....というか、この下着を盗むためにスケレオンを使ったって....なんなんですか..」
それは、八王子市の住宅地にて、40代男性がカメレオン型の召喚獣の透明化の能力を使って、3階に住む目当ての女性のベランダまでよじ登り、下着を数枚常習的に盗んでいた事件であった。
「マンションの赤外線センサーを掻い潜って、隣室のベランダで日光浴をしていたササクラにみつかって捕まった。と、人間側がただの変態じゃなかったら、不味かったかもな」
「ん、たとえばどんなのですか?」
「スケレオンに触れている間は透明化の能力を受けられ、透明化の時間制限も最長4時間でクールダウンに20時間。他の召喚獣と組み合わせれば、諸々隠蔽できる。」
「....うわぁ....ん、まぁでも...国内外でのヒトとモノの密入とかは突破できないですかね?」
「まずないな。4重5重の人と召喚獣検知システム、電子システムを突破しないとならない。」
「やっぱそうですよね....台湾修学旅行の時も亜空間持ちの召喚獣で台湾に召喚獣持って行こうとした人いましたけど、普通に検知されて一年間召喚獣没収されてましたし...」
本来であれば、10年以下か場合によってはそれ以上の懲役が課せられてそれまでの間召喚獣は没収される事になるが、未成年という事でその程度の処罰で済んでいた。
「....うん、筋は良いな」
「えぇ、褒めるところですか...そこ」
召喚獣管理官という立場にありながら、その発言はいかがなものかとついばんだ。
「あぁ、とっくに潰されてる方法だが、そういう悪知恵を考えれる奴がシステムアップデートに関われば、より洗練される。」
実際、そういった知能犯が徹底的に骨抜きにされ制限家の上でシステム修正の立案に間接的に関わる事は少なくなかった。
「ほへぇー....」
が、寮食から常習的に持ち帰っているシナモンベーグルを齧りながら聞いている、時雨さんには一生関係のない領域だった。
その後、長めの仮眠を終えた汐留が合流し少し早いおやつタイムが始まった。
「やっぱり、このベーグル...冷めてもふんわりしてますね。」
「ですです!なんか発酵させる時の菌を日によって調節してるとかいってましたー」
「ほぉ、湿度とか気温?」
「どうなんでしょうね...菌の比率とかもですかね」
「とにかく、何があっても関東庁に引き留めないと...」
「え、異動とかあるんですか!?」
「あー....多分ないんじゃないかな...管理官は多いですけど...」
汐留とはさっきの件で気まずさを感じていたが、おやつタイムのお陰で普通に話せるくらいには払拭されていた。
「......っ..モグッ...」
一方、才亮は机に山積みとなっている召喚獣の資料をペラペラとめくって、ながらでベーグルを腹に入れていた。
「...才亮さんは管理官は長いんですか?」
話の流れに身を任せて、時雨は謎多き才亮にそれから聞いてみた。
「まぁまぁ」
資料に意識を持ってかれているのか、返答は淡白だった。
「...あ、お茶入れますね。」
するとタイミングが良いことケトルが沸いた音が鳴り、汐留はパックのお茶を取ってキッチンへ向かった。
「ぁ、ありがとうございます!」
「.....」
「.....」
カップにお湯が注がれる音を背に、いつの間にかベーグルを平らげ顎に手を添えながら、真剣な面持ちで資料を眺めている才亮の横顔を、時雨の澄み切った真っ直ぐの瞳が離して止まない。
ふと、何かしらでできた才亮の右人差し指のタコが視線が通る。
「.....ぁ」
「はーい、どうぞーお熱いので、お気をつけて」
何かわかりそうだった時雨は、もう一歩踏み出して見ようとするが汐留のお茶にかき消された。
「あ、ありがとうございます。」
「....あんがと」
「...?」
相変わらず資料にのめり込んでいる才亮はよしとして、どこか気が抜けている時雨を不思議に思いながら、開かれた窓から吹き抜かれる春風はお茶の湯気を冷ますのには丁度よかった。
ベーグルを平らげ、温かいお茶でチルに浸っていた時雨と汐留は、嫌な成功者みたいな姿勢でソファーにふんぞり返っていた。
そして、管理官随一の過酷さをこなしている即応科にて、束の間の珍しい休息時間とはいえども、国民の血税で生かされている彼女らのその態度は、バチ当たりな発言を誘発させた。
「....あぁー、こんなのでお金貰って良いのかなぁ」
「....あ」
「時雨...お前....」
ボソッといったその時、その確定フラグは才亮の資料漁りを中断させ、汐留のオフモードをオンにするには十分すぎていた。
ーーーーーウォォォォォーンっ!
即応科内の出動サイレンが鳴り、携帯に今回の対象召喚獣が送られた。
「...ふぅ.....ん?」
一旦息を吐いて、オフモードからオンに立ち上げた汐留は今回の対象召喚獣の様体に一瞬誤報を疑った。




