ー後半。総合整備開発科棟。関東庁召喚獣総合病院。
そして、そこから少し歩くと対召喚獣装備 総合整備開発科棟へと到着した。
「....ここだ」
「...本当に、ここであってます?なんの音もしないですけど....」
棟に増設させられる形でどでかいガレージの前に来て雑に敷設されたピンポンを押した才亮だったが、作業場であるのはわかっていながらも、それらしい音もしない不気味な空気の中、時雨は不安そうにしていた。
「あぁ、ここは完全防音だからな」
「ん、騒音対策ですか?」
関東庁の周囲には航空自衛隊の基地や、通信施設、貨物列車の中継基地、陸自の駐屯基地など行政施設しかないため、騒音対策が特別必要なようには思えなかった。
「召喚獣関係なく、中には素で機械の音だけ聞いて何作ってるか大体わかる人もいますからね。」
「うわー....」
「まぁ、ここはそういう奴の集まりになるな」
汐留の補足に、時雨はその変態具合に若干引いていたが、その変態共と今から会うことになっている。
『....どちらさん?』
「....才亮だ。開けてくれ」
すると、ガレージの扉が左右に開くと、オイルの匂いと鉄、そしてなんか全体的に男臭い匂いが全身に向かってきた。
「うっ...鉄の匂い...」
「はぁ....私はお外で待ってます。」
匂いに敏感な汐留は敷地外へと行ってしまい、扉の向こうからは油や汗まみれになっているエンジンのエンブレム刺繍ついた帽子をかぶっている作業服の青年だった。
「才亮さんっ!お疲れ様っす!」
「おざっす!まだ頼まれてたのはできてないんすけど...」
「いや、今回は新人の見学でな」
「新人?誰っすか...」
「っ...は、初めまして、時雨 千智です。」
「「「......」」」
各々、鍵盤を削ったり、平版を叩いて整形していたり、ドリルで穴を開けていたりなどの作業をしていた彼らであったが、先の血の涙で少々塩らしくなっている時雨の声が作業所内を透過した途端、作業の音が一斉に止んだ。
「....??」
何かしちゃったかと思った彼女であったが、それはどちらかといえば良い方向であった。
「「「うぉぉー!可愛いっ!」」」
「明るい感じの女子じゃん!」
「ちょっと朝ドラ女優に似てね?!」
「え、いや....えへへ...そう、ですか?」
結構満更でもない彼女のそういうウブなところがさらに彼らを加熱させた。
「うぉぉーっ!恥ずかしそうな表情も可愛いーー!」
「時雨さんっ!彼氏はいるんでしょうか!?」
「おいっ!抜け駆けすんな!」
「....はぁ、お前らなぁ...そろそろ...」
見かねた才亮が鎮めようとしたが、その必要はなくなっった。
「....ん、なんだ...客人か?」
「「「........」」」
初老の白髪ジィさんがガレージの裏口から入ってくると、先までの熱は初めからなかったかのように各々作業に戻った。
「えぇ.....」
急激な冷め具合に気を落としていると、初老の白髪ジィさんがゆっくりと才亮の方へと歩いてきた。
「...よっ!勝馬。」
渋い顔をしていた彼であったが、才亮 勝馬とは親しいのかラフな感じで挨拶を投げかけた。
「おざっす。体調悪いって聞いてたんですが...」
「あーなんのっ...てぇした事ぁねぇよ。古傷が疼いただけじゃ。ところで、そいの嬢ちゃんは、隠妹か?」
「ち、違います!!即応科へ配属されました。時雨 千智です!!よろしくお願いします!」
「かかっ、元気が良いのぉ、新人け。わしゃ、整備科長の豊川 安彦だ。よろしゅうの」
「は、はい!お願いします....っ」
整備科長と聞き長年の蓄積でてっきり岩のように硬い手かと思えば、シワは年相応にあれども赤ちゃんみたいな柔らかい手に驚いた。
「かかっ....時雨さん。勝馬は無茶させるだろ!かかっ!」
「おい、いてぇよ」
孫の顔が見れたかのようなご機嫌な豊川は才亮の背中を叩きながらそう聞いた。
「えぇ...まぁ、ただ、任されるのは嫌いじゃないので」
「っ....かははっ!活きがええ新人だな!必要な装備あったら、いつでも来い!」
「は、はい!その時はよろしくお願いします!」
「おうっ!任せろぉい!」
「.....なんか、相性いいですね。彼ら」
「あぁ、これは予想してなかった。」
人を選ぶ整備科長と時雨が大丈夫かやっぱりちょっと心配で、見にきた汐留は彼らの意気投合を微笑ましく眺めており、才亮は時雨のスルッと懐に入る素直さに感心していた。
そして、最後に向かったのはH棟 召喚獣総合病院であり、病院の本棟も許可ないと受付ロビーまでしか入れないため、召喚獣管理官用の召喚獣病院の別棟へ行った。
「・・わぁー....」
高い天井に幅も広い廊下にて、体長五メートルはあるであろうクマ系の召喚獣がバブルスライムに乗せられ安静室へと運ばれている側で、二頭身くらいの子グマ召喚獣が管理官と手を繋いで後をゆっくり追っていた。また、病み上がりで元気なアライグマっぽい召喚獣が手すりを伝って逃げていた。そして、炎を纏っている召喚獣がアルミホイルに巻かれて無力化されながら運ばれてるのを、横に並んで不思議そうに見ている白い豹柄のチーター召喚獣など、多種多様な召喚獣がホスピタル召喚獣と主の管理官に付き添われて、行き交っていた。
「...ここの突き当たり、右の部屋だ。」
「あ、はい!」
人口密集地でのこういった光景に慣れていなかった時雨だったが、管理官としてこの光景を守る立場であると少しずつそれが日常へと変わっていくのを感じた。
「....あの、院長ってどんな人なんですか?」
頭の中では勝手に医療ドラマで出てくるような妖怪みたいなオジィちゃんを想像しており、恐る恐る汐留にそう聞いた。
「....うーん。強烈な人?」
「え、どういった方向で...」
ーーーーコンコン
「即応科科長 才亮。入るぞ」
「.....はーい」
少なくとも妖怪ではない女性の声がすると、いったん胸を下ろした時雨であったが、扉に入った途端に柔い二つの山に包まれた。
「....わぁー!あなたが千智ちゃんね。かわぁいいー!」
「...っう...んぅぅー!!」(おっきいぃ!色々全部おっきい!!)
香水でも柔軟剤でもないエロい匂いプンプンの胸に埋まっている時雨は、とにかく大きいことしか理解できなかった。
「.....こらこら、驚いてるてか、なに起きてるかわかってませんよ。」
見かねた汐留が時雨を猫みたいに取り上げた。
「ぷはっ....はぁ...はぁ....一体何が...」
「.....」
独特の調子について行く気がない才亮は、隅っこで彼女らを眺めていた。
「あらー、しょうちゃんもハグしないとだよねー」
「....やめろ。変な匂いがうつる」
「むぅー、バイキンみたいに言わないでよー、あ、自己紹介がまだだったわね。私は召喚獣管理省召喚獣総合病院局関東庁支部 院長の西条 麻衣。22歳でーす!よろしくねー」
「え、同い年ですか?!」
そういうノリかと思って汐留の方を見るが、普通に首肯していた。
「うん!14歳に博士取った感じー」
「すごい....」
大学で召喚獣科を修了した彼女はあの膨大なカリキュラムを余裕で突破して尚且つ、ドクターをとるレベルの知識体系を持っている彼女にただただ脱帽していた。
が、それよりも先に言わなければならないことがあった。
「あっ....西条先生。リョウシネズミの時、治療していただき有難うございました。」
「!....あぁー良いのよ。あれくらいなら、何度でもビンビンに直してあげるからぁ..」
「アヒャっ...ツゥ....あの、そこは....ちょっとぉ...」
色んな召喚獣を手籠にしているせいか、妙に触り方が上手い西条に御されそうになっている時雨だったが、時刻は16時40分を回っていたため、才亮が号令をかけた。
「そろそろ、時間だ。帰るぞ。」
「....あっ、はいー!西条先生。お時間とってすみませんでした。」
猫のように体を液体にさせて色々大きい体からすり抜けた彼女は、短く挨拶をして彼の後を追った。
「あら....続きはまた今度ね。」
部屋から出る時に、彼女の妖艶なそのつぶやきが背中を伝い、時雨のみならず他二人にも悪寒を感じさせた。
そうして、夜は非番のため寮に帰った彼女は、夕食は寮飯の作り置きのご飯で済ませて、シャワーとスキンケアをして寝巻きに着替えた。
そして、もう後何もすることが残ってない事を確かめて、奮発して買ったベッドに沈んだ。
「ーーーー・・くっ...ふぅ....疲れたー」
『....んなっ』
深淵からぬるっと現れたクゥは彼女の腕に頬擦りした。
「....ふぅ、クゥさんもお疲れ様です。」
『ナァー...』
体を伸ばして香箱座りをしながら、時雨の布団の中に入り込む。
「.....これからも一緒に、頑張りましょう。」
『....ナァオ....』
クゥもつられて眠くなっているのか、珍しく今日は一緒に寝れるタイミングになった。
「....おやすみなさい、クゥさん...」
『.....ナ......おやすみ。ちさと。』
召喚獣管理官としての二日目の出勤。無事に終える事ができた彼女は、クゥさんの体温といつもと変わらない触り心地の良いお腹を撫でながら、数日ぶりに深い眠りについた。




