大人の責任。
「美玲ちゃん、糸フロス取って」
「...はい。」
すっかり、即応科棟に住み慣れてしまった月葉は夜の駐勤を終えた汐留と一緒に歯ブラシをしていた。
歯ブラシを終えて顔を洗い、月葉の綺麗な黒髪をくしで優しくときながら、今日の朝食の話になった。
「..朝、何食べます?」
「うーん、昨日の豚汁でいいや」
「はーい....できました。今日はうまく行きました。」
時雨が昨日三つ編みで来た事から、月葉は汐留に三つ編みにしてもらった。
「...うん、上出来。」
「ふふっ...ほら行きましょ」
汐留は鏡を見ながら頭をフリフリとさせてご機嫌な月葉を撫でて、朝食の準備へと向かった。
そして、彼女らが朝食を食べ終わった所で、通勤してきた時雨は豚汁の残り香にそそられて朝食後の一杯を堪能していた。
「...うぅ〜ん...汐留さんの豚汁は生き返りますぅ...」
寮住みの時雨は寮の朝食を食べた筈なのだが、具沢山の豚汁を美味しく食べれていた。
「朝食後なのに、よく入りますね...」
「あー....昨日寝酒してしまって、朝食のお味噌汁じゃ足りなかったんですー」
「飲み過ぎると、お肌に良くないですよ」
ウッシー事案後に大酒を飲んでダル絡みしてくる時雨が脳裏に過り、汐留は色々と心配になっていた。
「うっ...気をつけます。」
クリティカルな指摘を受けた彼女が内省していると、即応科棟の階段を素早く昇る音が聞こえ、その足音は内務室の扉を前に止まった。
「....っ!」
扉が開かれると、それは才亮であり分厚めの資料を片手に持ちながら、皆にグッドサインを決めた。
彼が持ってきた報告書からは、警視庁による一連の調査から、本間寺と幹部および、本家へと潜入捜査が行われた結果、財務記録はクリーンであり召喚獣への侵害は確認されなかった。
しかし、それ以外において、特、本間寺及び本家にて幹部らによる立場を利用した信者への性的搾取の疑い、また、こと本間寺における少女Aの召喚式における度外召喚獣召喚の際の通報義務の遅延容疑など多数の容疑で本間寺とその関連寺院は検挙に伴い、政府機関からの監査を受ける事となり、監査が終わり監査結果が決定するまで活動停止命令が命じられた。
「....ちょっと、こじつけすぎません?」
汐留の率直な感想はその通りではあった。性的搾取の場合は寺というよりもそれに関わった者らが個別で検挙される者で、民意からの印象を下げさせて、召喚式における通報義務の遅延の容疑という一応は条文にも明記されている点を決定打として組織ごと監査するといった流れはなんとしても寺の力を削ぎたい一心が込められていた。
「手続的には...そうだな。」
その辺には同調していた才亮であったが、一応は明記されている遅延の"容疑"で検挙できる経緯を知っていた。
「?」
「....どういう事です?」
言い方に違和感を感じた時雨と汐留は疑問符を才亮へと向けていた。
「まぁ、お前らなら言ってもいいか....少なくとも、寺の権威を高めれば、寄付金も増えるというのはあるだろう。」
月葉がヨーグルトを食べながら一応は聴いているのを一瞥し、今更かと思い話を始めた。
「.....はい、多分ですけど...龍泉寺だけしか龍型召喚獣を持ってはならないとかはなさそうですし....別に問題なさそうな、」
時雨の推察は最もで、本間寺が龍型を管理する事自体は法的にも問題ないように見えた。
「そこが大有りでな.....神話でもあるように、神格にもなりうる龍が、そういった不純なモノに触れ続けると、悪性に変容する可能性が高くなる。」
才亮は右手で左耳をかきながら、そうなった時の様子がフラッシュバックし苦い顔をした。
「...っ」
やはり神格関連は管理官になったとはいえ、彼からの確度の高い話は初耳な事ばかりで時雨は背筋が冷えた。
「...だから、すぐ呼ばなかった時点でアウトなんだよ。それに、それが龍型に関わらず、その時点でこれまで寺内で行われた召喚式への徹底的な調査が必要になる。」
強力な召喚獣及び、龍型の召喚は寺関係者であればそれを目撃した時点で身内でさえ通報するレベルであり、今回も潜入していた者からの内々での通報も早く初動は決して遅れてなかった。
また、寺への令状も直ぐにおりるため、直ぐにでも寺への家宅捜索へ踏み切るべきであった。
「潜入していた人がいたなら....なんで...」
なら、なぜ直ぐにでも強行的に寺自体を差し押さえることをしなかったのかが引っ掛かった。
「こっからは龍型とは別個の話になるが、本願寺の時も...寺院は立地と扱っているモノから、奥の手を持ってる可能性があるからな...」
「え、あの事件て...信長が山が吹き飛ぶまで焼き討ちにしたんじゃ...」
神格関連が関わった歴史的な事件において、一般の人でも知り得る媒体である教科書や歴史本等では....などで領主が鎮圧した。....風に助けられ、毛利陣営の勝利となった。と過程をごっそり省略するか、ふんわりしている記述が多く、本願寺、および比叡山焼き討ちに関しても、教科書では本願寺に兵糧攻めを仕掛けたが、困難を極めたが力を行使し解決した。と簡潔に書かれていることからも、ネットや書籍での考察を誘発し色々混ざって正確に知られていない事が多く、彼女もその一人であった。
「いや、あれは....・・」
ーーー日本国政府 宮内庁 神格記録保全科、皇紀2230 (西暦 1570年) 本願寺事案記録。資料一部抜粋
召喚獣がパラダイムシフトとなっているこの世界の日本の教科書では、戦国時代。強力な召喚獣を多数保有していた本願寺に攻めあぐねていた、信長は本願寺の関所を抜きにした大量貨物運搬、飛海両用の召喚獣ソラフネクジラを用いた空輸網を構築し運用していた。
燃費も良くローテーション体制も整い始め、海運に依存しない輸送が回り始めた頃に、本願寺が上空を通過したソラフネクジラをを撃ち落とした事が発端となり、即時開戦となった。
制空系と陸路、河川へのアクセスも全て遮断し、兵糧攻めに舵を取ったが、テレポート能力に準ずる召喚獣を所有しているせいか、持って一ヶ月との見込みを越えて二ヶ月経ったところでも、本願寺内の人々に餓死者は確認されなかった。
それでもテレポートで持って来れる物量は限られているだろうと、10日ほど待ったところで寺内にとある動きが見られた。
「・・....おい、あれ.....食ってないか?」
「何っ...善住坊!見せろ!!」
空中を索敵している召喚獣と視界を共有している森のそれを聞いた、殿は望遠鏡を持ってその地点を確認した。
人だけならなんとかなっただろう、しかし、リーサルウェポンである召喚獣の餌が尽きてしまったのか、弱り始めて使い道がなくなった使用人を、見るからに燃費が悪そうな刺々しい鱗を持って光を放っているエンジ色の猿型召喚獣に食わせていた。
「っ!!!....カス坊主どもが...」
召喚獣は人との魂のパートナーであり、輪廻転生を介して、次の生でも同じ召喚獣と契約が結ばれるケースはそう少なくない。
そんな両者の中で、越えてはならないラインとして挙げられるのは、召喚獣との交尾と、人を食うことである。
「....空から光線ありったけ落とせ。」
確かにそれを視認した彼は、テラツバメの連隊を上空へ向かわせ、胸に埋め込まれている黒曜石のような鳩尾石から比叡山に飽和光線を浴びせた。
数時間、テラツバメの活動限界まで徹底的にやった殿は生命反応が無くなったのを確認し、富士の麓での東の四柱会談へ向かった。
そして、事後処理として部下を焦土となった比叡山があった場所に向かわせた。
信長がテラツバメに乗って富士へ向かっているその最中、最後の最後に時限式の奥の手を隠していたクソ坊主どもは、すでに焦土となったその地にキノコ雲を灯した。
その後、宮内庁が影響地域全体を10年以上かけて浄化するまで、その爆心地半径数キロ圏内は瘴気と呪いに塗れた地となってしまった。
両者多大な代償を被り、本願寺が一体何を使ったのは公表されてはいないが、おそらく神格か自爆する事で瞬間だけ神格に迫ったソレは、寺が祀っていた、もしくは象徴としていた召喚獣の強大さを象徴していた。
ーーー以上、日本国政府 宮内庁 神格記録保全科 本願寺事案記録から参考。
「ーーーー・・とまぁ、寺院は奥の手を持ってる可能性が高いから、慎重に動かざるおえなかった。」
「えー...てっきり、信長と本願寺との戦争が長期化したから、やむ得ず信長が力づくで決着をつけたかと」
「....厄介な人たちですね」
「嫌な奴らっ!」
初出の情報から、皆かなり聴き入っていた。
「と、まぁ...この辺はともかくとして、月葉。」
「ん?」
すでに済んだ話の補足よりも、才亮は本題である渋い顔をしていた彼女へ話を移す。
「龍泉寺行きたいか?」
「っ!行けるの?!」
彼の一言にぐるぐると足を回して喜びをあらわに才亮の前に駆けた。
「....一体、どんな手を....」
前聞いた時は永年出禁と聞きその線はないと思っていたが、一転してその線が復活したのは意味不明であった。
「ふっ...」
時雨の呟きに呼応して、月葉にしがみつかれながら不敵な笑顔を浮かべた。
「ひっ....」
「まぁ、才亮さん以外が掛け合って、龍泉寺も龍型を迎えられるならって感じでしょう。」
「大体当たり」
「やったぁー、ツキヨノの友達が増えるー!」
『....クゥー』
外から内務室の窓に頭を出したツキヨノは月葉の抱擁に答えた。
「ただ、一つ言っておくが...龍泉寺だと、お前がいた所よりも閉鎖的だぞ。義務教育はマンツーマンでやってくれるだろうが...」
「っ....」
才亮の補足から、月葉は本間寺での押さえつけられてきた日々がフラッシュバックし、胸が苦しくなった。
「月葉ちゃんは寺院内のホームスクールじゃなくて、学校に通いたんでしょう?」
『ーーー・・また、あそぼー!月葉ちゃん!』
しゃがんで目線が同じ高さになった時雨の言葉に、お寺に遊びに来ていた太寄付者の同い年の子と遊んだあの時の楽しい時間が香る。
「っ....う、うん。でも....ツキヨノは龍泉寺じゃないと...」
あの寺から逃がしてくれたツキヨノとこれからの長い人生を一緒に歩みたいのが一番であったが、第二に月葉は普通の学校にも通いたかったようだった。
龍型召喚獣を引き受けられるのは龍泉寺くらいで、それ以外だとツキヨノは消去法で召喚獣管理省か特定の国の期間が管理する事になる。
その時、月葉が管理責任者が才亮や汐留たちと同じような関係性を築ければ、普通の学校で友達もできる中で、ツキヨノと別々に住むにしても会える時間は多くなる。けれど、そうでなければ会う時間は制限されてしまう。
「....っ」
ツキヨノが強力な召喚獣である事と、自分たちが難しい立場にいることを理解した上で、どの方がツキヨノのためになるか、月葉は唇を噛みながら眉間に皺を寄せ頭を悩ます。
(どうしよう...どうしよう...)
『...クゥ?』
ツキヨノが月葉の頬を鼻先でさするが、考えが判断がまとまらない。
その時、悩み続け、熱暴走しそうな頭を大きく、温かい手が優しく包む。
「...っ」
手の主の方を向くと、あの日、どこへ行ったらいいのかわからなず夜の寒空を飛んでいる時、お腹が空いて、心も体も疲れた私たちに、温かい食いかけの焼きそばとお肉をくれた金髪の彼が優しく微笑む。
「....あとは大人がなんとかするから、安心しろ。」
「っ....うん。」
肉親でも、前から知ってるわけでもないのに、なんでこんなに優しくしてくれるのだろう
その訳は、子供でいられる私ではまだわからない。
けど、金髪の彼と髪を結んでくれた美玲、笑わせてくれる時雨、彼ら大人たちの優しさは嘘偽りないのはわかった。




