初陣
「...まぁ、何はともあれ、よろしくな。時雨。」
時雨に止めをさされかけた金髪ホストは埃ひとつないスーツを伸ばして立ち上がり、彼女に締めの握手を求めた。
「....そ、そ...即応科....いや、そんなはずじゃ...ほらっ!召喚獣操法科ってなってますよ!」
しかし、彼女はそれどころではない様子で携帯のメールボックスから、配属先の決定を知らせるメールを金髪ホストに見せた。
ーーーーーー配属先は、召喚獣管理省 関東庁 召喚獣操ぉ法科になります。
「....あら、本当ですね。」
丸縁のサングラスをつけているセンター分け黒髪ロングの女は、金髪ホストの後ろからひょこっと顔を出してメール内容を見ると、誤字が混ざっているものの時雨に嘘がないと理解できた。
「まぁ、待て....もしもし、即応科科長の才亮だ。今日配属の時雨 千智は即応科で間違いないか?....あぁ...おん....』
「「.....」」
吹き抜けになっている壁を補修し水を吹きかけて再生している大男の音をBGMに、敬虔なる信徒のように時雨は目を瞑って真摯に祈っており、センター分け黒髪ロング女はえぇ...ノリノリに戦ってたのに...そんな嫌なん...と傍目で彼女を見ていた。
『...分かった。確かなんだな...失礼する。」
「....やっぱ間違ってましたよねっ!!召喚獣操法科ですよね!!」
電話が終わったのを確認し、時雨は前のめりに聞いた。
しかし、女神は微笑んでくれなかった。
「.....あー、書面でもデータベースからも即応科で間違いない。と」
「いやぁぁぁぁ....即応科は無理です!!」
若干申し訳なさそうに目を逸らしながら金髪ホストがそういうと、膝から崩れ落ちた時雨は頭を抱えながら、全力でその結果を拒否した。
「あら、振られましたね。才亮さん。」
「む....手違いじゃないのか?」
からかうようにセンター分け黒髪ロング女は金髪ホストこと才亮 勝馬にそう言い、特殊な建築菌糸で出来ているため壁や床の大体を直し終えた大男は断片的な話しか入ってなかった。
「........そうか、なら」
ひとしきり時雨の拒絶具合を10秒観察したのち、金髪ホストは表情を一切変えずに、何か方策を話そうとしたその時
ーーーービーっ!ビーっ!ビーっ!ビーっ!
「っ...!」
即応科棟の室内放送と外のスピーカーから警報音が鳴り、反射的に携帯を確認した大男こと玄道 尽頼はガラス製のため直っていない吹きさらしの窓枠から飛び出て現場へと向かった。
「.....時雨、早速だが、足は早いか?」
携帯をチラッと確認した才亮は嫌な空気を感じることを聞いてきた。
「....え、まぁ....逃げ足は早い方です。」
別にそういった部活に入っていたわけではなかったものの、逃げ足に至っては自信を持ってそう言えた。
「....まぁまぁ、険しい道を歩んできたんですね...」
それを聞いた長身女はサングラス越しに目を細めた。
「汐留はコンビニでチーズを買ってこのバックに詰めろ、時雨。とりあえずこれに着替えろ」
「え、は、はい!」
研修での気質がまだ新しいため、条件反射で一旦才亮の話に二つ返事し、簡易仕切りの中で着替え始めた。
「今日現場についてくるなら、好きな科への異動の上申をする。来るか?」
「....ぐぬっ」
着替えている中というのと、何らかの召喚獣事案が発生している中で才亮のその提案は、彼女にとては甘すぎるものであった。
「ーーーー・・てっ!!なんであっさり了承しちゃったんだよぉぉぉぉ!!!わたしぃぃぃぃ!!」
『....チュキっ!!』
人払いされた大通りの一本道に差し掛かったところで、その召喚獣は道路や標識を接触せずに空間ごと削って、チーズまみれのバックを背負った時雨に迫ってきていた。
「いやぁぁっ!...もう、限界...くぅ..」
『...時雨っ!天敵を認知したら逃げちまう。出すな!』
イヤホンから商業ビルの屋上を伝って、上から時雨と分身しながら彼女に迫っている、ネズミ型の召喚獣を追いかけている金髪ホストの指示が響く。
「うぅぅ....えぇーえぇー!わかりましたよ!!」
一応、本当にやばい間合いまで詰められたらクゥさんが勝手に出てくるのは承知の上であったが、それでも、ネズミ型の召喚獣とはいえこんなにもわかりやすくチーズに執着している召喚獣の熱は背筋を嫌に伝っていた。
「...はっ...はっ........ぁ」
9割程の全力疾走ではあるが体力も乳酸値には余裕があった中、本来ならゴミ一つ落ちていない道路にネズミ型の召喚獣こと量子ネズミからの追撃の余波で飛んできた、様子のおかしい標識の破片が、彼女をつまづかせた。
『....シゲモチがクッションになる。そのまま加速しろ』
ーーーシュルっ
「...ぐっ....オラァっ!」
あらかじめバックに仕込まれていた黒髪ロング女の召喚獣、バンヨースライムことシゲモチさんが、前傾姿勢になった時雨の左足に回り体を萎ませて発散し、彼女の体勢を整わせ、前へと押し上げた。
「...チュキィっ!」
後一歩で仕留められる距離に入れた量子ネズミは、スタート台となったシゲモチを削ろうとするが、数ミリ単位で真っ平になったシゲモチを捉えることはできなかった。
『目の前の十字路を右折。その先、封鎖済み交差点にカバンを投げろ。』
「.....りょう....かいっ!」
目的の場所へ差し掛かった彼女は十字路に置かれたスタート台となっているシゲモチの分体へ今一度加速し、シゲモチに任せて勢いそのままに右折した。
『よし、そのあたりで良い。封鎖線の前に投げ込め』
「....おっ...ラァァっ!」
「...時雨さん!後ろへ!」
「......は」
一生チーズくさい忌々しいカバンを投げ込んだ彼女は封鎖線の前で待ち構えている黒髪ロングと、鱗を局所的に纏っている大男の後方へと飛び込もうとした。
「....っ...チュキィ?!」
封鎖線と、追いかけていた素早しっこいだけの女よりも、明らかに強い雰囲気を持っているデカい女と男を認識した量子ネズミは自身が袋の鼠だとわかり、しどろもどろしていた。
「....スゥ」
その様子を確認した金髪ホストは携帯型の槍を取り出して、大きく胸を張って下半身のタメをそのままに量子ネズミの方へと投げ込もうとした。
「...っぅ...時雨!!」
しかし、寸前で投げ込むはずだったエネルギーを握力で握りつぶした金髪ホストは、ビルの建物内から出てきたヘッドホンをつけた女子高生の方を指差し叫んだ。
「.....はぁ...バイト行きたくないなぁ....」
「...チュキッ!」
彼女が出てきたところから逃げれると思った量子ネズミは、邪魔な彼女を削って逃げようとした。
「....っ!」
時雨は一時的に黒猫型召喚獣クゥさんの深淵を使って距離をショートカットし、彼女を捕まえて量子ネズミとの間に体をねじ込んだ。
「....時雨っ!!」
記憶に新しい槍を時雨の方へと放った。
「じっとしててっ!」
「きゃっ...」
一瞬で意味を理解した彼女は、女子高生を抱きしめて出来るだけ体を丸め、その槍は彼女たちに到達する寸前で透明な薄い黄緑色から赤色に変色したスライムが展開した。
「...チュイっ?!」
「....逃がすかよ」
ーーーーキュルキュルっ!
「チュ...チュウ...」
赤色を認識できないネズミ型召喚獣量子ネズミが削る空間の間合いを見誤ったその一瞬で、屋上から一直線に降りてきた金髪ホストは手元から糸を繰り出して目元と体をぐるぐる巻きにして無力化した。
「....対象確保っ!他に同個体はいないかっ?!」
「....反応ないです!!」
「一体とは限らんが....時雨。立てるか?」
索敵系の召喚獣持ちの警官がそう答える中、金髪ホストは警戒は解かずに女子高生を抱いている時雨に声をかけた。
「....は....はい。」
「う...え、管理官?私何かした?!」
外に出たら突然視界が暗くなり、体を覆って包んできている人?が離れるとその人は管理官の代名詞である黒スーツを着ていた。
「いえ、もう大丈夫です。怪我はないですか?」
「あ、は...はい。」
「よかった.....っ」
一杯一杯な表情の時雨に驚きながら女子高生は無事であることを伝えると、それを確認した時雨の意識は事切れてしまった。
次に目覚めた先は、天国でも地獄でもなく、世界で一番清潔な場所だった。
「ーーー・・..ん.ぅ...っ...あ、あの子は!!」
意識が途切れる前の記憶の続きを思い出した時雨は病院のベッドから体を起こした。
「...無事だ。尻もちついた程度らしい」
「っ!ぁ...なら良かっ....うぷ...」
リンゴを切っている金髪ホストと周囲の無機質な空気からここが病院だとわかり、とりあえずは彼女も自分も助かったのだと理解したその瞬間、吐き気と気持ち悪さ、異様な倦怠感を感じた。
「まだ起きるな、量子酔いだ。」
「うぅ....量子、酔い?」
大学で一般教養の中で聞いたことのある単語ではあったが、それでもあまり原理までは覚えていなかった。
「あぁ、今回の召喚獣はリョウシネズミでな。量子空間を介して、瞬間移動をする召喚獣で、お前が市民を庇った時に、量子波に当てられたんだろう。医者はしばらく安静してれば多分、大丈夫と言っていた。」
「ふぅ....なら...って、多分?え、大丈夫じゃない場合があるんですか?」
「....まぁ、齧った程度の意見になるが、量子と量子空間は分かってないことが多いからな、もしかしたら、量子プールの任意の量子に共鳴して、異世界に飛ばされるかもしれないし、量子パスを通じて召喚獣か、菌が見ている景色を見れて、そいつらと意思疎通ができるようになるかもしれない。」
「わぁー...もうやめてください!怖がらせないでください!」
ありえた可能性の殆どは死なないにしても、ろくな結末が待っておらず時雨は耳を塞いで金髪ホストから離れた。
「わ...悪い。まぁ、どの道、お前の黒猫と離れ離れになることはない。」
「っ...なら、許します。」
召喚獣と共に生き、共に死ぬ者が殆どのこの国では、召喚獣との関係性が命と同等に大事であった。
仮にそのような事態になっても、魂との契約で結ばれている彼女の召喚獣と離れる事態はないと言えた。
「....あと、親父さんに一応連絡を入れたが....強烈な人だな」
「うぇ?!パパと話したんですか?!」
「え、あー....丸二日入院してたからな、決まりでな」
「....ふ、二日?..より、何か言ってましたか?」
「.....まぁ、鍛錬が足らん。とな」
親子間の伝言を伝えるだけなのだが、その一言で大体の親子関係がわかってしまった金髪ホストは申し訳なさそうに目を逸らしながらそういった。
「....スゥ...あんの...やろう...」
それを聞いた彼女は金髪ホストから逸らした所で、静かに怒りを吐いた。
「っ...ともかく、頭数が必要だったとはいえ...初っ端新人への負担がデカすぎた。すまない。」
金髪ホストは時雨の膝の上でありえんくらい体を伸ばしているクゥの方を一瞥し、一瞬目を細めながら、才亮は本来なら配属先は引くて数多だった時雨に謝った。
「....いえ、その、多少は勢いに流されたのはありましたが、即応科がやばい所だってわかった上で、自分で考えて決めた事なので、今のこれも私の責任です。」
クゥさんの喉を撫でながら、時雨は責任の所在を理路整然と明確にした。
「!....」
22歳。召喚獣管理官選抜試験での筆記、実技をクリア後、研修期間の最短修了、今回の事案での臨機応変な対応。感情を吐き出すことでメモリに空きを設け、対処すべき問題に注力する。やはり、見込んだだけあると金髪ホストは時雨のポテンシャルを高く評価した。
「.....スゥ...落ち着いたら、希望の科を俺宛にメールで送ってくれ。多少時間はかかってもどこでも押し込める。」
彼はお皿に可愛いうさぎリンゴを揃えて立ち上がり、彼女を即応科に口説きたい気持ちを抑えながら、約束を反故にしないと明言した。
「ぁ...はい。」
「....あ、そうだ...これっ」
扉に手をかけた彼であったが、思い出したかのようにポケットから何かを取り出して彼女に投げた。
「わっ...っと...?」
「流石に敷地には入れないからと、あの子から6pチーズの差し入れだ。じゃ」
彼は最後にそれを伝えて病室から出ていった。
「...え?....チーズ。」
ーーーー先の状況、金髪の人から聞きました。危ないところ私を助けて頂き心から感謝致します。
6pチーズの裏には張り紙がはっており、そう綺麗な字で感謝の言葉が書かれていた。
「....スンスン....スンッ....ナァオ」
時雨の黒猫召喚獣クゥさんはぬるっとベットの上に現れて、興味ありげにその6pチーズをクンクンしていたが、あまりチーズは好みじゃないクゥさんはフンっと顔を逸らして太々しく時雨の太ももの上で体を伸ばした。
本来なら操法科に配属されて、右も左もわからない中でも先輩方から一つでも多くを吸収して、向いてないのかなぁ...とかぼちぼち自己反省しながら、定時で帰って漫画読みながら晩酌してたんだろう
「....ほんと、どうしましょうね。クゥさん」
クゥのもちもちのお腹をさすりながら、時雨は胸にじんわりと広がるそれを離せずにいた。




