ツキヨノ
「ーーー・・スゥ.....スゥ....スゥ....」
夜中の即応科棟の一室にて、駐勤の汐留は燻茶色の絶妙な硬さのソファーにて、毛布にくるまりシゲモチさんを枕にしながら、スヤスヤと仮眠していた。
本来であれば、水曜日は才亮も駐勤する予定であった。だが、彼は他に仕事があるらしく即応科棟内には瞑想中の武田くらいしかおらず、静かな時が流れていた。
そして、彼女はモフモフの獣人たちに囲われ、モフモフ天国の夢の中にいた。
『ーーー・・もふもふさんですね』
『わふぅー!』
『フルふぅっ...』
そして、うち一人、常日頃から、後輩気質もあってか犬っぽい感じに見られている時雨は、彼女の夢の中では犬っぽい獣人として汐留に抱きついていた。
『ふふっ....やっぱりこっちの方が良いですよ...』
『わっふぅ...っ?』
汐留に頭に生えたピンっと立った耳を触られ、ほへぇ..という緩んだ顔で尻尾を振っていたが、何かに気づいたケモ時雨は首を上に伸ばしてある一点を見つめ始めた。
『..?...どうしたのです....』
『.....んなー』
『...か?』
ケモ時雨が見つめている方を見ると、才亮以外にはいつも撫でさせてくれる時雨の召喚獣クゥさんがこちらをじっと見つめていた。
ーーーーウォォォォン!!
「っ!...っ?!」
即応科棟内に出動のサイレンが鳴り響き、汐留は夢から覚めて飛び起き、右手首につけているウェアラブル端末に映るホログラムにまたもや驚かされた。
「....汐留っ!!」
万全体制の武田が屋上から汐留の名を呼ぶと、汐留はジャケットを持って窓から屋上へショートカットした。
「っ.....はい、でも...これは....」
「あぁーーーー」
それは数々の伝承や歴史上の人物が召喚したとされ、実際にこの日本に存在しているてはいるが、その実態や生態が公に公開されていない。
ここ100年で、召喚された回数は数える程度。
時に、神に成る可能性を成就させるだけの、歴史、信仰、憧れからなる神格への挑戦権を持った。
召喚獣はーーー
「ーーーーー龍型だっ!!」
月夜に明るい夜空を、武田はその先に何があろうか胸を膨らませている子供のように無邪気に見上げて、ホログラム越しに見たそれを想起しながら武者震いした。
ーーーー皇歴年(西暦2025年)4月30日 1時20分。西東京市
{IMG235937}
月が浮かぶ夜空にて、空の深い夜と同化した体表の鱗に月光に共鳴して葉の紋様が光る。
光が木の幹のように伸びた角に流れ、月の光と共に後頭部に豊かに生えた青いつぼみが花開く。
「...あれが....龍。」
龍型召喚獣を600m先に捉えた汐留は古事記からそのものを見せられているような、それこそ神格と同じ空間にいる時の、あの全てを許し、許されてしまうような感覚をさえ覚えた。
「...っ!!」
我慢できない武田はそのまま月が浮かぶ夜空を舞う龍型召喚獣の方へと駆けて行った。
「あっ...ちょ....スゥ」
『....?』
いつも通りの彼の調子はともかくとして、一旦一呼吸すると『行かないんか?』といった目できょとんとしているプラプトルと目があった。
「...追いかけますか」
『プラぁー!』
走り足りないプラプトルの首元を撫でて、20馬身差くらい先の彼を追いかけた。
「....高さが足りんな。」
プラプトルに乗りながら、武田は高さ50から100mを空泳している龍へどう詰めるかを考えていた。
「うむ、まず堕とすか....」
一手思いついた武田は持ってきていた大弓を背から取り出し、構え、風向きから対象から右斜上へ標準を合わせ、装備科から支給された矢を絞った。
「......スゥ.....ゥ....!」
放たれた矢は僅かに風に影響されながらも、運動量を減らす事なく龍の元へと射られた。
『......ッ?!』
途中まで一切の気配を感じなかった矢が、寸前で現れ龍型は即座に体をうねってかわした。
「ほほぅ...」
武田は無音加工に加え、射手の殺意や意志を極限まで隠匿されるように加工されている矢が久々に外れた事に唸る。
『.....ッー!』
月光浴を楽しんでいた龍型は射られた方向を向く。そこには飼い慣らされた召喚獣に乗った小さな人間がおり、彼ら以外から同等の召喚獣の気配を感じなかった龍型は、うねり加速しながら武田の元へ向かった。
「うむ!そうこなくては!」
直感的に好戦的な空気を持っていないとは思ってはいたが、目論見通り向かってきたのに心躍らせた。
「....ラプ、あの塔のてっぺんまで行けるか?」
『プラァ!!』
任せろ!と言ったプラプトルは、龍型召喚獣が武田の方に向かって加速してきている中、一直線に20m程の鉄塔へ走り抜けた。
頑強な足爪の筋力と特異な鱗の配列から、とっかかりのない円柱の鉄塔を登り行き、彼らは頂上に到達した。
「.....。」
武田はプラプトルから降りて円柱の鉄塔の頂点に立ち、夜空の海に一点の雫が落ちるが如く、目を閉じる。
「....スゥゥゥ......。」
静かにゆっくりと息を吐いて全身を脱力し切った地点で、居合の構えを取り龍型を待ち構えた。
頬を伝う風と、螺旋状に旋回する風が飽和する。
『ーーーカァッ!!』
龍型は空中から滑空して位置エネルギーを運動エネルギーに変換加速しながら、噛筋を大きく開けた。
間合いは十分。何千何万と磨き上げられた居合を抜くーーー
『.....カハッ?!』
ーーーというのはブラフで、寸前までその気配だけ出して、黒鉄塔の頂点から僅かに後ろに下がり龍型を鉄塔に噛ませた。
『....ッ...クゥ..』
噛み砕けないものなど無かった龍型であったが、その黒い円柱の鉄塔は別であった。
噛み殺そうとした力はその鉄塔の反作用によって、全て龍型の顎に返されたと同時に頭蓋が揺れて飛行が不安定になり、鉄塔に沿ってズルズルと落下していった。
「....うむ、属性持ちの割には...か」
してやったりの武田は鉄塔の頂点に登り、ゆっくりと落下していく龍型の明らかに光か草の属性を持っていそうな見た目で、光線やらなんやらで上空から遠距離で攻撃してこなかった点を考察していた。
『...ッ....!』
地面につきそうな所で飛行の安定性を取り戻した龍型が武田が居る上を見上げると、武田は悪役のようなニヤケ面でこちらを見下ろしており、それが龍型の逆鱗を触れた。
『....カァーっ!!』
鉄塔を中心に渦を巻くように昇り、加速する龍型。
「ほっほぅ...もってくれよ、龍型。」
武田は向かってくる龍型を前に昂る調子を止水し、静かに目を閉じ本望の居合を構えた。
意識が空になるその間で、昔の記憶が流れる。
奈良南部の夏はくそ暑くて、冬もクソ寒い。あの山々での鍛錬の日々にて、育ての親であり、師匠であるジジィとの会話だったか...
全国から武術家やその門下生たちが集まる合同鍛錬で、氷風呂に入りながらクールダウンしてる最中、ジジィの兄弟子から聞いた話を当人に確かめた事があった。
『ーーー・・ジジィ、龍と戦ったことあんのか?』
『あー...まぁ、ええか....』
らしくもなく答えるか同化逡巡したジジィは、おもむろに話した。
『とある所でな、扱いきれなくなった龍型召喚獣を封印する要件で、討伐可能の捕縛隊が組まれ、ワシが指揮をした。』
『ほぉーん、で?』
『お...お前な...まぁ、詳細ともかくとして、結果としては....』
耳に入った水をほじりながら続きを短く促した武田の態度に、意を決して話そうとした面持ちが崩れそうになったが結論だけ話した。
『....ワシ以外今じゃあ全滅じゃ、もう二度とやりたくないわい。』
ジジィの言葉を紐解くのであれば、おそらくジジィと一人か二人かは生き残ったのだろうが、支払いきれないデバフか、あるいは重度の後遺症で一年持たずに死んで、真の意味で生きて帰ってこれたのはジジィだけということだろう。
それからであろう、全盛期のジジィをそう言わしめた龍型と戦いたいと思ったのは...
どんな結果であれ、その代償も恩恵もひっくるめて全て受け入れる。
そう、その括った覚悟はその思いに決着をつけてくれると確信した途端、己が無くなる。
鉄塔から降りて、昇り龍を迎う。
初めからそうなるのが決まっていたかのように、界在に溶け切った武が居合を抜き、最速の刀剣が龍をーーー
その時、思ってもない所から気付けられてしまった。
ーーーー武田ぁ"ーっ!!子どもーーーーっ!!
「!!....何っ」
己と魂が空に至るギリギリの所、汐留のその声に気付かされた武田が目を開ける。
「...っ?!」
すると、そこには確かに龍型後頭部に生えている花々の中に、10歳程の少女が龍型にしがみついて目を瞑っていた。
「....っぬ!!」
寸前で、円柱の鉄塔の側面を踏み込み、龍の噛撃から退避した。
『....カッ...ツゥ...』
またもや噛撃がスカし、鉄塔の反作用が残っている龍は萎えてそのまま、雲に塗りつぶされた空へと向かった。
「.....っ」
空中で大の字で自由落下しながら、地面を背にして空へと昇る龍を見送る。
一回目は初めからブラフとして考えていたが、二回目は一刀で決めるはずだった。
管理官という立場から、可能であれば捕縛する必要性はあったが、それでも龍を倒し、さらなる高みへと挑戦権を得たく鍛錬を重ねてきた。
手を伸ばしても、翼を持たない俺では空を昇っていく龍へは届かない。
様々な思いが焦燥し、混濁している。
それでも、雲を割って月光を浴び、体表の葉の紋様や白き角に光を取り戻したその姿を目にした、彼はただひたすらにその景色に心奪われていた。
「....綺麗だ。」
ツキヨノ
龍型召喚獣。
月光浴が好き。月光合成でも栄養補給ができ、後頭部から尾まで青白い花や葉っぱが連なっている。
黒い円柱鉄塔について
野生の召喚獣が市街地に入ってこれない結界の楔の一つ。
宮内庁が開発製作しており、中には数千年楔として機能している鉄塔もある。
ちょこっと一間。
「おぉ...ラプトル。」
待機していたプラプトルが近くのビルの屋上から飛び上がり、空中で武田を背中でキャッチした。
「...助かった感謝する。」
無事にビルの屋上に着地した武田は、MVPであるプラプトルの首筋をさすって褒めた。
『ッ...プラァ』
気持ちよさそうな顔をしながら、もっと撫でてとフサフサの頬毛を彼に擦りつける。
「かかっ....次も、頼んだぞ。プラプトル。」
『プラぁー!』




