ゼミ
「香山君、君は社会に出て通用せん!」
大学二年生になると強制的にゼミに入らされる。
当たり前ながらやりたい勉強なんてない。
でも僕もゼミを選ばなくてはいけなかった。
仲の良い学生同士で同じゼミに入る・・・それはよくある事だ。
「みんな好きなゼミを選べば良いじゃないか」それが出来れば世話はない。
ゼミには『定員』というモノがある。
誰もが願ったゼミに入れる訳ではない。
定員からあぶれた生徒は人気のないゼミに入る事になる。
人気ゼミに入れる生徒と、人気ゼミからあぶれる生徒の違いは何か?
『運があるか、ないか』だ。
入ゼミはどうやって決まるか?
くじ引きだ。
くじで外れた生徒は人気ゼミを諦めるしかない。
くじに外れて別のゼミに入るのは良い。
しょうがない。
ただ『入れてしまった場合』というのが始末におえないのだ。
考えてもみて欲しい。
『定員があるゼミに自分が入ってしまったら』
それは誰かを弾き出す、という事だ。
多くの場合、人気ゼミには『その噂を聞きつけたヤツら』が集まる。
仲良し連中ならまだマシだ。
『付属高校からの仲間』だったら本当に始末に負えない。
こんな三流大学に付属高校から入るヤツらなんて『パリピ』の可能性が高い。
そんな連中と一緒にゼミの授業を受けれるか?
しかもソイツらからは『お前がこのゼミに来たおかげで仲間が他のゼミに行く事になっちまった』と敵対視されている。
僕みたいに別に『パリピ』『陽キャ』(当時、そんな言葉はない)じゃない男は不人気ゼミに入るしかない。
それが一番波風立たない大学生活を送れる、というモノだ。
しかし『不人気ゼミ』とは言っても「このゼミだけはダメ!」というゼミを旅行サークルの同じ学科の先輩から聞いている。
でも、見た目で『○○ゼミ』とはわからないんだよな。
片っ端から話を聞いてみるしかないか。
僕は一番空いているゼミの説明を聞いてみる事にした。
『ここは植松ゼミです』
ちょっと待て!
「植松ゼミだけはやめとけ!」
サークルの先輩に受けた助言を思い出す。
(ここのゼミだけはないな)
僕は無言で席を立とうとする。
「何だ、香山このゼミにするの?」と緒方が僕の席の隣に座る。
ゼミの助教授に聞こえてるから「こんなゼミに入る気はない」とは言えない。
「まぁ・・・その・・・なんだ」とうやむやに返事をする。
「?変なヤツ」と緒方。
すると「お前らがこのゼミにするなら俺も俺も」と友達らがわんさか集まって来た。
「友達多いんじゃねーか」と思った人、そうではない。
付属高校出身者は何故か固まる。
陽キャは固まる。
陰キャで真面目に授業受けるヤツらは黒板前に固まる。
陰キャで重度のヲタも固まる。
陰キャでヲタに徹しきれないヤツというのは所詮『余り物』だ。
どこにも所属出来ない。
そんな人間達が"ぬくもりを求めて"共同体を作る。
そんな共同体に僕は所属していた。
その時僕は大学デビューは失敗して、もう諦めていた。
でも旅行サークルが楽しくて「もう大学デビューなんてどうでも良いや」と思っていた。
僕が興味を持った旅行サークルに、何故か江藤がついてきた。
江藤は当時流行った『トレンディ俳優』、風間トオルよろしく紺のブレザー、通称『紺ブレ』をいつも着ていた。
江藤はどこか『陽キャ』に憧れがあったのだろう。
「スキーサークルかテニスサークルに入りたい」と言っていた。
僕は高校時代柔道をやっていて、部長がヤクザの組長の息子だった。
家に電話すると『若!お友達からお電話です!』と繋がれてビビッていた。
関係ない話だが、その頃携帯電話なんてモノは影も形もない。
もう数年すれば肩からバッグのようにかける大きな携帯電話の原型みたいなモノが生まれる。
僕が高校時代には部長のオヤジの車についていた『自動車電話』が携帯電話に近いモノだったか。
そんな話はどうでも良い。
本物の暴力団を目の前で見た時に思った。
「悪ぶるのは痛い。
形だけ悪ぶるのはやめよう。
僕は僕のまま、ありのままでいよう」と。
だから僕は陽キャぶらなかった。
でも、江藤は陽キャになりたかったようだ。
僕にしてみれば「なってどうする?自分には似合わないだろ?」というモノだが、江藤が陽キャになりたかった理由は旅行で岡山に行き、江藤の家に寄った時に江藤の父親から聞かされる。
江藤は身体が小さく、不器用な性格をしていて運動神経が悪かったんで、今でいう『陽キャ』の連中にからかわれて虐められていた。
で、負けず嫌いだった江藤は陽キャに対して「いつか見返してやる!」と言ってたらしい。
それを聞いた時、僕は『江藤の復讐の方法は間違っている』と思った。
江藤みたいな不器用なヤツが陽キャの真似をした場合、余計に笑いモノになってしまう。
江藤は『陽キャ』の真似ごとがしたかったようだ。
だが、僕はそんなのは本当に御免だった。
だから江藤と一緒にサークル巡りはしたが、江藤と同じサークルに入るつもりはなかった。
スキーとかテニスなんて僕には似合わない。
そんなのがやりたいなら勝手にしてくれ、と。
で、色々サークルを見て回った結果、僕は旅行サークルに入った。
理由は「ここなら背伸びしなくて良いよな。ありのままの自分で楽しめるよな」と思ったからだ。
江藤と友達をやめるつもりはない。
『学科の友達』と『サークルの友達』が別でも良いだろう、と。
・・・なのに何故か江藤が旅行サークルに僕と一緒に入った。
「何で?」と思った。
『旅行サークル』にも陽キャはいるだろうけど、決して『旅行サークル』は陽キャのたまり場じゃないし、江藤が求めるサークルじゃないぞ?
しばらくしたら緒方が僕が入っていた旅行サークルに入ってきた。
どうやら僕と江藤が楽しそうにサークルの話をしているのを見て入りたくなったようだ。
「おい『仮性包茎』!」と僕。
「『仮面浪人』だ!
『仮』しか合ってないじゃねーか!」と緒方。
「『仮面浪人』がサークル入ってどうすんだよ!
一生懸命勉強しろよ!」
「『仮面浪人』か。
そんな事考えてた時もあったよな・・・」
「『あったよな』じゃねー!
『仮面浪人』やめたのかよ?」
「・・・いいだろ?
お前らと一緒に大学通って、お前らと一緒に卒業したくなったんだよ!」顔を真っ赤にした緒方を見ていて、見ているこっちが何か恥ずかしくなった。
僕は意味なくパシーンと緒方の後頭部を叩いた。
話は脱線したが、元々一流大学受験大失敗して三流大学に入ってしまった緒方は、その他大勢と頭の作りが違った。
『三流大学キャンパスライフ』を満喫すると決めた緒方は毎日のように新しく誰かを連れて来た。
人見知りの僕には信じられない『コミュ力』だ。
緒方が僕に気を使って、新しい人を僕のところに連れて来るので学科では僕らの集団の事を『香山軍団』と言っていたらしい。
だが、僕は何もしていない。
本当は軍団の中心は緒方だ。
緒方は付属高校出身のヤツを3人連れて来た。
そのウチの一人は緒方と一緒に旅行サークルに入った。
緒方のおかげで僕は付属高校への先入観が消えた。
緒方がいなければ僕は付属高校出身の人の事をいまだに嫌いだったかも知れない。
『植松ゼミ』は何かよくわからないけど、大勢の人間が集まった。
これはマズい!
・・・と思ったが「お前が一番最初に入っただろ?
『植松ゼミから抜ける』ってどういう事だよ!?」と言われるのが怖くて結局、植松ゼミに入った。
江藤は僕と一緒にサークルで『植松ゼミだけは入るな!』と言われてたんで、ちゃっかり別のゼミを選んでいた。
で、入ったは良いが植松助教授は鬼のように厳しかった。
ゼミに入ったは良いが、ゼミの内容が『統計』についてだったのでやたら統計について勉強させられた。
で、冒頭の一言を何百回、何千回言われたかわからない。
『アンケートを集めるなら、モデルケースは学生でも二千件は集めろ』
『嘆願も同様だ。
せめて二千件は集めろ。
でないと"声が大きいだけの少数意見"だけを取り上げる事になる』
そう何度も怒られた。
ついこの間見た動画で「ここに400件の嘆願があります!」と言っていた人物がいた。
僕は瞬間的に「あ、怒られる!」と身構えた。
「そんな考え方で世間で通用すると思ってるのか!?
400件ばかりの嘆願だと?ふざけてるのか!」
だが、それを言った人を怒鳴り飛ばす声は聞こえなかった。
助教授は程なく教授になりそして数年後に心臓発作で亡くなった。
僕が大学を卒業して九州を巡っていた時の話だ。




