第五話 思い出の場所
神社の裏手の森は昔と変わらず静寂に包まれていた。月明かりが木々の間から差し込んで、幻想的な光景を作り出している。十年前に僕達が秘密基地と呼んでいた小さな空間は、まだそこにあった。
「懐かしいでしょ?」
「ここで、大きくなったら結婚しようって約束をしたよね」
彼女は嬉しそうに辺りを見回しながらそう言った。
確かにここで僕達は子どもらしい約束を交わした。今思えば子どもっぽい約束だったが、当時の僕たちには真剣なものだった。
「あの約束覚えてる?」
「覚えてるよ」
「でも、もう忘れて良いわよ」
彼女が寂しそうに微笑みながら言った言葉に、僕は何も言い返せずに黙って首を横に振るしか出来なかった。
「さて、ここからが本題です!」
彼女が腰に手を当て、小さな体で胸を張って立っている。
突然の彼女の行動と言葉に、僕は、え?と驚く。
「君はこれからどうするの?」
優しく僕を見つめながら彼女がそう言ってくる。
「・・・分からない。将来のことも、自分のことも、何も分からない」
「でも、生きていかなきゃね」
「君がいないのに?僕だけで?」
「私はいつもそばにいるよ?見えないけれど私は君のそばにいる。ちゃんと君の中に私は居ました」
彼女は僕の手を取った。その手は記憶の中とは違ってとっても小さかったが、記憶の中と同じでとても温かい手だった。
「君は私との思い出を大切だと言ってくれました。ありがとう。とっても嬉しかった。私は君の思い出の中でずっと傍に居るし、ずっと君を応援してる。私と一緒なら、この先も生きていけるでしょ?」
「もう自分を責めるのはやめて、前を向いて歩いて行こう!」
彼女は元気よく夜空に向かって腕を突き上げそう言った。
「・・・なんでそんなに元気なの?もう一緒にお祭りに来ることも、一緒に遊ぶ事も出来ないんだよ!」
「私は私の中の思い出の君と一緒だから大丈夫!」
「少しずつでいいから・・・一緒に少しずつ歩こうよ」
僕は小さな声で、わかったと呟いた。このやり取りも昔と同じだ。僕が泣いていると、いつも彼女はこうやって僕を前に進ませてくれた。そして次の彼女の言葉もきっと同じだろう。
「よろしい!」
聞きなれた彼女の言葉。いつも僕が泣き止むと、そういって褒めてくれた懐かしい台詞がまた聞くことができた事が、たまらなく嬉しかった。
しかし、その後に言った彼女の言葉が、また僕を泣かせることとなった。
「もしこの先も今まで見たいにウジウジしてたら、君の中の私は私が奪いに来るからね」
僕の中の彼女を奪いに来る?それって彼女との思い出も持って行かれてしまうって事か?
「ダメだ!それだけはダメ!」
僕はすぐさまそう叫んだ。
「あはははは。ありがとう」
彼女は笑顔を見せ立ち上がる。
「・・・じゃぁ、そろそろ帰るね」
「え?まって!帰るってなんだよ!」
「・・・最後に一つだけ君に言っておく!」
「ありがとう。私が生きてる時に素敵な思い出をいっぱい作ってくれて本当にありがとう」
「・・・僕の方こそ、いつまでも心配ばかりさせちゃってごめん」
「ごめんは禁止!」
「・・・心配してくれてありがとう。会いに来てくれてありがとう」
「よろしい!」
彼女は最後にいつものような無邪気な笑顔を見せ、秘密基地の中へ歩いて行くと、そのまま光に包まれ消えていってしまった。
僕は彼女を見送りながら思い出の場所に立っていたが、気が付くと、そこにはもう秘密基地の痕跡はなく、静かな林があるだけだった。
でも僕の心の中には、この場所で彼女と過ごした思い出が、今なお大切な宝物として輝いていた。




