第六章 ミス隠蔽より軌道修正が大切!(事務作業はお手の物)
夜更け。
ユーリアたちはシューレに呼ばれ、談話室にいた。
暗い談話室でシューレの顔は、月光を受けて硬くこわばっていた。
「ユーリア。……俺がパートナー候補に手を挙げたのは、聖女を支えるためだけじゃない」
「え?」
「最初は君を“調べるため”だった。
俺の師匠が呪いに飲まれ、人体実験にまで手を出しているかもしれない、と知って…。
止めるには聖女の力が要る。
……だから利用するつもりで近づいた」
重い告白に全員の空気が凍る。
でも私は、にこりと笑った。
「なるほど! 要件定義ありがとうございます! つまり、プロジェクトのゴールは“師匠の暴走停止”ですね!」
「……怒らないのか?」
「怒る理由はありません。利用目的? 仕様が明確になるだけですから!」
朗らかに笑う私に、シューレは思わず顔を覆った。
(……本当に、この聖女は……)
その後は誰も追及せず、ユーリアに促され早目に眠ることとなった。
◇
翌朝。
「……え?シューレがいない!?」
アルベルトが叫ぶ。
「杖もローブもないんだ!一人で向かったんじゃないかな??」
サティが焦る。
「彼は魔術師。転移魔法を使ったのでしょう」
エルドラドの声が鋭い。
「馬じゃ間に合わないぞ。一人では危険すぎる!!隣国から飛竜を借りるか……!?」
三人が慌てふためく中、私はすっと手を挙げた。
「大丈夫です。ショートカットキーを設定済みですから!」
「しょ、ショート……何?」
「Ctrl+Shift+T!」
手を真っ直ぐにかかげ、光陣が床に走り、私たちは一瞬で飲み込まれた。
「うわっ!?」
「は、速すぎる!」
「心臓に悪い!」
「業務効率化です!」
私は真顔で答えた。
◇
転移した先は灰色の塔の前。
人と獣を縫い合わせたキメラが蠢いていた。
流石に絶句してしまう。
「こんなものが…人と獣を組み合わせたんだ!」
サティが叫ぶ。
「これほど深く混ざれば解く術はないだろうね……」
エルドラドが顔を歪める。
「このままでは倒すしか……!」
アルベルトが剣を握る。
「なぜ来た!師匠はもう…自分自身もキメラに。俺は全てを焼き尽くす…!」
シューレが悲壮な声で叫んだ。
私は一歩前に出た。寝癖がぴよっと動いた。
「無理、ですか?
大丈夫です。すぐ終わりますよ。
――仕事の基本、少し戻る!です!」
その瞬間、私の影が膨らみ、
小さな光の少女が立ち上がる。
セイジョウ。女神サーバに接続する分身だ。
《女神サーバと接続。データベース同期開始します》
「わあ……」
サティがその美しい光景に声を漏らした。
光の糸が塔全体を包み、縫い目をひとつひとつ浮かび上がらせる。
層が重なり、祈りの合唱のように荘厳な響きが広がった。
《ディープラーニング起動――過去のパターンを多層解析》
仲間たちの目が見開かれる。
「……なんだ、この神秘は」
「奇跡……?」
「……か、かいせきって……」
私は微笑んで指を掲げた。
「奇跡じゃありません。聖女業務基本知識です!!
時よ!戻れ!――Ctrl+Z!」
光が奔流となり、塔を覆う。
縫い合わされたキメラの肉体がほどけ、獣の咆哮が人の嗚咽へと変わり、呻きが安堵の息に変わった。
ひとり、またひとりと、元の姿へ。
倒れていた老人――シューレの師が目を開け、荒い息を吐いた。
カッと最後に大きな光が周囲を覆い、柔らかな花のような光のかけらがパラパラと舞っていた。
「……私は……?」
沈黙ののち、すすり泣きと歓喜の声が広がった。
◇
外に出ると、夜明けが空を淡く染めていた。
私は石段に腰を下ろし、帳票を広げてさらさらと
「事後処理報告」を書き始める。
誤字は一つもない。
「……こんな時に帳票」
シューレの呟きに、アルベルトが苦笑する。
「それが彼女らしいと思ってしまっている私たちもどうかなと」
エルドラドが小さくつぶやいた。
私は顔を上げ、シャーレに微笑んだ。
「ミスは、早めに報告して即修正。上は『報告してくれてありがとう』って思うものです。隠す方が一番の不具合ですから!」
シャーレが初めて崩れるようにしゃがみ込んで涙し、私は大いに焦った。
(パワハラしちゃった…!?)
朝の光が差し込み、微かな笑い声を残し、セイジョウが静かに消えた。