第五章 システム移行の計画はお早めに(追加人員はありません)
聖なる樹と呼ばれる大樹がある、エルフたちが守るという森は重く湿り空気までよどんでいる。
鳥も、獣の声もなく、樹々の葉は黄色く萎れてしまっていた。
半エルフのエルドラドに連れられ、呪いの気配が強いエルフの村へ私達は到着した。
村の入り口、弓を構えたたくさんのエルフたちが私たちの道を塞いだ。
「二度と聖女は入れぬ!
昔、この国の聖女は王都で婚約を破棄され国外に追われ、呪いを残した……そのせいで、我らの大樹は呪いに冒されそして人間たちはここを捨てた。
人間など、自然の声には耳を貸さないのだ。
それ以来この村は閉ざされいる!」
私は一歩前に出た。靴紐がほどけているのにも気づかずに。
「呪いを放置は技術的負債です! 対応します!」
「た、対応……?」
エルフたちが戸惑う。
戸惑っているうちに、聖力を使い木の根元へ飛ぶ。
巨木――リューンノールの樹は、まるで泣いているように幹をひび割れさせていた。
私は掌を当て、深く息を吸う。
「一次復旧。オンプレ処理開始です!」
光が樹全体に走り、一時的にひびがふさがる。だが私はすぐ首を振った。
「この程度の処理では減りません。ですがここに在駐は不可……クラウド化します!」
地面にしゃがみ、根の節ごとに小さな光の印を刻んでいく。
「分散ノードを設置。遠隔、オンタイムで痛みを吸い上げる。つまり――残業はゼロ!」
村人たちがどよめいた。
「な、何だそれは……聖女がいなくても、回るだと?」
「はい! これだと回るんです。遠隔で対処可能!復旧、稼働も維持!」
私は真剣に言い切った。
葉っぱだらけになりながら。
村人の誰かが小さく
「……可愛い……」と呟くのが聞こえた。
「これで村を閉鎖する必要もなくなりました!システム移行時期!」
「本当に、リューンノールの大樹が治っている…」
「これで我々もまた自然の恩恵に預かることが…」
「…聖女、何故それほどこの国に尽くす」
私の脳内にハテナが浮かぶ。
「当然の職務です!困り事は即解決!」
「そうか…人間も、色々だな」
「半エルフ、エルドラドよ。この聖女をお主が連れてきてくれたこと、感謝する。いつでもこの村へ来るといい」
エルドラドは少し涙を浮かべていた。
◇
夕暮れ。
エルフの村外れの斜面に、削られた名が残る石があった。
「ここが……父の家の墓のようだね」
エルドラドが低く言う。
「人間を愛した“裏切り者”として名を奪われた、と聞いているよ」
私は新しい石板を立て、聖力で整った字で刻んだ。
――森を愛し、人を愛した者、ここに眠る。
エルドラドが目頭を抑えた。
こんなことが、この国の森でたくさん起こっているのかもしれない。
そう思うと胸が熱くなり、視界が滲んだ。
「……ごめんなさい。本当は、全ての森を浄化したい…。ERP…統合基幹浄化クラウドシステムはまだ無理なんです……!」
私は思わず声を震わせた。
「いーあーるぴー……?」
誰かがつぶやく。
「はい。国全体の流れをひとつの祈祷ラインにまとめ、祈りも呪いも連携し全部女神サーバに流す仕組みです。そうすればいつでもどのでも一括で対処……全ての呪いを解放できるのに。でも、今のわたしの聖力では扱いきれない……!」
ぽとりと涙が石に落ちる。
エルドラドの指が、その頼りなさげな肩に触れかけて止まった。
(……職務を越えてしまう。それでも――)
「……十分だよ。君はこの樹に呼吸を戻し、仕組みを置いたのだから。誰も出来なかったことを、誰にも残業させずに」
私は袖で目を拭い、拳を握った。
「……なら、せめてデータベースを作ります。
各地の呪いを記録して、女神サーバに積み重ねるんです。
未来の歪みを先に見抜けるように。すぐやります!」
エルドラドは目を細め、ふっと笑った。
(自分のことを何も顧みず、遠い他者のために泣ける……人を愛した父を初めて理解ができた気がするよ)
◇
夜。
帰り道。
私は買い物籠を両手で抱え、よろけて石につまづいた。
「ユーリアさん、危ない!」
サティが支える。
「……荷重試験です!」
「試すな!」
笑い合う声が、静かな夜道に溶けていった。