第四章 私生活はエラーが多い!(優先度は最下位でOK?)
帰宅後。
王都の端にある石館に入るなり、私は壁際にホワイトボードを立てかけ、さらさらとペンを走らせた。誤字は一つもない。
「はい! 家内運営フローを策定しました。起床→清掃→朝食→出動→定時帰還→入浴→就寝。
――ただし聖女は三六の盟約外ですので、私だけ残業可。他のみなさんは残業禁止!」
「……つまり自分は残業すると?」
エルドラドが低く問いかける。
「はい!誰かに残業をさせるくらいなら、私が全部やります!」
私は親指を立てた。
苦笑する音が聞こえる。
その直後、台所からもくもくと黒煙が上がった。
「なにごとだ!?」
サティが飛び込み、
アルベルトが慌てて鍋を下ろし、
シューレが無言で窓を開ける。
私は黒焦げの鍋を見つめ、こくりとうなずいた。
「……うーん、ちょっと焦げました。
でも、栄養価は変わりません!」
「いや、味と形は変わるだろ」
アルベルトが即座に突っ込む。
「では……私が責任を取ります!」
私は自分の皿に焦げた部分をよそった。
四人が同時にため息をつく。
「食べれるのか…?そな部分…?」
「この味には慣れてます!」
「「「慣れたらダメだろ」」」
エルドラドだけが、ちらりと視線を逸らした。
(……人を心配し過ぎて自分のことには無頓着とは。あまり見ない女性に感じるね)
◇
休日の広場で。
子どもたちがわっと私に駆け寄り、みんなで噴水の縁に腰を下ろした。
「せーじょさま、祈りってむずかしい?」 「むずかしい!」
「実は簡単です。笑顔で『ありがとう』って言えば、それで祈りです。神様はむずかしい儀式より、まっすぐな笑顔が好きです」
「ありがとう!」の大合唱。
噴水の水面が光って、子どもたちの顔を映す。
私は一人ひとりの頭を撫で、真剣に
「よくできました」と告げた。
「聖女様、これを……」
お菓子屋さんの老婦人が焼き菓子の包みを差し出す。
「わ、ありがとうございます。では……みんなで分けましょう!」
私は全員に配り…自分の分は…。
「聖女さまの分ないよ?」
「うーん、再配分は必要なし!みんなの笑顔が、私のおやつです!」
わっと笑いが広がった。
ぐるぐると子供たちに振り回される。
その時。
「……髪に」
護衛として付いてきていたエルドラドがそっと指で摘んで落とす。
街路樹の花びらがひらひらと舞って私の髪に留まっていたようだ。
「おわっ!ありがとうございます。異物混入ですね」
「……変わった言い方をするものだね」
光に透ける白い肌に長い黒髪、金の瞳。
その美しい姿に、周囲は目を奪われていた。本人だけが気づかない。
因みに、実際には伸ばしっぱなしの髪と長年の室内仕事のしすぎで白いだけである。
無防備に笑い子供達と靴紐も解けたまま駆けていく姿が、どうしようもなくエルドラドの胸をざわつかせた。
◇
夜。
窓辺で帳票を閉じ、私は小声でつぶやく。
「現場処理には限界があります。どれだけ残業しても終わらない……。オンプレからクラウド化――分散ノードを置いて、仕組みで動かす必要がある気がするなぁ」
誤字一つないメモを残し、立ち上がる。
その瞬間
――パジャマの裾を踏んでつんのめって転んだ。
「……生活面エラーが多いです。でも、優先度が低い!放置で!」
四人は廊下の奥からそれを見て、同時に頭を抱えた。