第三章 夜間処理もお任せを(報酬は正当に)
王都から少し離れた農村が続く伯爵領。
農村のはずが多くの畑は眠っていた。
土は固く、畝の影は細く、芽は丸まったまま。遠くで鶏がひと声、古い稲架がぎし、と鳴る。
「原因は古い呪いが表土に沈んで、根の呼吸が止まりかけてる」
私は膝をつき、指で土を崩す。ゆっくり聖力を流すと、土がふるりと震え、細い光糸が根へ潜っていく。
畝と畝の間に、見えない循環の道を引く。
光の渦が音もなく上がっていく。
芽が、朝の空気を吸うようにぴんと立った。
瑞々しく木々が急に伸びていった。
「一次復旧完了。――再発防止には自動浄化を置きます。バッチ処理は夜間に定期で行われます」
サティの実家の伯爵領だというのに、サティ本人含む四人は唖然と聖女を見つめていた。
集まってきた農民たちもぽかんと口を開け回復した畑に立ち尽くす。
「バッチ……?」
「夜間祈祷の代わりに、要所へ小さな聖印を埋め込んで、一定周期で微弱な聖力を流します。
だから――属人化も夜間作業もなし!残業よなし!みなさんも!安心です!」
「労務部分以外の方が気になるが……!?」
エルドラドが額を押さえる。
「高すぎる技術力、でも理にかなっている」
シューレが真顔で頷く。
アルベルトは、私の泥だらけの膝を見て黙ってハンカチを差し出し、目を逸らした。
……やめてください、照れる。
一区画整備を終えるたび、子どもたちが駆けてくる。
「せいじょさま、芽がのびた!こっちもやってー!」
「順番ね。芽も人も順番待ち」
「じゅんばん……?」
私は端材で小さな札を作り「じゅんばん」と書く。
芽が風に揺れ、子供達の笑い声。
その眩しい光景はそこにいる全ての人の心を癒した。
「はい、パンの差し入れですよー!」
紙袋を開くと、焼きたての香りが土の匂いと混じる。
子どもたちが「わー!」と群がる。
私は別の包みを取り出して、苗を運んでいたサティへ差し出した。
「現場作業におやつは必須!これはサティさんの分、清潔に包んであります」
サティが目を丸くして、すぐにバツが悪そうに視線を落とす。
「……俺は、ここの伯爵領の当主、騎士団長の息子なんだ。ここは昔農業で栄えてた。けど、土地が痩せて、家計も苦しくて……。正直、この役目は、褒賞目当てで手を挙げました」
「仕事は報酬を期待して当たり前じゃないですか!」
私は即答した。
「動機はどうでもいい!今とても役に立ってくれてる。それに、自分の領地を守ろうとしてるのとっても騎士っぽいです!職務遂行に真っ直ぐ、かっこいいです!!」
サティの耳が、瞬間、熟した果実みたいに赤くなる。
胸にパンを抱え、言葉を探すみたいに口が開いて閉じる。
横でアルベルトが咳払い。
エルドラドは
「……危険な人だな」と低く呟き、
シューレが
「観測記録に――」
と言いかけて、三人に止められた。
「え? 何か変なこと言いました?」
「いや」
「何も」
「……ない」
四人が同時に目を逸らす。
私は首を傾げて、次の区画へ指をさした。
「この列、定時内に終わらせます。……残業禁止ですからね!」
風が湿り、土の匂いが少し甘くなる。
朝の光が畝に斜めに差しこみ、芽が一斉に背伸びをした。