第二章 港町一括修正!(通勤は勤務外)
海は朝がいちばんきれいだ。
濡れた板道、網に絡む塩、帆が影を落とす。
美しい港町に降り立ったが、そこは病の匂いが充満していた。
路地には咳の音、薬草の苦い匂いが胸に刺さる。
早速仕事に取り掛かった。
「接続……完了。一括修正いきます」
「待て、まだ説明が――!」
一瞬で光の細雨が全ての屋根から屋根へ渡り、窓辺の子の額から熱が落ちる。歓声が上がり、母の目から涙が溢れなた。
「症状の鎮静完了。再発防止の仕組みは…重篤な人を探さないとです」
「……この先だ」
アルベルトの声が低くなる。
「俺の父親違いの市井に住む姉も病に倒れているんだ」
小さな家。扉を開けると、汗と薬草の匂いが一度に押し寄せた。
ベッドに横たわる女性の顔色は青白く、息は紙のように浅い。
髪が額に張り付き、姉のヘレナは震える手をアルベルトに伸ばした。
「姉上!」
アルベルトが膝をつき、冷たい手を握る。
「……来て、くれたのね」
私は脈をとり、呼吸の浅さを測る。
「三六の盟約外案件。私だけ残業します。
――一括治癒で一旦修正完了します。ただこれだけではまたバグが発生します」
「どうすれば……」
アルベルトの声は暗い。
「仕組みを作ります!二度と繰り返さないための。
――予防薬です」
私は簡易ラボを開き、ガラスの底に光を落とした。魔力の配列が薄い層になってたゆたい、金色の輪がひとつ、またひとつ咲く。
同時に、ベッドの上へ掌をかざす。
熱は静かに吸い込まれ、呼吸に少しだけ緩やかに戻る。女のまぶたがわずかに震えた。
私の額に汗が滲む。まだまだ、これから!
(……自分を削ってまで)
アルベルトは握る手に力を込めた。喉の奥が震える。
(俺は“自分の目的”のために――)
「大丈夫」
私は笑って首を振る。
「お姉さんの苦しみは、次の誰かの“ありがとう”に変わります。無駄にはしません」
金色の光が、私の手に収束する。
「第一ロット完成。配布網は――市場→礼拝所→学校。夜間作業で朝イチ完了予定!あなたたちは帰って寝てください」
「しかし――」
「返事は明朝で大丈夫」
私は魔法伝書に走り書きする。
「私は残業します。緊急案件。でもみなさんは寝る。三六の盟約」
アルベルトは言葉を飲み込み、ただ姉の額の髪を撫でた。
ヘレナが目を開き、弱い笑みを作る。
「……ありがとね」
この年から、リューンノールの国にその疫病が流行ることはなかった。
「では、今日は地方の畑です。始業前出発!」
「君大丈夫なの……」
「まだ夜明け前だぞ……」
「定時内に終わらせましょう!」
四つの足音が、渋々と並ぶ。
不思議と足取りは軽かった。