第一章 リューンノール国で同僚と同居!?(部屋は別)
リューンノールの王都は白い石が朝を反射して、目が覚めるほど明るかった。
蜂蜜菓子の甘い香り、噴水の水音、馬車の鉄輪。
通りの視線がこちらに集まる。
「聖女さま.....!肌が白くてきれいな黒髪.....蜂蜜色の瞳がキラキラしているわ……」 「真っ白な聖女さまの服と神秘的な夜のような髪がとても美しい。絵画みたいだな」
え? 絵?
(聞き間違いかな。私の黒髪と金の目はノクターンだと不吉な色。
醜いって不評で現場作業に向かなかったけどこの国ではあまり業務に支障なさそう)
謁見の間は貝殻の裏側みたいに白く、輝いていた。
宰相補佐が巻物を広げて読み上げた。人々がユーリアの美しさにまだざわめいていた。
「『かつて我が国に生まれた聖女は、婚約を破棄され国外に去った。
その痛みは呪いとなり、以来、我が国に聖女は生まれなくなった。
――同じ悲劇を繰り返すな。聖女をひとりで務めさせるのは危うい。
周囲の者は陰に、その力を支えよ』」
「つまり、バックオフィスのサポート体制を厚くしてくださる……! ありがたいです。残業ゼロで動けます!」
補佐官が目を潤ませる。
「……やはり聖女様は奥ゆかしい。ご自身から“そのこと”をお口になさらぬとは」
“そのこと”=古い慣習で言うところの人生の伴侶。 過去、ノクターンは聖女の価値保障のため他国に嫁がせてのみその力を使わせていた。
既にその古い規則はなく金銭的やり取りで完結するのだが、遠国のリューンノールからの派遣要請は遠すぎるため誰も行きたがらず辞令拒否が続き長らく情報が更新さていない。
更新されていないので、今もその規則を遵守しようとしていた。
.....ちなみに、ユーリアは全くその古い規則を知らなかった。
「支える者たちです」と促され、扉が開いた。
黒髪の青年が一歩進む。影が足元で揺れた。
「第二王子、アルベルト。君の道行きに、私の剣を」
ユーリアの眼差しがこちらへ触れた瞬間、彼の胸は小さく高鳴った。
(……同じ黒髪でも、色白の肌に映えてとても綺麗な人だ....)
だが彼はそれをごくりと飲み下す。
(目的は一つ――姉を救うこと。絶対に悟られてはならない)
陽に焼けた若い騎士が、ぎこちなく胸に拳を当てる。
「王国騎士、サティ。伯爵家の……騎士団長の息子です。よろしくお願いします!」
土と陽の匂いのする手。真面目な声。
(報奨金のためなんて騎士として最悪だよなあ。領地の畑は痩せ、家計も苦しい。……こんな優しい笑顔の女性だとは.......せめて任務として果たそう)
銀髪のエルフが静かに礼を取る。
「宰相、エルドラド。君が来たなら、業務の優先度を改める価値がある」
淡い琥珀の瞳が、私の髪を、目を、姿勢を、仕事の道具みたいに素早く測る。
(エルフの村で父の名誉を回復し、人間に恋した“裏切り者”の烙印を剥がし、父の故郷に墓を建てる。そのために、彼女の力が必要だ。しかしこんな華奢な女性だとは.....)
最後に、紫のローブが影を長く落とす。
「宮廷魔導師、シューレ。……観測支援を請け負う」
杖を握る指が少し色を失っている。眠れていないのだろう。
(呪いに囚われた師匠の気配を感知したのが自分だけでよかった。だが、聖なる力がどうしても必要だ……彼女を利用はしたくないが責任から逃げるのは.......)
補佐官が言葉を選んで言った。
「えー、本日よりこの皆さまで同居して頂きますので」
(え?合宿研修?なかなか気合が入っているのね!ここはリーダーとして!)
私は早速ホワイトボードを出し、大きく書いた。
「家ルール三つ! 一、残業禁止。二、報連相は短く。三、危険は即申告。以上!」
四人の時間が一瞬止まる。
「……報連相?」
補佐官が目を瞬かせる。
「報告・連絡・相談です。現場ではこれが命です!」
同居先は王都の端の古い石館。
部屋は別。玄関・台所・食堂は共用。
社宅について早速、私はホワイトボードに家事分担表を描いて貼った。
「洗濯は私。料理は日替わり当番。夜間転移は禁止。――理由:近隣苦情リスク」
「夜間……は禁止?????」
シューレが眉を寄せる。
「超法規的災害級のみ例外。三六の盟約に準拠を」
「三六?」
サティが困惑する。
「この国の労働の古い掟――太陽が三つ昇って六つ沈む前に仕事を切り上げる。……ただし聖女は盟約外。私は残業しますが、みなさんはしません」
四人が同時に首を傾けた。
角度が揃っていて、ちょっとかわいい。
夕餉のあと、アルベルトが立ち上がる。
「明朝、港へ。季節病の報が入った」
「始業前に出ます」
四人は顔を見合わせ、また揃って首を傾けた。