ドライバ
「なんで撃ったんですか!!!!」
叫ぶ六角を小暮は静かに見下ろした。
「落ち着きなよ」
「できるわけないでしょう?!?!」
小暮はため息を一つ吐くと、拳銃を六角へ向けた。
「え......ぁっ、なに......」
焦り慌てる六角。それをひとつも気にしていない態度で小暮が引き金を引いた。
六角は咄嗟に腕で顔を庇い、目を瞑る。しかし、カチッと音が鳴るだけで衝撃はない。
「え......」
六角が徐に小暮を見上げると、小暮も六角に拳銃を見せるように手をあげた。
「これはドライバ。人のネジの抜き差しができるだけで、人は殺せない」
「......じゃあ、さっきのは、ネジを刺したってことですか......?」
「そう、これを使ってね」
小暮の手元にはナットがあり、六角にはそれがただのナットにしか見えなかった。
「これ......ナット、ですよね」
「そう。ただのナットじゃないよ。人工ネジと一緒で、人の手で作られた、ヒト専用のナット。だから、ネジが見える人にしか見えない。」
「ヒト専用......」
「ナットの役割は知ってる?」
小暮の言葉に六角は黙り込む。そこまで頭がいいわけではない六角は、基本的に「名を知って物を知らぬ」人間であったし、知識欲もそうなかった。
小暮は気まずそうに目を背ける六角をくすりと笑って、ナットの説明を始めた。
「簡単に言うと、ネジを抜けにくくする部品ね。一度抜かれたネジは抜け易くなる。木工系がそうかは知らないけど、人間はみんなそう。」
「だから、ネジを戻すときにナットも一緒に、ってことですか......?」
「そういうこと」
さ、戻るよ。と呼びかけ、すたすたと歩いていく小暮を六角は小走りで追いかけた。
「イーヴルと被害者放置でいいんですか?!」
「うん。あとはやってくれるから」
小暮の言葉に首を傾げるも、六角はその後ろをついていくことしかできなかった。
「おかえり〜」
緩くそう言って手を振る朝比奈に、六角は安心したような気の抜けたような、そんな感情を抱いたし、実際それは態度にも出ていた。
「どうだった?」
朝比奈が真っ直ぐに六角を射抜く。抽象的なその問いは、明らかに小暮やイーヴルのことを尋ねていた。
「どうって……」
「ちゃんと仕事として見るの、初めてだったろ」
「できそうか?」と真っ直ぐに自身を見つめる瞳に、六角は思わず背筋を伸ばした。
「はい。頑張ります」
その言葉に、朝比奈は「そっか」と笑みを携えた。そして今度は小暮へと視線を向け、同じ問をする。
「どうだった?」
またもそれだけの抽象的な問いに、小暮は小さくため息を吐くと「具体的にお願いします」とだけ言い放ち、デスクに座ってパソコンで作業を始めてしまった。
「如月だよ。どう?見どころありそう?」
「貴方、見学で寄越したんでしょう」
見どころも何もないですよ。そう言って再び溜息を吐く小暮に、朝比奈は「そっかぁ~」と返すだけで、それ以上の言及はしなかった。それに何かを思ったのか、小暮は作業の手を止めて、六角を見上げる。
「悪くはないんじゃないですか?」
それは肯定だった。六角は今まで、二人、というよりも朝比奈にはよくして貰っていた。もちろん、小暮がNUTのことを知る入口であったこともあり、一種の恩のようなものも感じていた。とはいえ、小暮に歓迎されていないことは、なんとなく感じていた。それが、今日、その一言で覆された気がした。NUTへ入ることを許されたような気がしたのだ。じんと感動を感じている六角の向かい側から声が飛ぶ。
「何だ、デレか!デレたのか!」
続けて「いいねぇ~」としみじみと言う朝比奈に、六角は感動をぶち壊され、小暮は怒りを感じているようだった。
「六角」
「はい」
「アレに慣れるのも仕事のうちだから」
「……はい」
朝比奈は知ってか知らずか、空気の読めない男であった。と、急にアラームが鳴り響く。驚く六角を余所に、小暮がスマホのアラームを止めて立ち上がる。
「じゃ、お先です」
「はいよー」
「あ、お疲れ様です…」
上着を脱ぎ、荷物を持ってせかせかと出ていく小暮の後ろ姿を六角はじっと見つめていた。琥珀色の長髪を揺らし、部屋を出ていくその横顔は初めて会った時から変わらず、やはり美人だった。
「如月」
「はい」
呼ばれて振り返ると、朝比奈は何枚かの書類をテーブルに置く。六角がテーブルの前まで行くと、ようやく書類の内容がわかる。それは契約について書かれていた。
「契約書、ですか?」
「そ。ルフィーレのアルバイトとしてな」
朝比奈の話によると、NUTは所謂秘密組織のため、ルフィーレを隠れ蓑にして活動を行っているらしかった。他の支部も何かしらの店を隠れ蓑にしているらしい。
「とりあえず、親御さんに許可貰ってこい」
「え、親の許可いるんですか?」
「当たり前だろ。お前未成年じゃん」
朝比奈の言うことは最もだった。けれど、親を騙すことに躊躇いが生じる。そもそも、親に秘密にしておこうと思っていた時点で後ろめたさはあった。しかし、嘘をつくのと言わないのとでは六角にとって大きな違いだった。
「やめるか?」
まるで六角の思考を読んだかのように朝比奈は投げかける。ハッと朝比奈を見つめ返すと、やはり六角を真っ直ぐに見つめていた。目に光を宿さないその黒い瞳が己を貫くのが六角は一等恐ろしかった。
「人間のネジは基本見えない。それが普通だ。それをお前、親に言うのか。人間に刺さるネジを奪う輩と闘いますって、言うのか」
それはもはや疑問ではなかった。“言わない”という行為に対する正しさを明確に伝えていた。
「頭がおかしくなったかと思われるか、中二病は大概にしろと言われるか」
もし信じて貰えたとしても、我が子を笑顔で戦場へ送り出す親はいない。そう放つ朝比奈の言葉に、六角は何も返せなかった。否定できることが何一つとしてなかった。
「......わかりました」
六角がそれだけ言って書類に手を伸ばすと、それを遮るように朝比奈の手が書類の上へ置かれる。
「大丈夫か」
「何がですか」
「お前はこれから、親、友人、教師、NUTを知る者以外全ての人に嘘を吐き続けて、誤魔化して」
お前はそれに耐えられるのか。そう問いかける朝比奈に、六角は否を突きつけることができなかった。
「わかりません」
「......だよな」
朝比奈はにかりと笑って、書類から手を離すと背もたれへ身を預ける。あっけらかんとした様子に、六角は唖然とするしかなかった。
「合ってんのよ、その答え」
「え?」
「できるって言うやつも、できないって言うやつも、皆壊れちまうんだよ。だったら、わかりませんが一番賢明だ」
「......そう、なんですか?」
「選ぶも地獄、選ばぬも地獄。じゃあ、新しい道開拓するしかないじゃん?」
頑張れよ。そう言って笑った朝比奈に、六角は心がじんと暖まるのがわかった。己を認められたような気がしたからなのかもしれない。
「朝比奈さんって......残念なイケメンですよね」
「最高なイケメンの間違いだろ」
真顔で返した朝比奈に、六角は小さく笑みをこぼした。それから書類を手に取り、じっと書面を見つめる。親権者の欄は空欄で、おそらく母の手によって父の名前が書き込まれることだろう。
「できるかは、わからないですけど......やるだけやってみます」
そう放った六角に朝比奈は笑みを浮かべた。
鞄へ書類を仕舞い、部屋を出ようとする六角を見て、朝比奈はふと、思い立ったように六角へ声をかける。
「お前、その靴使い熟せるようになったんだな」
「え?」
六角が足下を見下ろすと、青いネジが刺さったままの靴がそこにあった。それを見て思い出すのは、やはり転んだことや屋上から落ちかけたこと、イーヴルへ突っ込んだことだった。
そのせいか、六角が無意識に動かした右足が床へ衝撃を与え、その衝撃に耐えきれなかった六角はどたん!と大きな音を立てて転んでしまった。
「あっはははは!!!」
自身の背後でばんばんと机を叩いて笑う朝比奈へ思うことは一つだった。
(最低だ......)