小暮碧依
「緊急。熊野神社にてネジの反応を感知。戦闘職員は至急現場へ向かってください。繰り返します」
施設内に男性の声が響き渡る。困惑と緊張を露わにする六角を余所に、朝比奈は明るく声を上げた。
「おっ、丁度いいな。小暮、至急出動」
「はい」
「君は小暮くんについて行って、実際にどう対処するのか見学な。小暮、ついでにネジの使い方教えといて」
「はぁーい」
とんとん拍子に進んでいく会話に、六角は2人が言葉を発するたびにそちらを向くことしかできない。そんな六角の様子に気がつかなかったのか、小暮は「行くよ」と短く言うと、黒い上着を持ってさっさと部屋を出ていってしまう。
「あ、はい!」
慌てるように小暮を追いかける六角の後ろ姿を朝比奈が笑いながら見ていた。
ツカツカと歩く小暮の後ろを、六角はばたばたと追いかける。
「君、そう言えば名前は?」
「え?あ、如月です。如月六角」
「六角?そう、六角ね」
速度を落とすことなく話す小暮に、六角は感嘆の息を漏らした。
カードキーをかざし、エレベーターに乗り込む小暮に続いて六角もエレベーターへ乗り込む。
小暮の指定した5階へはすぐに着いて、小暮の案内のもと六角は靴が大量に置かれている1室へ通される。
「足のサイズは?」
「えーっと、26.5です」
「6.5ね」
はい、と靴を渡され、思わずといったように六角が受け取ったのを見ると、小暮はまたスタスタと進んでいってしまった。
小暮を追いかけていった六角が扉の先に見たのは青空だった。
(空だ......)
「六角」
「はい」
呼ばれて振り返った先で、小暮は六角に2本のネジを見せた。そのネジは薄く色は付いているものの、オーラのようなものが全くないもので、六角には色のついたただのネジとしか見えなかった。
「青いネジ...?」
「人工ネジ。覚えて」
「人工ネジ...」
鸚鵡返しする六角に薄く青色のついたネジを2本渡し、今度は桃色のネジを1本見せる。それは人工ネジと違い強いオーラを発していた。
「ピンクのネジ、です」
「借りネジ」
「かりねじ...」
「時間がないから、詳細は後で説明する」
小暮は桃色のネジを黒いポーチへ戻すと、靴の3cmほどのヒール部分に青い人工ネジを刺し、促すように六角を見る。
慌てたように六角が渡された靴を見ると、ネジ穴のようなものが小暮がネジを刺した場所と同じ箇所にあるのがわかった。
急いで靴を履き替え、人工ネジを両足の靴へ刺す。そうして立ち上がった六角は、次の瞬間転んでいた。
「え......?」
戸惑う六角を見下ろし、小暮は苦笑を浮かべる。
「...まあ、これはコツ掴めばいつか使いこなせるようになるから」
「......ウス」
「とりあえず、歩くときは優しく、飛ぶときは踏んでおけば大丈夫。じゃ、先行くから」
そう言うと、小暮は身軽にぴょんぴょんとビルからビルへ跳び移って行ってしまった。
「忍者かよ......」
そう小さくもらして、六角は立ち上がるように右足を強く踏み込んだ。次の瞬間、六角の視界に映ったのは新宿ビル群の屋上だった。とんでいるのだ。六角がそう気づくのはそう遅くはなかった。
「ぅ、わ、ああぁ...!」
慌てた六角が、目下に迫るビルの屋上へぎりぎりといった様子で着地する。ほっと息を吐いて前を見ると、小暮はすでに遠くへと進んでしまっていた。
「まじか......」
六角はそれだけこぼすと、覚悟を決めたように息を吐いて、再び右足を強く踏み込んだ。
高く跳んだ六角の視界の大半を占めたのは青空だった。
(下からだと空なんてあんま見えないけど、新宿でも、こんな空が見れるんだ......)
感動を覚えるも、目下に広がるビルの谷間に、六角はヒュッと息を吸った。慌ててビルの手すりをつかみ、必死で屋上へ這い上がる。
(空なんて見てる場合じゃねぇ......!)
乱した呼吸を整える六角が思うことはそれだけだった。
一方、小暮はすでに現場へと到着していた。地面へ横たわる被害者と、被害者から手を引き回収したネジをポケットに入れ踵を返すイーヴルを見つけ、小暮はイーヴルの前に立ちはだかる。
「あ?」
自身を睨みつける大柄の男を、小暮はじっと見据えていた。
「お前、もしかしてNUTか?」
笑みを見せる男に、小暮は眉を顰める。NUTだとわかると逃亡するイーヴルが多い中で笑みを見せるなど、小暮には異常としか思えなかった。
気づけば、男は小暮の前に迫ってきていた。男が振りかぶった拳をしゃがんで避け、男の鳩尾へ蹴撃をくらわせると、小暮は即座に男から離れる。
男はニヤリと笑みを浮かべ、目の前にいる小暮を見据えた。
「いいじゃねぇか。お前のもくれよ」
小暮の蹴撃は現在、ネジの力がこもったシューズのお陰で大幅に強化されている。だからこそ小暮は一撃で終わらせるためにも足を使う。それがこの男には全く攻撃が響いていないようだった。
(まさか、既に他人のネジを刺してる......?)
幾度も男の攻撃を避け蹴撃を繰り返そうとも、男が弱る様子はない。
体力の消耗と焦りからか単調になった動きに、とうとう小暮は男に捕まり、首を絞められてしまう。
「うっ......!」
苦しみながらも抵抗するが、やはり効果はなく、小暮は薄まっていく意識の中諦めを感じていた。
そのときだった。
「ぅわあああああああああ!!!!」
上から“落ちてきた”六角が、男にぶつかったのだ。男はその衝撃で小暮から手を離し、地面へと倒れ込む。
三者それぞれが地面へ倒れ込むと、一番最初に声を上げたのは小暮だった。
咳き込み、必死に呼吸を繰り返しながらも小暮の目はしっかりとイーヴルを見据えていた。
男の視線は怒りのままに六角へと向けられており、その六角はといえば「いってー」などと小さく漏らしながらも立ちあがろうとしていた。
「テメェ......よくも邪魔しやがって......どうなるかわかってるんだろうなぁ!!!!」
「えっ?!ちょっ!!ちが......!!」
焦ったように男から遠ざかる六角。小暮は自身へ目が向いていないことを利用し、男の背後へと回る。男の背中の、肩甲骨の間。半分ほど刺さったネジのあるそこに拳銃を当て、引き金を引いた。
ドンッ!!!と大きな音が鳴り響く。すると、男は気絶したように白目を向き、地面へと倒れ込んだ。その後ろでは拳銃を両手で持った小暮が呼吸を荒げならも男を見下ろしていた。六角はただそれを唖然と見上げるだけであった。
ほっと息を吐くと、手慣れたように小暮は男を拘束する。
(やっぱこの人、すげぇ......!)
未だ唖然とする六角を他所に、小暮はイーヴルのポケットを探りネジを回収する。小暮はそのまま拳銃からネジを抜きポケットへ仕舞うと、被害者のもとへ歩きながらナットと共に先ほど回収したネジをセットする。そして手慣れたように被害者へと拳銃を向けた。
「?!」
それに動揺を露わにした六角が足早に被害者のもとへと向かい、小暮と被害者の間へ立ち塞がる。
「ま、待ってください!」
「どいて」
「この人も何か悪いことをしたんですか?!」
「してないけど、それがなに?早くどいて」
焦りを見せる六角と違い、小暮は毅然とした態度で六角を見据えていた。
「被害者なんですよね?!」
「そうだね」
「じゃあ、打つ必要なんてないじゃないですか...!!」
六角がそう叫ぶと、小暮はため息を吐き拳銃を下ろした。六角がそれにほっと胸を撫で下ろすと、小暮は六角へとスタスタと近づき押し退けると、そのまま被害者を見下ろす。
次の瞬間、ドンッ!!!と大きな音が響き渡る。
拳銃を被害者へ向けている小暮を見つめ、六角は衝撃を隠せずに立ち尽くしていた。