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レオッサ・コルゲンという男

 外に出てから振り返り見上げると、真っ白で荘厳な外観だった。街中でたまに見掛ける教会に似ているが、こちらの方がより豪華という印象だ。ああ、そういえば神官が居るのだから宗教関連に決まってる。教会で合っているだろう。

 ここで信仰されているのは大昔に活躍した英雄達だ。大昔には人に似た異種族、いわゆる魔人が多く存在し、その王を倒した時の中心人物達とされている。RPGみたいな話だ。

「はあ……」

 思わず溜め息が出てしまった。

 疲れた。今日はもう、最低限思い出さなければいけない事に注力しよう。レオッサは宗教家ではない。まだぼんやりとしているが、信仰心も篤くないようだ。関わることはほぼ無いとみた。

 そんなことより、まずはあの合図だ。

 面倒見の良い団長が記憶のあやふやな俺にあんな合図を送ったのは、恐らくどれだけ状況に応じて思い出せるかを試しているんじゃないだろうか。今回の合図は緊急性の高い合図ではなかった筈だ。

 ええと、確か、後でどこやらに来い、みたいなものだった筈だ。今はこの記憶に頼って、少し整理したい。

 ずっと立ち止まっているのも迷惑だろうから、歩きながら考えよう。先程、無心で居ると勝手に口が動いたから、何も考えずに歩いてみたらどこかに辿り着くかもしれない。

 一旦、目的地を決めずにぶらつくことにした。

 町並みは外国のお洒落な観光地のような建物が並んでいる。一区画が大きいし、シンプルな外装なので公共施設という印象だ。少し歩くと建物の合間から遠くに山並が見えた。緑の中に紅葉が見える。涼しいし、今は秋か。四季がありそうだ。

 景色を見ながら歩いていると胸がモヤモヤとしてきた。何故こんな目に合っているのか。唐突に知らない土地で一人にされて辛い。そこら辺に居る人を捕まえて色々と教えて貰いたいが無理だろう。変人扱いされそうだし、そもそも人が歩いていない。なんでだよ。

 誰か居ないのかと考えたところで、一気に人の気配を感じるようになった。例えば右手にある建物の2階に人が集中していて、一人だけ動いていて、他は止まっている。何か講義を受けているような感じだ。それが何部屋もある。

 反して左の建物内ではパラパラと点在していて、それぞれが忙しそうに動き回っている。

 こんなことが分かるなんてレオッサ有能じゃないの。それともここでは普通のことなのか。そう考えた時に、後方にも居るようだったので振り返るが、誰も居ない。おかしい。そこに居る気がするのに見えない。幽霊とか言わないよな。

 気持ち悪いからさっさと去ろうと歩き始めるがついてくる。また振り返るが、やはり居ない。

 暫くそれを繰り返したが、諦めた。どうもついてくるだけで実害が無さそうだったからだ。

 そんなことより――というか気を紛らわせたい――まずはレオッサのこれまでのことを思い出してみよう。


 頭にふと浮かんだ情報によると、レオッサは一応騎士だ。第5分隊長を務めている。騎士は貴族位の者がなる資格を持っており、レオッサは騎士になってから実力を買われ新しく発足した遊撃を主に行う隊の長に任命された。

 本来であれば分隊が所属する小隊がある筈なのだが、第五分隊には無い。騎士団副長であるテッセンが直属の上司となる、かなり特殊な隊だ。

 まあ、そんな特殊な隊の長に収まるのだから、実力だけでなく生まれも多少影響はあるだろう。

 伯爵家の2番目に生まれ、兄は健康で何の問題もないが次男に生まれたからには後継者のスペアと黙されてもおかしくはない。なのに爵位とは何の関係もない立場となっている。スキル無しだからだ。自分で爵位を得る程の功績をあげるか、他の貴族の家に婿入りするかしないと平民になってしまう。

 異界で庶民だった俺としては平民の何が悪いと思ってしまうが、貴族で生まれ育った者からすれば、よく分からない世界に放り込まれる不安があるんだろうな。少なくともレオッサは嫌がっていたし、逆に俺も貴族の世界に行くのは嫌だ。


 ふと横を見ると、カフェがあった。見るからに貴族階級が利用するところだ。装飾に無駄がなく比較的質素といえるが上品で、なによりメニューの掲示がない。休憩したかったがやめよう。緊張してしまう。

 そういえば、普通に文字が読める。先程サインがすらすら書けたのと同じだ。こういう日常的なものは思い出そうとしなくても身に付いているのかもしれない。それだけでも助かる。

 改めてカフェの名前が刻まれた扉を見る。

 看板じゃないところに彫られた名前を掲げるカフェなんて入ったことが無い訳だが、その日の光の陰影で象られた文字は、やはり異界では見たことがない。外国語を真面目に勉強したことがないので確かなことは言えないが、少なくとも有名どころでは見たことがない。

 なんとなくレオッサがここを利用していた記憶がぼんやりと出てきたが、こんな格式高そうなところ、俺には無理だ。少なくとも今は入りたくない。

 違うところへ行こう。さて、続きだ。


 レオッサは平民になりたくないが故に必死だった。スキルを得れば自分の努力すべき方向性が見える。何度もスキル授与式に参加した。その度に落胆した。何故か、全ての者に与えられる筈のスキルを与えられなかったからだ。

 哀れみや蔑みの目で見られながら、それでもと奮闘して何とか得たのが分隊長位だった。よく頑張れたなと思う。だが、それを全て捨てて異界へと、俺が元居た場所へと行ってしまったのだから、その立場の辛さが分かろうというものだ。

 とはいえ、問答無用で連れて来られた身、魂か、としては少し迷惑である。俺は特に大きな不満なく暮らしていたからだ。甥っ子達、驚いているだろうな。レオッサは上手くやれているだろうか。いわゆる平民なんだけど。

 そして、俺は俺でレオッサの居た辛い立場に追いやられる訳だ。俺にはスキルが授けられたが、この歳になるまで与えられなかったこと自体が醜聞だろう。それに玉のことは他言できない。八方塞がりだ。


 前方にある交差点の右から気配が近付いてくる。歩くより早い。交差点に入って分かった。

 馬車だ。馬車。馬車だよ。この国の一番流通している交通手段のようだ。気にしていなかったが、そういえば道には馬車の轍が2つ並んであった。機会があれば乗ってみたい。

 交差点を過ぎ暫く歩くと、辺りが賑やかになってきた。人が行き交っている広場だ。大きな円形で、中央には噴水と休憩出来る椅子があり、子供が遊べそうな小高い丘がある。甥っ子を解き放てば暫く休んでおけそうな空間だ。素晴らしい。

 道行く人達の服装は、上品さはあるものの機能性重視の作りをしている。貴族ではなさそうだ。

 見渡すと、広場に面した建物に入りやすそうな飲食店を見付けた。店名も取り外し可能な看板に書かれてある。中に入ると、お洒落だが落ち着いた店内で、異界では、駅前にある少しお高めの飲み物が出るカフェといったところだ。これなら安心して利用が出来そうだ。

 あ、お金……は、ある。財布がポケットにある。

 確認が済んだところでやって来た店員が、目が合った途端に何故かおどおどとし出した。

「お一人、でしょうか」

「ああ」

 頷くと戸惑いながら、空いている席に案内してくれた。座ろうとして、自然と手が腰の剣を掴んだ。こんな物を自分が持ち歩くようになるなんて信じられないし、手に馴染んでいるのも違和感がある。

 剣が邪魔にならないようにしながら座り、ホッと一息ついてから、店内に貼られたメニュー表を確認する。記憶と照らし合わせながら、紅茶を頼んだ。馴染みのある飲み物があって有難い。こうして過ごしてみると、暮らしていけそうな気がしてきた。違うことは勿論多いけれど、同じであることだって意外と多い。

 例えば時間だ。1日24時間で時刻はセットされている。実際の一秒の長さの計り方まで一緒かは知らないが、時間の見方が同じだけでも有難い。

 ぼうっと店内を見ていると、ふと違和感を覚えた。周囲を見ると、客達が何かを警戒しているような気がする。いや、何かじゃない。俺だ。

 先程の店員の態度といい、何かありそうだと思って記憶を掘り出すことに注力する。

「……なるほど」

 小声だが、つい言葉が出てしまった。溜め息を吐く。

 レオッサ・コルゲンという男、なかなかに拗らせている。

 言い訳をするならば、伯爵の子で立場があるにも関わらず、能力が無い者という扱いを受けたせいだ。周囲に愛情を求めており、だがプライドがそれを素直に表に出すことを許さず、暴言を吐き、乱暴を働く。そんな子に愛情を持てるのは親といえど少ないだろう。家族からも冷遇されている。

 影で泣き、悔しい思いを無理矢理呑み込み――周囲にあたっている時点で呑み込みきれていないが――鍛練に費やす日々。おかげで強くはなれたようだが、乱暴者が力を持つのは歓迎されない。当たり前だ。風当たりはますます強くなっていく。

 こんな奴が何故か隊長職に就いている。まあ、第5分隊は他の隊と比べて平民の荒くれ者共が多く所属している。皆、騎士の下に就いている兵士なので、ある程度の分別はあるようだが粗暴だ。体力自慢の若者を中心に構成されている。街の治安維持の為に奔走する、機動力重視の隊だ。

 レオッサは、平民になりたくない割には馴染めていたようで、心を許してはいないが何とか纏めていた、という印象だ。

 紅茶が来た。先程の店員だが、緊張し過ぎてガチャッと音を鳴らして机に置いてしまった。少し端から紅茶が零れた。

 先程、他の客に持って行った時には犯さなかった失態だ。

「た、大変申し訳ございません!」

 頭を下げ、小刻みに震えている。まだ若い女性だ。二十歳頃だろうか。可哀想になってくる。

 レオッサ、ここまで怖がられてるんだな。やっぱりここで暮らしていける気がしなくなってきたんだが、どうしよう。

「顔を上げろ。気にしなくて良い」

 別に構わないから気にしないで、と言おうと口を開いたらぶっきらぼうな言葉が自然と出た。

 自分の口から出た言葉に固まってる間に、パッと直立に戻った店員は、再度謝罪を口にした後、身を翻し裏に行ってしまった。

 可愛い女子なのにな。どこでもこんな感じの対応をされているっぽいが、こんなに怯えられててレオッサは傷付かなかったのだろうか。

 あ、傷付いてたわ。だから独身ね。はいはい。軽く女性恐怖症のようなものも発症しているようだ。難儀過ぎる。

 頭が痛くなってきた気がするが、女遊びをしていなさそうで助かった。俺もあまり女性は得意じゃない。彼女が居たことはあるが一人だけで、日々の忙しさを理由に連絡を怠っていたら自然消滅してしまった。以降は甥姪達の面倒を押し付けられていて、彼女どころじゃなくなっていた。

 ああ、いけない。合図を思い出さねば。そろそろ真剣に考えるか。

 一度糖分を摂取しておこうと、砂糖を少し入れて飲む。うん。なかなか美味しい。リピートしたいな。駄目かな。こんなに警戒されるところに来ても気が休まらないか。

 人生のほろ苦さを感じながらぼんやりと窓から外を見たその時、頭が一気に冴えた。

 道行く女性と擦れ違った男が、女性の鞄から財布を抜いた。スリだ。

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