プロローグ
羽衣は、風と共に世界を旅するのが好きだった。自分では行き先を決めること無く、身を委ねていれば世界各地に行ける。時に地に付いたり、水面に付いたりするが、それもまた一興だった。常に同じでは退屈してしまう。
羽衣は風に溶けていた。だから人の間を流れたとて、誰も気に留めはしない。太古の昔ならいざ知らず、今の世では羽衣がどこに居るか見抜く目を持つ者などいない。
もし、見ることの出来る者が居たならば、特別に色んな手助けをするのにと羽衣は残念に思っていた。
遥か昔、とはいえ羽衣にとっては悠久の時の中の一時ではあったが、かけがえのない友人が居た。会話し、笑い合い、旅だってした。何やら強大な敵とやらが居て困っていたので、倒す手助けだってした。
短い人の命を燃やし尽くし、寝具に横たわって穏やかな顔をしながら、人間は言った。
「後世で困っている人が沢山出る事態になったら、俺を助けるつもりで、手を貸してやってくれないか」
羽衣は悲しかった。もうこの人間は居なくなる。また、寂しくなる。
羽衣は素直に頷けなかった。何故なら、その助けようとする人間達は羽衣を認識できるのだろうか、それが心配だった。この人間を助けたのは楽しかったからだ。助けても、誰も言葉を掛けてくれなかったら悲しい。例えその人間達に幸せが訪れたとしても、羽衣は寂しいままだ。
気持ちをありのままに包み隠さず伝えると、人間は笑った。
「そりゃそうだ。じゃあ、お前を見ることが出来て、お前が楽しいと思えるヤツが困っていたら、その時は助けてやってくれるか」
羽衣は頷いた。人間はもう目が見えないし耳も聞こえないから、ちゃんと心に直接言葉を届けて了承した。
楽しい人間を助けるのは頼まれなくたってやる。だって、羽衣はもう知ってしまったのだ。旅の楽しさ、会話の面白さ、未来を語る高揚、そして居なくなってしまうことを察する悲しさも。それらは、羽衣だけでは得られない、かけがえのないものだった。
「また、旅をしたいな」
その言葉を最後に人間は動かなくなった。体内にあった魔力が解放され、空気に溶けていく。人間が小さくなった気がした。
だから余計に羽衣は風に乗ることに拘った。あの人間と話すことは出来ないが、心の中では共にある。旅を続けるのだ。きっと人間は笑う。羽衣も楽しい。
そうやって旅をしている中で、きっと出会うのだ。助けたいと思える人間に。