姉と間違われたまま結婚してしまいました。離婚してください。
荷馬車に近いボロ馬車から、御者の手を借りて降りる。
門番が慌てて取り継ぐと、背の高いハンサムと執事らしき男が館から走り出てきた。
私をエスコートした御者は、たった2つしかないトランクを投げ捨てるように、その場に置いて逃げ去った。
まあ、それは想定範囲。
「……アメジスト伯爵が次女、ユーリアにございます」
相手が名乗らないので仕方なく私は、ウェディングドレスの裾を摘み、ハンサムに向かってカテーシーする。
この人が、私の夫になったユージン・トパーズ公爵だろう。
着ているものが上等だもの。
髪と目は、オレンジがかった明るい茶色だ。
「……ユーリア殿で間違いないか?」
「はい。ユーリアでございます」
「顔を見せてもらえるか?」
「それは……」
ウェディングベールを上げるのは、結婚式で誓いのキスをする時と決まっている。
「見せられないだろうな。
お前はユーリアではない!」
と、ウェディングベールを掴んで投げ捨てる。
私の赤い髪が宙に舞う。
メイドがいないので編んでいない。
「お前は、ユーリア殿に成り代わった盗賊だろう!
ユーリアを、どうした?!」
「っ?! ……私がユーリアでございます!」
「この期に及んで嘘をつくか!
ユーリアは淡い金髪。お前とは似てもに付かない! 盗賊め!
おい、この女を騎士団の詰所に連行しろ!
本物のユーリアの居場所を吐かせろ!」
トパーズ公爵騎士団らしき男たちが、こちらに向かって駆けてくる。
金髪ってことは、きっと姉のアーリアが自分のことを「ユーリア」と偽ったのだろう。
そんなこったろうと思った!
会ったこともない人から求婚状くるんだもん!
私は思わず、カバンを両手に持って逃げる。
屈強な男たちが、こちらを睨みながら走ってくるのだ! 逃げるに決まっている。
急な坂を前にハイヒールを脱ぎ捨て下ろうとして、そのまま転がる。
「きゃあぁあっ!」
私が坂道を転げり落ちる寸前に、力強い腕が私を掴み、引き上げる。
「「……」」
気付けば夫(仮)に、お姫様抱っこされていた。
「っ?! は、離して!」
私が慌ててジタバタすると、夫(仮)は本当に手を離した。
ーードシン
「いっつ……」
地面に尻餅をついたが、それどころではない!
私は急いで坂下落ちたトランクの元へ、走って行った。
蓋を開け……ああ……もうダメだ。
唯一の財産とも言える母の遺産の裁縫セット。明らかに針が折れているし、針通しも変な形に曲がっている。
「うっうぅ」
泣いちゃダメなことくらいわかっているが、どうにもならない。
次から次に涙が溢れてくる。
悔しい。逃げなきゃ良かった。
1ヵ月もかけて不安と希望を胸に、ボロ馬車で来たのに。
「……」
ハッと顔を上げると夫(仮)が温度のない目で、こちらを見下ろしている。
いつの間にか、隣に立っていた。
私は手の甲で顔を拭う。
「「……」」
それから私は、トパーズ騎士団の詰所に連行され尋問された。
ひたすら同じ問答を繰り返し、埒が明かないと踏んだのか。
2時間後、結婚相手あるトパーズ公爵がやってきた。
「お前には良心がないのか?!
人を殺めたのであろう?!
お前にも親はいるはず。どうなってもいいのか?!」
彼の中で私は、盗賊団の一味となっているらしい。
「何度も申しておりますが、貴方の言う"ユーリア”は私の姉の"アーリア”でしょう?!
母国ーー隣国の貴族名鑑はないのですか?
家にないなら王宮、領事館と教会にあるはずです!
確認したのですか?!」
「?……じい、グラジオラス国の貴族名鑑を、ここへ」
え? 今更? バカしかいないの?
何十回も同じこと言ってるのに?
いや、そもそも求婚前に見るものだから。
30分後、祖国グラジオラスの貴族名鑑が到着し、夫(仮)の言う妻(仮)ユーリアが私の姉のアーリアだと確認された。
私の身柄は「事実を確認するまで待機」ということで本邸客室へ移された。
1ヶ月も待たされているうちに、段々どうでも良くなってきた。
最初はイライラしたが少なくとも、まともな食事は出るし、メイドはイイ人ばかりだ。
内職の刺繍をしているうちに、自分が嫁いだことを忘れていた。
すると突然、家主の執務室に呼ばれた。
「ーーということだ」
執務机に座っている領主ユージン・トパーズ公爵(夫)は、ふんぞり返って言った。
要約すると、こうだ。
ユージン・トパーズ公爵は僅か22歳で両親が亡くなり、爵位を継いだ。
引き継ぎ業務が忙しく、自分のことは2の次の生活を送っていた。
気付けば25歳、間近になっていた。
女性は20、男性は25で「婚期を逃した」と言われる。
このままだと嫁の来手がなくなってしまう。
そこで嫁探しも兼ねて、従弟の代わりに隣国の王宮舞踏会に出席した。
会場で同世代の男たちと話していると「可哀想なユーリア・アメジスト伯爵令嬢が来ている」という。
聞けば後妻の娘で、先妻の娘である姉から冷遇されているらしい。
その"可哀想な娘"を紹介してもらうと、淡い金の髪にアメジストの瞳。同世代より1回り小さい体躯。
男慣れしていないのか、ずっと震えていて、やっと合った瞳は潤んでいた。
一目惚れしたトパーズ公爵は、彼女(姉)をダンスに誘い、踊り終わってからも色々な話をした。
すると、やはり実家で冷遇されているという。
しかも冷遇の内容は事件にできないような嫌がらせで、すれ違い様に悪口を言われたり、物を隠されたりということで、泣き寝入りせざるを得ないが、毎日続くと精神的に堪えるのだと涙を流した。
そこでトパーズ公爵は「必ず貴女を救い出すから待ってて欲しい」と約束し、求婚状を送り成婚に漕ぎ着けた。
すると何故か、ユーリアを名乗る別人が嫁いで来た。
貴族名鑑を確認すると、自分の想い人はアーリアという名前で、ユーリアの姉だった。
アーリアとユーリア姉妹の実家であるアメジスト伯爵家に問い合わせると、アーリアから返答が来た。
「嫌がらせで舞踏会に出して貰えなかったが、どうしても出てみたくて妹の招待状を勝手に使ったため、妹の名を拝借した。悪気はなかった」と。
「で?」
「は?」
「いや『は?』じゃなくて。それで?」
「そういうことだ」
そういうことだ? どういうことだ?
「わかりました。
今日は、もう遅いんで。
明日、出ていきます」
「は? 何でそうなる?」
「花嫁を間違えたんでしょ?」
「間違えたが、間違えてない」
ナニ言ってるのかわからない。
貴重な時間を無駄にしやがって、何なんだコイツ。
最初からだけど話、通じないな。
「では失礼します」と、踵を返すと「待て待て待て待て」と引き留められる。
「謝罪はないのか?」
「誰に何を?」
「姉のアーリアに、嫌がらせをしたことについて」
「私が? 姉にいつ、どういった嫌がらせをしたんですか?」
「だから、すれ違い様に悪口を言ったり」
「姉は『後妻の娘だから嫌がらせをされてる』と言ったんですよね?
姉は後妻の娘なんですか?」
「え?」
「いや『え?』じゃねんだよ。自分の言ったことくらい責任持てや。
姉は先妻の娘ですよ。
しかも冷遇されてるはずなのに勝手に妹の招待状持ち出したりして、その後は無事だったんですか?
そもそも私、デビュタントしてないので舞踏会の招待状は、まだ来ないです。茶会もないです。家が貧乏で着ていくドレスがないんで。
そうそう。
ドレスは、どうしたんです?
私と姉とは身長が10cmも違いますけど、姉が舞踏会で着たドレスは、どこから調達したんです?
自分の物は隠されるんでしょ?
貴方の送った質問状に無様な言い訳を並べて返答できるくらいの扱いなら、父に言えば冷遇とやらは解決したんじゃないですか?
なぜ父でなく、赤の他人の、それも初対面の貴方に窮状を訴えたのですか?
わざわざ内情を晒して自分の家門に泥を塗ることになるのに?」
「……」
「人に言い掛かりつけて拘束した挙げ句『謝れ』からのダンマリ!
お前が謝れよ! 2度と顔も見たくない! バカがバカに騙されたからって、私を巻き込むな! 文句があるならアメジスト家当主に言え!」
私は思いの丈を叫ぶと、今度こそ踵を返して部屋に戻った。
叫んでスッキリしたので、安眠できた。
翌日、私は勝手に邸を出て行った。
軟禁されるかもと思ったが、何もなくて拍子抜けした。
夫人権限で馬車を出して貰えたので、1ヶ月かけて実家まで帰り、姉をボコボコにした。
2年8ヵ月経ったら離婚できるように届用紙にサインして夫(仮)に送ってあげた。
子供ができないことを理由とした離婚は、入籍から3年でできる。
純潔証明書があれば1年でできるが、また隣国へ行かないとならない。
ウェディングドレスを直して舞踏会に参加。
少し遅くなったが、デビュタントに間に合った。
通常デビュタントは、16歳になる年にする。
私は家が貧乏でドレスが作れなかったのもあって、16歳の終わりに近くなってしまった。
既婚者はデビュタントという言葉は使わないが、私は事情を考慮して貰えた。
相手が外国籍で、挙式も公表もしてないのが良かったようだ。
ともあれ、再婚相手を見つけなければならない。
社交界に出る目的は、それだ。
そして案外あっさり見つかった。
相手はジョナサン・ジルコニア伯爵令息。
5歳上で、あまりイケメンではない(ホッとする顔)が、評判の悪い姉のいる貧乏伯爵令嬢で、戸籍上既婚者の私でいいという太っ腹である!
これは逃してはならない!
絶対に結婚しなけれならない!
彼と出会って3ヶ月。
絶対結婚しようと、鼻息をフガフガ荒くして共に夜会へ。
鼻息荒いままファーストダンスを終えてブレイクタイムかと思いきや、誰かに手を差し出された。
「1曲お相手、願います。レディ」
顔を見て鼻水が出そうになったが、アルカイックスマイルで乗り切った。
手を取り音楽に合わせて、体を動かす。
「ファーストダンスは、夫とするもんだろ?」
「夫? どこにそんな人が?」
と、キョロキョロする。
「ココ、ココ」
とユージン・トパーズ公爵が言う。
身長高めの私より、更に大きい。ついでに顔も美しい。
「あの『もう顔も見たくない』って、ちゃんと伝えましたからね?」
「よいしょ」
と、突然、私を抱き上げる。
そして、そのまま出口へ向かう。
「きゃっ、ちょ、ちょ、待ーー」
「待ってください」
私が言うより先に、ジョナサンが追いかけて来て立ち塞がる。
ナイス!
「彼女は私のパートナーですよ」
「俺の妻なんだが」
うん……?
「戸籍上のでしょ? アーリア嬢と間違ったっていう」
「間違ったけど、間違えてない」
「はあ?」
「俺はアーリアじゃなくて、ユーリアと結婚できて良かったと思ってる。
これから大事にする。だから連れて帰る」
聞いてねえよ。
「そ、そんな身勝手な! 彼女の気持ちは、どうなるんです?」
「気持ち? 貴族の結婚に気持ちなど関係ない」
どの口で言ってる?
「俺は今回、調べた」
「何を?」
「キセラ、シャルロット、アメミヤ、ケミー」
「う、そ、それは、違うんだ、ユーリア、誤解だ!」
と、ジョナサンが慌てる。
2人して、担がれている(物理)私を見る。
「わかってます」
「よ、よかった! ユーリアなら、わかってくれると思ったよ」
「そっちの『わかってる』じゃない」
「え?」
「浮気されてることを『わかってる』んです。
いや、もしかして私の方が浮気相手かも?
どちらでもいいです。私みたいな最悪な不良物件を引き取ってくださるんだから。
家と姉のこともあって、まともな縁談は諦めてますので」
「だったら俺でいいだろう」
「あなたは最悪過ぎます。
それより! 降ろして!」
ユージン・トパーズ公爵は、私を無視して自分の馬車へ向かう。
ジョナサンはそれ以上、追いかけて来なかった。
「きゃっ」
ラグジュアリーホテルの1室。
キングサイズのベッドに投げ降ろされる。フカフカ過ぎて痛くない。
「何すーーえ?」
ユージンが覆い被さってくる。
リビングにメイドがいるが、寝室は私達だけ。
「今から初夜する」
「はあぁあ?」
「その前に渡すものがある」
ダッシュボードから、箱を出して渡してくる。
ちょうど裁縫箱の大きさーーって、やっぱりそうだった。
開けなくても重さと音でわかる。
さっきの初夜は、きっと聞き間違えだろう。
「要りません」
「壊れたろ」
騎士団が追いかけて来たせいでね!
「あれは代わりのきかないものでーー」
「知ってる。メイドに聞いた。母親の形見だって」
「……知ってるなら、どうして」
「3年前、両親と弟と婚約者が同時に死んだ。
結婚式場の下見に行く途中、事故で。
本当は俺も行くはずだったが、急に仕事が入った。
それで弟が代わりに行った。
……なあ?
形見の裁縫道具を使い続けなくても、その人のことを想う気持ちが変わるわけじゃない。
それはそれで大事に閉まっておいて、普段裁縫する時はこっち使う、でも良いんじゃないか?
俺は、この先どんなに君を愛しても、家族や彼女の形見を捨てることはない。
けど、それは彼女の方が好きで、君を代わりにしてるだとか、そういうことじゃない。
それとこれとは別だ」
「まあ……仰る意味はわかりますが、これは受け取りません」
と、箱を押し付ける……押し返される。
「受け取ってもらえないと、使用人たちから悪口言われるんだ」
「なんて?」
「クズ、バカ、ヒトデナシ、抜け作、木偶の坊、野蛮人、早とちり、思い込みが激しい、不発弾」
「それは悪口じゃなくて事実です」
「ハハハッ。君は物言いがキツ過ぎる。
アーリアが言ってたのも、あながち間違ってないんじゃないか?
君は正しいこと言ってるつもりでも、向こうは悪口だって感じるかも?」
「それなら、それでいいです。
結婚できなくても、いずれ家は出ますから」
「もう俺と結婚してる」
「間違いで、ですよ。
来年、純潔証明書をとって離縁手続きします」
純潔証明書があれば、1年で離縁できる。
「そう言うと思ったから、これから初夜を敢行する」
「あの……」
「その前に」
ポケットからリングを2つ出して、私の薬指にはめる。
「なぜ2つなのです」
「婚約指輪と結婚指輪。これは俺の結婚指輪。はめてくれるわけないな?」
と、もう1つ出す。
「公爵とは結婚しません」
「もうしてるけど。
一応、理由を聞こうか」
「1つ目は歳が離れすぎてます」
16と25なので9歳差。
「う゛……そう来ると思わなかった。
若作りするから許してくれないか?
俺、髪がオレンジだから結構、若く見られーー」
「2つ目は」
「無視か。うん、2つ目は?」
「貴族の結婚なのだから、相手の素行調査した上で結婚を申し込むのが当たり前です。
それに直接相手の家に出向いて、当主に挨拶するのが筋です。
まあ、ちょっと距離が遠すぎる分は仕方ありませんが。
どっちかだけでもしておけば、今回のようなことは防げました」
「ごもっとも。
言い訳するなら1日も早くユーリア(アーリア)を救ってやりたかったんだ。
それに25過ぎる前に、と焦ってたし、何より……アリスが、前の婚約者がカリスマだったから」
「カリスマ? 何の?」
「社交界で老若男女から、絶大な人気があったんだ。
それで、俺の新しい婚約者が決まらなかった。
アリスと比べられるのが嫌だって。
だから嫁取りは外国からでないと、と。
ただ、そんなに頻繁に行けるわけじゃない。年齢もあるし。
そういう訳でユーリア(アーリア)の性格に問題があっても、受け入れようと思ってた。
社交界に出れば、アリスのことで辛い思いもするだろうし。
だから、敢えて事前調査しなかった」
「ならば姉でいいでしょう。
来年には離婚手続きしますから、連れて帰ってください」
「できない。
君の家のことは調べた」
「どういう理由でダメでした?」
「王位継承権5位以内の人間の伴侶になる女性は処女でないとダメという、うちの国特有のルールがあるんだ。
俺は母が王妹で、ちょうど5位なんだ」
「それ姉に言いましたね?」
「言った」
「あーなるほど……」
それで姉は、自分ではなく私に嫁がせたのだ。
隣国で社交界がネックとは言え、公爵でハンサムでリッチなのに、自分が嫁がなかったのは処女じゃないからだ。
まさか「私は実は姉のアーリアで非処女だから、妹と結婚して支度金ちょうだい」とは言えないもんね。
「ちなみに処女でないのがバレたら、どうなるんですか?」
「斬首」
「あっ……そ、そうですか」
姉のことは嫌いだけど死ぬとなると、ちょっと……。
あれこれ……私、婚姻続行路線?
だって姉がダメなら私が嫁がないと、支度金返さなきゃでしょ?
「俺の送った支度金で、家の借金返済したな?
どおりで花嫁衣装が安っぽいと思った。
しかも、それリメイクしてデビュタントで着たって?」
「うぐ……」
恥ずかしすぎる……穴、穴はどこ?
「姉の首がなくなるのと、君が俺の妻になるのと、どっちがいい?」
「う、うちにはまだ12歳の妹が」
生娘だよね? のはず。
「俺と君でさえ歳が離れてるんだろ?」
「ううう……」
「諦めろ」
と、押し倒してくる。
「あ、あの、まだ言いたいことがあります!」
と、押し返す。
「仕方ない、聞こう」
「3つ目は騙され易すぎです。
こちらの社交界では、姉の虚言を信じてる人はいません。
公爵が家を潰さずに済んだのは、使用人たちが優秀なお陰です」
「全くもって、その通りだ。
これからは俺が騙されないよう、ユーリアが隣で見張っててくれ」
「ううううう」
「終わりか?」
と、押し倒してくる。
「まだあります」
と、押し返す。
ナニコレ? 2人で腹筋運動?
「なんだ?」
「4つ目は、思い込みが激し過ぎです」
「反省している」
「門で怒鳴られたことも、詰所に押し込まれたことも、根に持ってます」
元はと言えば姉が悪いけど、貴族名鑑すら確認してないのはヤバい。
「どうしたら許してくれる?」
「支度金の返還無しで離婚」
「却下。
言っておくが、離婚するなら君の姉が俺を騙した慰謝料も支度金に上乗せして払って貰うからな」
「ううううう。
せっかく頭おかしい姉から離れられると思ったのに、次は頭おかしい夫……うううううう」
「聴こえてるぞ?」
「ううううう」
「君の家の残りの借金も、返してやろう」
「それは姉を愛人に寄越せと?」
「要らん」
「姉に一目惚れしたんでしょう?」
「本性を知ったら、気持ち悪く感じる」
「でも外見は、好みのタイプですよね?
私と真逆ですけど」
「だから?」
「この先また姉みたいな外見の女性が現れて性格も悪くなくて両想いになって私が捨てられる時、非処女だと再婚しにくいですから初夜は止めてください」
「却下」
「私が路頭に迷ってもいいと仰るのですか!」
「離婚しない」
「そんなの信じられません。
何故なら私は、貴方を1ミリも信用していないのです」
「戦争が全て舌戦になったら、君がいる国が勝つだろうな」
「ありがとうございます」
「わかった。契約書を作ろう」
と、彼はテーブルに筆記用具を置いて、何か書き始めた。
暇なのでメイドに紅茶を入れて貰い待っていると、完成した契約書を手渡してきた。
「俺から離婚を求めたり、君の離婚したい理由が俺の不貞である時、俺の持つ全ての権利を渡す」
「え?」
「当主、領主、相続権すべてだ」
「えええっ?!」
「サインしろ」
「いや、ちょっと待……そんな簡単に」
「簡単じゃない、覚悟だ。
俺は愛なんて移ろいやすく不確かなものを、君に誓えない。
この世に、永遠の愛はない。
男たちは結婚式の前日、必ず羽目を外す。
妻が妊娠しても浮気する。妻に飽きても飽きなくてもする。
狩猟やトーナメントの後は、娼館に行きたくなる。
『永遠に君だけを愛す』と誓うのに、愛人をつくり離婚する。
俺が誓うのは、そんなものじゃない。
君が生きている限り、俺の妻はユーリアだけだという覚悟だ」
どのくらい、そうしていただろう。
きっと間抜け面していただろう。
彼は答えを急かさず待ってくれた。
「どうして私なのです?」
「裏も嘘も損得もなく、辛辣で物怖じしない。
俺に必要な人材だ、ユーリア。
どうか俺を育てると思って、一緒に生きてくれないか?」
「こんな大きな子供、育てたことありませんが、やってみましょうか」
夫はグッとガッツポーズしてから、押し倒してきた。
「初夜は、まだです」
と、押し返す。
「なぜっ?!」
「あの契約書を明朝、公正証書にしてきますから、その後です」
と、覚悟の書を見やる。
ショボくれる夫が可愛く感じて「姉を貸しましょうか」と聞くと「要らん」と即答した。
「私を『愛してる』と言うなら、キスだけさせてあげます」
「最後までシたい! そのためなら愛くらい、いくらでも囁いてやる」
「うるさい! 黙れ! 帰る!」
■完■