じーさんばーさんが若返った話を
「ぜひ読んでください」
と言われワシは本を受け取った。
こいつはなんのつもりだろう?
この若いのはテレビ番組「ポツネンと一軒家」のデレクターだ。
山奥に一人で住むワシの元に突然現れた。
ワシは恥ずかしくて観ていないが、山奥にたった一人で住むワシの生活は視聴者にウケているらしい。
こいつらがここに来るのももう3回目だ。
「小学校にも行けない程に貧乏で、父と母を早くに亡くし、それ以来80年以上一人暮らし。県外にすら出たことがないあなたの生活はとてもドラマチックです」
褒められてるんだか貶されてるんだか。
「とにかくオススメなんですよ。漢字の部分は仮名を振っておいたんでぜひぜひ!」
馬鹿にしよって。
小学校すら出ていないが、独学で文字ぐらいは読めるようになったわ。
今でこそ住民はワシしかおらんが、昔はこの集落にも図書館があったんじゃ。
クソッ。老眼鏡を着けていてもルーペがないと文字が見えん。
「……ふむ」
じいさんとばあさんが若返る話しだった。
心から愛し合っている夫婦。
優しい息子や娘。
可愛らしい孫。
愉快な友人や近所の仲間達。
若返った二人は恋愛をやり直しているようだ。
そして最後にはリンゴの樹の下で2人で手を繋ぎ……
「あれぇ?泣いてます?」
デレクターの言う通り。ワシは泣いていた。
この2人はいいな。
ワシが欲しかったモノを全部持っとる。
本から目を離して自分の家を見た。
薄汚れた壁。
腐りかけの畳。
煤けた遺影と仏壇。
段ボールの山。
汚いキッチンと和式トイレ。
全体的にカビ臭い。
「ワシって一人ぼっちだな」
本を読んで実感した。
ワシはずっと一人でここにいて。ここで一人で死ぬだろう。
「ああ。泣いた。泣いたよ。ところでなんでこの本をワシに?」
「いや。傷つくかなっておもって」
ワシが泣いた回のポツネンと一軒家の視聴率は良かったそうだ。
腹が立って恥ずかしくて悔しくて仕方ないがワシは何も言えなかった。
もうこの先、ワシを訪ねてくれる人間はこいつらしかいないだろうから。