16.妹
週に何日かある、マシロが魁成に舞の稽古をつけてもらう日。そんな日は、マシロが夕食の準備を一から担うのが小野家の習慣となりつつあった。
稽古がある日、マシロの食堂の手伝いは大抵休みとなる。また稽古の指導者である魁成も夜は儀の補助に行くため、夕方には稽古が切り上げられる。その後に、マシロはいそいそと夕食の準備に取り掛かるのだった。
最初こそちょっとした思い付きで始めた夕食作りは、今ではマシロにとって楽しみのひとつとなっている。マシロが作った料理を、小野がいつも美味しそうに食べてくれるからだ。
そうしてマシロは「今度はどんな料理を作ろうか」と意気込むようになり、料理レパートリーも着々と増えていっているところだった。
またこの頃になると、マシロは一人でスーパーに行けるようになっていた。
以前は人々の視線が気になって店内を一回りするだけでもやっとの状態だったのだが、場に慣れたことに加え、献立を考えながら歩いていれば視線も気にならないようになった。
そして、まだ子供とも言える風貌のマシロがひとり買い物をしている姿を気に留めてか、店員が優しく話し掛けてくれることも増えた。おすすめの食材を度々教えてくれ、それで献立が決まることもままあった。
冬の予兆を感じさせる木枯らしが吹き荒れたある日。この日もマシロは、一人でスーパーに来ていた。
カートを引き、陳列棚を物色する。料理に慣れてきたマシロは、事前にメニューを決めておくのではなく、スーパーで様々な食材を眺めながら献立を想像できるようになっていた。夕方の客で混み合う時間帯の少し前、マシロの真剣な眼差しが品から品へと移っていく。
やはり今日も汁物がいいだろうかと、身体に纏わりつく冷気を感じながらマシロは考える。
冷え込む日が増えてきたここ数日は、暖かい汁物が食卓によく上るようになった。それでマシロは前回ポトフを作り、体が芯から温まると言って、小野が一口一口大切そうに口に運んでくれた。
と、野菜売り場の特設コーナーにある鮮やかなかぼちゃがマシロの目に留まる。
大々的に並べられているその上にポップがあり、“煮物に、スープに”と書かれていた。
「あぁ、かぼちゃのポタージュ……」
マスクの中でつぶやき、夕食の一品が決まった。
そうなるや、早速かぼちゃの選定に入る。小野による指導により、野菜の選び方も身につきつつあるマシロは目を凝らしかぼちゃの断面を見た。
身が締まっているか、色はどうか、小野から習った知識を思い出しながら、一つ一つ丁寧にじっと眺める。できるだけ良い食材を選んで、より美味しいものを作りたいという思いがマシロの中に強くあった。
そうして「これだ」と思ったものをひとつ手に取った時だった。
マシロの背中で足音が二つ止まり、そのすぐあと声がした。
「あ、マシロさんや」
反射的に振り向くと、そこにいたのはマシロと同じようにカートを持つ輝と、買い物バッグを肩からかけた煌だった。マシロは列をなすかぼちゃたちを背にし、体ごと二人の方を向く。
「今日の夕飯、かぼちゃなん」
なんと声をかけようか迷うマシロより先にそう言ったのは煌だった。マシロが持つかぼちゃをじっと見つめている。
「うん。ポタージュにしようと思って」
「へぇ、うまそー。ええなぁ。おい輝、お前ポタージュとか作れそう?」
「え、わからん。それってミキサーいるんとちゃう? うち、ミキサーないやろ」
「ひかりの離乳食作るのに買った、ミルサーはあかんの」
「あんなんちっこすぎて無理や。ていうかあれはひかり専用にするやつやから、それ以外使たらアカンで」
「えっと……。かぼちゃで作るポタージュだったら、ミキサーがなくても作れるよ。ちょっと手間はかかるけど」
話し込む二人に、マシロがタイミングを見計らって口を挟んだ。
「え、そうなん。やったら煌、今日うちもそれにしよ」
「レシピ、教えようか?」
「ええわ。スマホで調べるし。どうもですマシロさん」
そう言って、輝と煌はマシロと同じようにかぼちゃを吟味し始めた。
そんな二人に、マシロが横合いからそっと話しかける。
「……二人が夕飯作るの?」
「ん、まぁ。おかんこないだ子供生まれてん。夜泣きするし、日中も抱っこしとらんと泣くし、おかん毎日死にそうな顔しとって。おとんは仕事やで、俺らがやるしかないやん」
かぼちゃを手に取り、煌が答えた。
「さっきの、ひかり、ちゃん? くん? が、そうなのかな?」
「うん。妹」
「じゃあ、ひかりちゃんかぁ……。おめでとう」
「ありがと。ちなみにめっちゃかわええんよ。見る?」
そう言ったのは輝だった。
マシロが頷くと、輝はポケットからスマホを取り指をすいすいと滑らした後、その画面をマシロに向けた。
そこには、まだ顔に赤みのある小さな赤ちゃんが眠る姿が映っていた。
「わぁ……。可愛いね。すごく、ちっちゃいね」
「予定より早まったでな。あ、このスタイ、クリスさんとこで買ったやつ。……赤ちゃん用なんやに、まだめっちゃ大きいねんな」
「あぁ、これが。可愛いの選んだね」
輝は画面をスクロールし、妹が写る写真を何枚かマシロに見せた。
煌がとても優しそうな笑みを浮かべて妹を抱く姿や、愛おしそうに我が子を見つめる母親が写った写真を眺め、マシロも顔が自然と緩む。
「二人とも、すっかりお兄さんだね」
マシロが言うと、輝はスマホをしまいながら曖昧な笑みを滲ませた。
「正直なぁ……。おかんに子供できたって知った時、まじかよって思ったんよな」
独り言のように言った輝に、同じように苦笑に近いものを浮かべた煌が大きく頷きながら続く。
「俺も。やって、十二も離れとんやもんな。恥ずかしいわってなったわ」
「な。なんとなく、嫌やったよな。いい歳してなぁって」
「うん。絶対周りにからかわれるやんってな」
思い出しながら居心地悪そうにする二人を見て、なるほどそれで、とマシロは得心がいく思いになる。
二人なりに、当時いろいろと思うところがあったのだ。それが思春期に重なり、周りの目に余るような行動をするに至ってしまったのかもしれない、と気づいた。
しかし先ほどの妹の写真を見る限り、今はそんな思いも多少は吹き飛んでいるのかもしれない。
実際目の前にいる二人は、幸せそうな笑みを滲ませている。
「実際生まれたら、めっちゃ可愛いなってなったわ」
「な。天使かよって思ったよな」
「なんやろな、めっちゃいい匂いするねんな」
「うん。マイナスイオン出とるんかってくらい、癒される」
「これは、俺ら守ったらなあかんって思ったわ」
「なぁ」
喜びに満ちた二人の顔を見て、マシロはクスリと微笑む。自分まで幸せな気持ちになれる気がした。
「そういえば二人とも、今クリスさんに舞を習ってるんだよね?」
マシロが言うと、二人は同時に頷く。
「うん。だってな。頑張らなあかんなって思うやん。こんな可愛い妹できたら」
言って、照れくさそうに笑う。二人とも同じ顔だった。
が、マシロが先日他県を訪れた際、二人が元々いた第二支部に所属する痣子の“旭清隆”に会ったことを話すと、途端に顔を顰めた。
「うっわ……。俺あの人マジで苦手やったわ」
「ほんまやって。何かとギャーギャー言うてな」
「どうせ、俺らのこと悪う言うとったんやろ?」
「うんうん。絶対そうや」
途端、マシロは口籠る。
ひどく悪く言うことはなかったが、二人の予想通り旭は煌と輝のことを多少なりとも厄介者扱いしていた。
そのことは伏せ、マシロは会話の一部だけを伝える。
「クリスさんが二人とも今頑張ってることを伝えたら、旭さん、嬉しそうに笑ってたよ」
マシロの言に、二人は目を丸くした。
「えぇー……。ほんまにぃ?」
「うん、本当に」
「……まぁ、また会うことはそうそうないかもしれんけど、今度会ったらびっくりさせたるわ」
「せやな。俺らの成長具合見せて、度肝抜かしたろか」
言って、二人は疑るような目を、悪企みをする小さな子供のような瞳に変える。
しかしそこには嬉しそうな笑みも覗いており、それを見てマシロは胸がすく思いになった。
「じゃあ、僕そろそろ。……また、よろしくね」
そう言ってマシロがその場を去ろうとすると、
「あ、ちょっと」
と双子が声を揃えてマシロを呼び止める。
「マシロさん、あの……。ほんま、その節は悪かったなって思ってるんで」
「そのかわり、これからめっちゃ頑張るんで。よろしくお願いします」
真っ直ぐな目がマシロを見ていた。
マシロは頷くと、
「一緒に、頑張ろうね」
そう言って手を振り、二人に背を向けた。
ややあってから、後ろから二人の声が聞こえてくる。かぼちゃのポタージュに組み合わせる、その他の献立を相談し合う声だった。
その日マシロが作ったかぼちゃのポタージュは、小野にとても好評だった。
丁寧に裏漉ししたおかげか口当たりが優しく、一口含んだだけでかぼちゃ本来の甘さが口いっぱいに広がった。
マシロが、スーパーで煌と輝に会ったこと、また妹の話を聞いたことを語ると、小野は穏やかに微笑みながらそれを聞いた。
小野にも今は亡き姉がいる。それは魁成の親代わりだった田平正臣の妻で、薫と言った。
厳しさもあったけれど、妹である小野のことを、煌や輝のようにそれはそれは可愛がってくれたそうで、その愛情を受けて今の自分があるのだと小野は語った。
親から受ける愛情と、兄弟から受ける愛情、それぞれ種類は異なるけれど、どちらもかけがえのないものだと、いつまでも忘れないものだと言った。
夕食を食べ終えた頃だった。
以前連絡先を交換してあった煌と輝それぞれから、マシロのスマホに写真が送られてきた。
煌からは『焦げた』というメッセージと共に二人が作ったかぼちゃのポタージュが皿に盛られた写真と、輝が妹をあやす姿が写る写真が。
輝からは、同じくポタージュが焦げてしまった鍋の写真と、煌が妹にミルクをあげている姿を収めた写真が送られてきた。
それを小野に見せると、小野は目尻の皺を濃くし、何度も可愛いとつぶやきながらしばらくの間写真を見つめ続けた。




