脚本家の呟き
ま、まさか……。
漫画家の花川先生が自殺してしまった。しかも現場の状況から自殺で間違いないはずなのに、夫が殺害したと自首してきたとか……。
私は彼女の原作をドラマ化した際、脚本を担当した。原作とは大きく異なる部分もあった。でもそれは、ドラマとしての表現で必要な事だった。そもそも脚本家といっても、自分勝手に書けないものだ。プロデューサーの指示や俳優の事務所のパワーバランス、スポンサーなどを考慮してなければならない。私が書いたものも、そんな大人の事情の結果。好き勝手にしたわけじゃない。言われた通りにやっただけ。こんな自由業に見えるけど、言われてない事は出来ない。その点は下っ端サラリーマンとよく似ている。
そもそも先生とは一回も会ってもいない。出版社やプロデューサー経由で意向が届くシステムだった。こういった制作現場で原作者と直接話し合う事は、まずない。
それでも放送当時から、花川先生のファンから叩かれ、SNSには毎日誹謗中傷が届く。私は元々OLをしていたが、仕事中に「死ね!」とか「消えろ」と言われた事はない。
先生が亡くなった後は、さらに私に関する誹謗中傷が激化し、怖い。外に出るのも怖くなった。きっと叩いているのは先生のファンじゃない。面白がっている野次馬だ。全く知らないユーチューバーや記者からも叩かれているようで、本当に怖い。
こんな仕事につくべきじゃなかったのか。後悔し始めていた。
駆け出しの頃は全く食えなかった。生活できないレベルのギャラで、「やりがい」が搾取される。口約束で契約も有耶無耶にされ、ギャラも全額出ない時もあった。酷い時はパクリだってあった。知り合いのアニメーターも低賃金らしい。アニメは障害者作業所に下請けをやらせ、中抜きをやっている噂も聞いた事があった。この国はクリエイターの敬意は何もない。何がクールジャパン? ディストピアジャパンの間違いだろう。
だからどうしても売れたかった。クリエイターに敬意のないこの国で何としても売れる為に必死だった。ツテを使い、M教に入信。それからは仕事も途切れる事なく与えられた。特にM教と某テレビ局は蜜月関係のようで、どうにか仕事が続き、首が繋がった。同年代のアラフォー女よりも倍以上稼いでいると思う。
それでも全く成功した気分になれない。まさか原作者が亡くなってしまい、誹謗中傷の日々。
怖い。眠れない。なぜかネットでは自分が先生の死因にされ、家族にも嫌がらせがされるようになった。野次馬達の「正義」って一体何だろう。
こんな噂もM教の人から聞いた。花川先生もM教信者だった。といっても親が熱心な信者で二世。先生にメディアミックス化も教団が噛んでいるという事だった。それでも花川先生は教団に不信感があり、脱退しようとし、トラブルになっていたという。教団内では、本当は先生の死因は他殺だが、警察がもみ消したと言う。M教は警察とも深く繋がっており、このぐらいの事はできるという噂。
もしかしたら、先生は見せしめで殺されたのだろうか?
わからない。怖い。「裏切ったらお前もこうなるぞ」と誰かが言っているみたい。どこかから視線を感じてしまう。誰かに見られている気がしてしまう。毎日のように届く誹謗中傷を見ていると、気が狂いそう。
先生は自殺? 他殺? 夫が殺した?
次は私の番なのだろうか。これが魂を売った代償なのだろうか。
私はM教のお経を唱える。藁をもつかむ思いだ。正気を失ったら遺書でも書き始めてしまいそうだから。
先生もSNSをやっていた。M教の信者かどうかは知らないが、ネット民達の声に絶望して遺作を書き始めたのかもしれない。だとすれば、私は彼女の気持ちがよく分かる。顔も知らない赤の他人が石を投げてくる。憶測で事実無根でも暴言が届く。何を発しても単語だけに反応され、文脈も行間も見やしない。こちらの想いも意図も汲み取らない。言葉を尽くしても何も伝わらないもどかしさ……。
本当に怖い。スマートフォンやパソコンの電源を切っても、悪意のメッセージが聞こえてきそう。