水の中の月、約束にはもう届かない
web拍手に掲載していたもので、こちらにある短編集の中にある話をまとめました。
視点が主人公→友達(浮気相手)→恋人と変化します
私が結婚を決めたのは、思い起こせば幼稚園ぐらいの頃だった。
それはたぶん、刷り込み、とか、思い込み、みたいなものだったけど。
「まいちゃん、ぼくのおよめさんになってね」
そういって手を差し出した、幼馴染の手を受け入れたことを覚えている。
ありがちな、ぱぱのおよめさんになるー、というのを通り越して、私はずっと雄太のお嫁さんになる、といい続けていたらしい。
ファミレスで縮こまるようにしてこちらを窺う二人に、どういうわけか思考は過去へと遡る。
「で?」
タバコに火をつけ、ゆっくりと吸い込む。
やっぱり、コーヒーにはタバコだよね、と満足していると、おびえたような雄太と視線がぶつかる。
「おまえ、タバコなんて吸うのか?」
「吸うよ?だから?」
間髪を容れずに肯定し、非難めいた言葉を口にしようとした男を黙らせる。
そもそも、雄太は私のことを何も知らない。
私が何を好きで、何が嫌いで、そしてどういう性格なのか、を。
「隠してたのかよ」
「聞かなかったし」
確かに、聞かれたことは一度もない。
彼は、私がそんなことをするだなんて思ってもみなかっただろうから。
周囲から見た私の印象は、自分自身が一番良く知っている。
まあ、いわゆるゆるふわ女子だ。
大きな垂れ目で、少しだけ茶色い髪をふんわりとカールさせて、かわいらしいシュシュやバレッタで時折まとめる。
どこか甘めの顔立ちは、実年齢より幼く見えて、ふるふるさせながらパンケーキを食べるのが似合う。
まあ、たぶんこんなところで、おそらくそれぞれの細かい印象は瑣末な違いだろう。
「で?」
再び問う。
そもそも、呼び出したのは先方だ。
まさか、差し向かいに座った雄太の隣に、もう一人の幼馴染の長浜美咲が座るとは思ってもみなかったけれど。
「いや、だから、俺たち」
隠しているようで隠し切れていない、机の下で固く結ばれた右手をみれば、言いたいことは予想できる。
それが、私の婚約者である雄太と、長年の友達である美咲からではなければ。
「浮気してた、と」
美咲は一瞬傷ついた顔をして、こちらに視線を合わせ、すぐにそらせる。
人の男をとるぐらいなのに、どうしてこの子はいつまでも気が弱いのか。
いや、弱弱しい態度だから人の男をとれるのか、と、納得をする。
「まあ、いいや、あんた昔っから、私のこと真似するの大好きだったしね」
煙を吐き出しながら、今までの数々の出来事を思い起こす。
始まりはなんだったかは覚えていない。
おそろいの鉛筆だったのか、ハンカチだったのか。
美咲は、何も話さず私の後ろをついては、私のまねばかりをしていた。
そういう態度はたいてい周囲の女の子たちから嫌われ、美咲はそれとなく周囲から疎遠にされていたけど。
次は、自分がまねされてはたまったものじゃない、と。
「さすがに高校まではまねできなかったみたいだけど」
こうみえて、彼女と私の学力は異なる。
地味で真面目で優等生そうに見える美咲の偏差値は、とてもかわいらしい。
そして、頭が薄桃色に染まってそうな私の学力は、それなりに高い。
誰もが驚いて、二度見をしそうなほど、外見と中身の印象が異なるのが私と美咲だ。
今も美咲は、私と同じシュシュで左サイドで髪をまとめている。
彼女は真面目で堅くて印象の薄い優等生風。
私は、頭が軽そうで新しいスイーツか化粧品にしか興味がなさそうなゆるふわ。
それらが対峙する姿は、ちょっと異様だろう。
私がタバコを吸いだしたことにぎょっとして、こちらをちらちら窺っているウェイトレスがいい証拠だ。
「で?」
三度目の問いかけを、雄太に突きつける。
私を呼び出して、浮気相手を侍らせ、そしておまえは何をやりたかったのかと。
「……解消」
消え入りそうなほど小さな声でぼそっと呟く。
「慰謝料はもらうよ?あたりまえだけど」
ひどい、という顔をする美咲を睨み付ける。
「もちろん、あんたからも」
ゆっくりと灰皿にタバコを押し付ける。
水滴がついたアイスコーヒーをいっきに煽る。
こんな自分でも少しは緊張していたようだ。
喉を通る冷たい液体が心地よい。
「あ、それから、同級生にはちゃんと説明しておくから、安心してね」
二人そろってぎょっとした顔をする。
あたりまえだろう、私が不利な情報を流されてはたまらない。
別に私は、将来に夢も希望も抱かないほど枯れてはいないのだ。
たとえ、恋人と、友人に裏切られていたとしても。
「そういえば、雄太、覚えてる?」
くるくる変化する表情でこちらを伺う。
この場に、美咲を連れてきた頃の熱がどこかへ去ってしまったのか、今の雄太は不安定だ。
私という共通の敵、みたいなものをもって二人して盛り上がっていたのかもしれない。
「幼稚園の頃に約束したこと」
首をかしげた彼は、すっかり忘れ去っていたようだ。
いや、覚えていても思い当たらないのかもしれない。
私が、こんな風にあのときのことを大事にしているだなんて。
「まあ、いいや、支払いはこれで」
千円札を取り出し、二人の前に置く。
コーヒー一杯には過ぎたる値段だが、あいにく五百円玉はない。
「あとは、代理人でも弁護士でも、てきとうに第三者を挟んどくから」
そういい捨てる。
私と雄太の婚約は、すでに略式だけれども結納まで済ませてしまった段階だ。
披露宴会場は押さえてあるし、新居の目星もつけている。
幸いなのは、招待状を送る前だった、ということぐらいだろう。
こんな風に、ファミレスで呼び出して「はい、解消」などと簡単に済む問題ではない。そんなことにも雄太は気がついていないけれど。
格好つけて足早にファミレスを後にする。
追いかけてこない雄太に、半分ぐらい期待していた気持ちが分散する。
「約束!」と、小指と小指を絡ませた、小さな私と小さな雄太が通り過ぎる。
私の気持ちはあの時と変わらず。
だけど、雄太はあの約束を忘れてしまった。
小さな私が、私の代わりに泣いてくれているような気がした。
「何しに来たの?」
髪を編みこんで、タイトにアップにした麻衣子が口火を切る。周囲の人間は、それぞれの表情でこちらを覗いている。
その顔に、好意的な色はない。待ち合わせのオープンカフェで、わたしはいつものように彼女たちに交じろうとやってきた。麻衣子の高校のクラスメートたちの集まりは、わたしには無関係で、けれどもこうやって姿を現せばたいてい麻衣子が仲間に入れてくれた。
だから、わたしは嫌がられている、だなんて感じたことは一度もない。
ちょっと面倒臭そうな顔をする人もいたけれど、麻衣子がいれば大丈夫だった。
けれども、今わたしに向けられた視線はひどく棘棘していて、さすがのわたしでも居心地が悪い。
「これ、私のクラスメートの集まりだし。あんた関係ないよね?」
当たり前の事実を当たり前のように突きつける。
最初に困ったような顔をして、それでも仲間に入れてくれた麻衣子とはかけ離れている。
「それに、人の恋人とっておいて、さすがによく顔出せたよね?」
呆れたような顔をする。
だけど、麻衣子の婚約者だった相田君とはいつのまにか疎遠になった。
だからわたしは、もう麻衣子の前に姿を出してもいいような気がしていた。
だって、原因となった関係はなくなってしまったのだから。
いいわけなんて思いつきもしなくて、言葉に出せなくて、いつものようにつまってしまう。
わたしは、気持ちを言語化する能力に欠けていると思う。こんな風に、内心はやっぱり饒舌だというのに。
麻衣子は、相田君のことなど興味がない、とばかりに話を変える。
「ああ、そのバッグ買ったんだ、やっぱり」
麻衣子の友達のSNSで、麻衣子が欲しいと呟いていたバッグをみて吐き出す。
彼女は、対象だったバッグとは違うものを膝の上に抱えている。
いつももっているものとはちょっと違うテイストのそれを、食い入るように見つめる。
「あ、これ手作りだから。悪いけど、同じものないから」
わたしの視線に気がついたのか、麻衣子があっさりと告げる。
わたしは、彼女が持っているものを、全てそろえたい。そろえなくてはいけない。
そんなことを考えながら、ぎりぎりと奥歯をかみ締める。
「帰ってくれない?もうあなたを仲間にいれることはないから」
穴が開くほど彼女のもちものを見つめていたわたしに、麻衣子の声がつきささる。
今まで、言われたことがないほど強い拒絶の言葉に、はじめて戸惑いを覚える。
麻衣子は、わたしが何をしても受け入れてくれた。
麻衣子がいて、わたしは初めて友達ができた。
最初の友達作りに失敗して、みんなの中心できらきら輝いていた彼女に飛びついた。
彼女は、わたしを拒絶せずに仲間に引き入れてくれた。
それからずっと、わたしは仲間はずれにもされず、なんとかなってきたのだ。
追いつけなかった高校からは、あまり思い出したくはない。
いじめられていたわけではないけれど、親しくできた人間は一人もできなかった。
わたしには、麻衣子がいなくちゃだめ。
だから、私は麻衣子のようにならなくちゃだめ。
麻衣子が言った言葉をわからなかった風に笑う。
「これ、友達どうしのあつまりなんだ、悪いけど遠慮してくれる?」
麻衣子のクラスメートが初めて口を開く。
直接話しかけたことはないけれど、それでも色々と話しかけてくれた優しい人だ。
けれども、彼女は冷たい顔をしてわたしを拒絶する。
わたしも、ともだちじゃないか、と、訴えたい言葉がうまく声にならない。
いつも、わたしはそうだ。
言いたいことも言えない。
「そういうことだから」
彼女たちは一斉に立ち上がり、わたしを置いてきぼりにしようとする。
追いかけようとして、店員に阻まれる。
いつのまにか注文してあったオレンジジュースが、あいているテーブルに置かれる。
それをわたしの代わりに注文したのは彼女たちのようだ。
おろおろと、促されるように着席し、飲みたくもないオレンジジュースを口に含む。
今日、ここにやってきたのは麻衣子関係のSNSで会があることを知ったからだ。
現れたら、きっと麻衣子は邪険にしない。
そんな自信があった。
わたしと、麻衣子の付き合いは、長いのだから。
いつのまにか着信拒否となっていた麻衣子の電話にかける。やっぱり、拒否されたままで、解除される兆しすらない。
そして、わたしには、彼女以外の友達が、いないことを知っている。
全て、彼女がいなければ、わたしは今までの生活を維持していけない。
だから、相田君は少しの間必要だった。
彼が、麻衣子からちょっとだけ迷っている間の止まり木として。
そんな気持ちは麻衣子に届かない。
わたしは、わたしが出来る範囲で最上のことをしてきたのに。
恨み半分、妬み半分で、からっぽのスマホを眺める。
麻衣子に拒否されれば、わたしは連絡する人すら思いつかない。
正直、相田君はどうでもいい。
けれども、思いついてかけた電話は、つながらない。
大きくため息をつく。
新しい会社で、あんまりうまくいかなくて。
けれども麻衣子と似た雰囲気の人を見つけた。
わたしは、彼女と友達になることに決める。
麻衣子を諦めたわけじゃないけれど。
わたしの、わたしにとっての一番の友達はやっぱり麻衣子なのだから。
「おまえ、あんな頭弱そうなのでいいわけ?」
同僚が何気なく放った一言が、自分の人生を変えてしまったのかもしれない。
もちろん、それは責任転嫁、というものだけど。
会社の納涼会に、すでに恋人となって長い麻衣子を連れ立って参加した。
義務化した行事でも、彼女と一緒なら楽しめると思っていた。
その日の彼女は、会社帰りだというのに、ふんわりとしたワンピースを身にまとっていた。
目立ちすぎず派手すぎず、それは十分に彼女をかわいらしく引き立たせている。
満足げに見下ろすと、自分が贈ったネックレスが胸元に飾られていた。
麻衣子と、自分の付き合いは長い。
それこそ幼稚園の頃からなので、二十年はたっぷりと付き合っている計算だ。
もちろん、それはただの知り合いだったり友達だったりクラスメートだった期間も含めてだけど。
いつのまにか付き合って、そして結婚の約束をしていた。
それが、まるであたりまえだったかのように。
隣に寄り添っていた彼女は、すんなりと同じ立場の女性たちと会話を交わしていた。
仲がよさそうに談笑する姿は、初対面だったことが信じられないほどだ。
「あれ、おまえの?」
ささやくように質問をするのは同期の人間だ。
自分に恋人がいたことを知ってはいても、姿をみるのは初めてだったせいなのか、結構不躾な視線を麻衣子の方へと投げかけている。
「へぇ、意外だなぁ」
「そうか?」
隣に麻衣子がいない生活が考えられない自分は、彼の疑問が理解できない。
「いや、なんか、ちょっと」
にやにやと、他の同期たちも言葉を濁しながら会話に首をつっこんでくる。
「かわいいだろ?」
「まあ、かわいいっちゃ、かわいいけど」
含むところがあるのか、彼らは視線で会話をしている。
「どこで会ったの?」
「どこって、幼稚園だけど」
「ああ、幼馴染ってやつ?」
「まあ、そうだけど」
「それで……」
だらだらと、要領を得ない会話が続いていく。
その間に、麻衣子はしっかりと女性陣と会話を盛り上げているようだ。
彼女は、ああ見えて女性との付き合いが上手だ。
今までトラブルがあった、ということを聞いたことがない。
「相田とはタイプが違うな、って思ってさ」
「そうか?」
「なんか、彼女って、スイーツ食べて震えてそうな子じゃね?パンケーキに何時間も並んでさ」
二人して麻衣子の方をみる。
ゆるく波打った髪を、今日はゆるくまとめている。
本当に、とても仕事帰りとは思えないほど、彼女の格好はふんわりとしている。
そして、幼げな顔立ちも相まって、女性雑誌に出てくるモデルのようだとも思った。
「甘いものは好きだけど、並ぶのは嫌いだよ?」
「そう具体的に取られても困るんだけど、あくまでイメージ、イメージな」
「それに、彼女の勤め先って結構お堅いというか、真面目というか」
彼女の勤め先を説明する。
彼らは意外そうに目を丸め。そしてお互い何かうなずきあっている。
「ああ、それお嫁さん候補、とかいうやつじゃね?」
「あーーー、なんか、昔そういうのあったみたいだよね。そういうのならぴったりじゃん?ほんと」
「だったら、おまえうらまれてないか?会社の連中に。せっかくのお嫁さん候補を横取りしてさ」
ずっと付き合っていた自分にたいして、失礼なことを言う。
それに、彼女は窓口でも営業でもなく、研究職だ。
そんなことを口にする前に、いつのまにか彼らはそれぞれの場へと戻っていった。
「頭弱そう」という言葉を残して。
その日から、僕は麻衣子のことを色眼鏡で見るようになったのかもしれない。
「で?」
タバコをすいながら突きつけられる。
彼女が、こういう態度をとるだなんて知らなかった。
心底冷たくて、そしてぴしゃりと線引きをされたようだ。
あれ以来、彼女の外見が気になった自分は、まるで正反対だけど、どこか麻衣子に似ている美咲とそういう関係となった。
僕と麻衣子は幼稚園から、美咲は小学校からのいわば幼馴染同士だ。
美咲が、麻衣子の後を黙ってくっついて回る姿を、今でも思い出すことができる。
あまり友達づきあいが上手ではない美咲を、麻衣子はうまくフォローしていたように思う。
決定的に嫌われているわけではないけれど、どこか疎外されていた美咲を輪の端っこに引き止めていたのは麻衣子だ。
男子連中も、必ずくっついてくる美咲という存在は、ちょっとだけ疎ましく感じていたことを覚えている。
淡々と、言いたいことだけを言い切って、麻衣子は僕たちの前から去っていった。
残された美咲は、息を吐き出して、僕に笑顔を向けた。
そして、僕はようやく、正反対の美咲が、麻衣子に似ていると思った理由を理解することができた。
「それ」
髪をまとめている何かを指差す。
見間違いでなければ、それは先ほどの麻衣子が使っていたものだ。
「あ、これ?かわいいでしょ?」
事も無げに口にする。
さっきまでいた、麻衣子と同じものを身に着けた美咲が。
そういえば、と、彼女の周りを見渡すと、どこかでみた持ち物が浮かんでくる。
バッグは以前麻衣子が持っていたような気がするし、そこにつけた小物も、どこかでみたようなものだ。
あまり詳しくない自分にも、美咲が麻衣子のもちものを取り入れていることがわかる。
「その髪型さ」
地味な顔立ちの美咲には似合わない、彼女にとっては少し派手なまとめ髪。
正直にいって、そこだけ浮いている。
そして、それはやっぱり先ほどの麻衣子に驚くほど似通っていた。
僕が何を言いたいのかがさっぱりわからない美咲は、小首をかしげてこちらを見つめている。
その仕草すら、麻衣子のコピーのような気がして、薄ら寒くなる。
そう、コピーだ。
「似合わないよね、それ」
咄嗟にネガティブな言葉を吐き出す。
そういえば、いつもいつも、後追いのように麻衣子の髪型をまねていた美咲を思い出す。
引っ込み思案で、だけれども麻衣子の後をつけることはやめない美咲は、目立たなかったから自分たちの間ではさほど噂にはなっていなかったけれど。
今まで気がついていなかった、美咲の「癖」が気になりはじめる。
「麻衣子のまね?」
感情が赴くままに口先が突っ走る。
あたりまえだけど、ここにくるまでは美咲を麻衣子から守って、そして二人でやっていくつもりだった。
だけれども、麻衣子は自分たちにはさっさと見切りをつけ、美咲には興味がない、とばかりの視線をむけただけだった。
長い、長い関係のあっけない終了。
自分の中の大部分が切り離され、そして新しく手に入れたものが急激に色あせてみえる。
自分勝手だけれども、自分の中の感情がうまく始末できていない。
困ったような顔をして、黙ったままこちらを見上げている。
彼女は、こうやって最後は自分の意思を通してしまうことが多いことに気がついた。
人見知りで引っ込み思案で。
だけれども、彼女は気が弱いわけでも遠慮深いわけでもない。
控えめな態度で、結局自分の意思を通しきる人間をどう呼べばいいのか。
「ごめん、頭冷やす。当分連絡しないでくれ」
そう言い残して、自分は伝票をもって歩き出す。
きょとんとした顔をしたまま、美咲は立ち上がりもせずこちらを縋るような視線をむけるばかりだった。
結局、麻衣子との関係が終わるとともに、美咲とのつきあいも終了してしまった。
僕から連絡をしなければ、美咲からは何のリアクションもなかった。
たぶん、じっと自分が謝罪するのを待っているのだろう。
麻衣子にくっつきながら友人関係の端っこに居座っていたときのように。
何も残らなかった自分は、麻衣子が言いかけた昔のことを思い出す。
あの時、僕が思い出していれば、この場に一人きりじゃなかったのかもしれない、と。取り返しのつかない忘れ物を捜す。麻衣子は、戻らないことを知っているけど。