醜い朝
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅう。
幽かに聞こえる電子音に、意識が引っ張り上げられる。
眼は開かない。
手探りでその原因を探し、なんとなくの感覚で眼前に持ってくる。
「……」
ほのかな灯りを瞼越しに感じ、うっすらと目を開ける。
適当に画面に触れると、それだけで音はとまる。
成れと言うのは恐ろしい。これがいい事かどうかは知らないが。
「……」
画面を下に向け、ぱたんと枕元に置く、
横に向けていた頭を回し、天井に向く。
ぼんやりとした視界の中。
水色のような白色のような、よく分からない。けれど、清廉さを感じるような不思議な色合いが広がっている。
「……はぁ」
こぼれる溜息に、呆れを感じる。
まだ、起きただけなのに、どうしてこんなにだるいんだろうなぁ。
毎日同じことの繰り返しで、日々に疲労なんてあるわけないだろうに。
たいしたこともしていないくせに、なんで溜息なんて漏れるんだろうな。
「……」
ただこの世界に、この現実に、息を吹き返しただけでこの疲れとは。
もうなんだか、さっさとどうにかなってしまった方がいいと思ってしまう。
それも無入りはないと言ってほしいものだ。
自分なんて、いる意味も生きている意味もないんだから……。
「……ふぅ」
寝起き早々よくない思考に傾くのはよくないなぁ。
それはよくない悪癖だと指摘されたことがあったのを思い出した。
そうは言っても、呼吸と同等にやってしまうから癖なのであって、どうにもできない。
なんとか、切り替えをしようと思えるだけ、マシだと思っているんだが。
―吐き出した呼吸と共に、思考を吐き出す。
さて。
「……」
体をゆっくりと持ち上げ、足をベッドから降ろす。
身体が小さく震えたが、ここ最近は毎日のことである。
ようやく朝は、それらしい寒さになってきた。
急に冷え込んだのは誤算だったが、今年はずっとそんな感じだったしな。
「……ぁ」
さっさと体を動かして色々と準備をしようと思った矢先。
目の前にあった鏡に、目が止まった。
壁際に置いている全身鏡だ。
「……」
桃色の寝具の上に、座った、黒い影。
長い髪をストレートに落とし、ぼんやりとこちらを見ている、
無表情で無冠所で、何もかもが抜け落ちたような顔。
真黒な衣服からはみ出している肌は、血の気が抜けたような色、病的なまでに白く見える。
―それでも美しいと思える何かがそこにいた。
「……」
何もかもを捨てたような。
魂すらも抜け落ちたような。
人形のような姿がそこにあった。
―それが鏡に映る自分だと気づくのに数秒かかったのは、はたして自惚れととるべきか。
「……」
誤解を招くような形になっているが、私は私を美しいと思っている人間ではない。
人形のようにかわいいと思っている人間でもない。
「……」
自分のことは嫌いだし。
生きるべきではないと思っているし。
美しいどころか、醜いとすら思っている。
だから、隠すように化粧をするし、見えないように衣服を選ぶ。
「……」
勘違いもいいところだ。
どうしてこんな自分を美しいと思ったんだろうなぁ。
思考が寝起きであやふやなんだろうか。
それとも視界がぼんやりしているせいで、はっきり見えていないのがよくないんだろうか。
「……」
これ以上は見たくもない。
ベッド脇のローテーブルに置いている眼鏡に手をかける。
これでようやく視界が、思考がはっきりする。
「……」
ぼさぼさの髪に、よれよれの衣服。
元々小さいのに、度入りの眼鏡のおかげで、更に小さくなった目。
最近できたニキビまではっきり見える。
「……」
ほら。
やっぱり。
美しくなんてない。
醜いだけの自分。
「……はぁ」
もういいか。
確認作業は。
朝からすることではない。
さっさと動いて準備をしないと。
「……」
醜い自分を隠すために準備をしていかなくて。
お題:桃色・無表情・誤解