第八話 赤き偶奇覚醒、腐敗の咆哮
悪魔ドゥートスを案内人としながら、ワシと少年は後を追う。
なんとも嫌な雰囲気だ。
空は暗雲に包まれ、そしてこれ以上ないくらいに不気味なオーラを放っている。
ワシらは一直線に智慧の神窟があるという洞窟へと向かう。
するとその時、妙な液体が空からワシの頬を掠めたのを確認する。
「なんだ......赤い液体?
これは......?」
「見ろ、なんか降ってくる!!!」
ワシは暗雲の立ち込める空を見上げる。
すると空からは紛うことなき人の雨が地面に向かって降り注いでいくのが分かる。
これは人の絶望を体現した雨だ。
「屍の雨!?
まさか、じゃあこいつらは.......!!!」
腐敗臭......。
間違いなく、これは死体の臭いだ。
鼻先をつんと突いてくる臭いが、それが現実の産物だということを告げる。
まずい、この量は......!
「貴様......!
悪魔の森になんたることを!!!
無礼にも程があるぞ!!!」
「無礼もクソもない。
お前たちが我々の探し人を庇うのが悪いのだ。
ここに、我々の追い求める国賊、武人の少年と悪魔がいるはずだ......!
さあ、身柄を引き渡せ、悪魔ども......!」
森中に死臭という名の異臭が蔓延し始める。
これらの事態にいち早く駆けつけた骸骨の騎士『悪魔騎士』は、太陽の王に向かい堂々と啖呵を切る。
「強硬手段に出るとは、落ちぶれたな太陽軍!!!
お前の目的が軍事侵攻の口実だというのは分かっている!!!
立ち上がれ、悪魔よ!!!
悪魔の誇りにかけて、太陽兵どもを殲滅しろ!!!」
「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」
【まずい、戦場に悪魔騎士が集まってきている......!
じきにここは戦場になるぞ!!!】
「おい、行くぞ少年......!
少年......?」
「あ、ああああ.......」
少年は酷く顔を歪ませ、その場に膝をつく。
少年の視線の先には、どこか彼と似たような雰囲気の血みどろの少女が死に絶えた姿で横たわっていた。
「まさか、少年の身内か......!?
その少女は......!」
「マーシ......マーシ......」
酷く歪んでいた少年の表情は次第に一定の許容量を超えた怒りの表情へと移り変わっていく。
これは、なんだ......?
少年の髪の毛が次第に真っ赤に......?
「ウオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
【落ち着け、ルマ......!!!
今暴走したらヤバすぎる......!!!】
「テナウド......リストォオ!!!!」
血が滾る。
怒りで沸騰した血液が僕の脳内を駆け巡る。
これは、この感情は、怒りだ......!
ーーー
白銀色の髪の毛は強く濃い一色の赤へと変化する。
まるで覚醒した鬼神になったかの如く、少年の中の何かが目覚める。
「ほう、偶奇覚醒か。
ただの人間が覚醒するとは、珍しいこともあるもんだな」
「僕が......どんな思いで戦ってきたと思う?
どんな思いで、命を削ってきたと思っている......?
お前が、お前がァアアアアアア!!!!
全てを、飲み込み、壊したんだ......!!!」
怒りに震えるルマ。
まるで別人のように、異常とも言える闘気を周囲に解き放っている。
「なんだ、この闘気......!?
人間の出せる闘気じゃねえ.......!!」
悪魔の森が大きく揺らぐ。
赤く、赤く染まった髪と瞳が呼応し、屍となった少女の体を少年は自らの掌から肉体へと吸収する。
「命を無駄にしやがって......太陽軍、やはりテメェらは僕の敵だ」
「目覚めたくらいで図に乗るなよ?
たとえ偶奇覚醒でも、この俺に敵うわけがあるまい!!!」
【いや、敵うよ。
彼は、人を超えた素質を持つ者だからね】
メラメラと燃え盛る太陽の王の背後から九つの得体の知れない気配が瞬時に忍び寄る。
ワシは一瞬、目を疑い肝を潰す。
あの破格の神気を宿す九つの魂は......!?
「霊陽神......!
随分と顔を出すのが早いな......!」
【よそ見をするな、テナウドリスト。
君の相手は、その少年だ......!】
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
会話の不意を突くように音越えの速度で地面を蹴り飛び上がる少年。
その姿はまさに、空を駆け上がる鬼神そのもの。
赤い髪、空の気流を大きく歪める闘気を解き放つ彼は、想像だにしない一撃を太陽の王に見舞った。
「不敗の鉄拳......!!!」
渾身の一撃。
太陽の王の首を一撃でへし折りかねない威力の拳がダイレクトに拳から伝わる。
拳から解き放たれる闘気は強い衝撃波となり、彼の拳を中心に森中に暴風が吹き荒れるほど、彼の規模は桁外れなものだった。
「ぐっはぁっ.......!!!」
「コイツは鬼の一撃だ。
妹、そして家族の分。
一人残らず、太陽軍は全滅させてやるよ......!」
意識が飛び、体があらぬ方へと傾く太陽の王。
彼の体に宿る炎はまだ生きている。
これは、コイツは、まだ死んじゃあいない......!
「少年、油断するなァアア!!!
そいつはまだ死んでねえ!!!」
「......!?」
一撃で屠り仕留めたという実感、そして確信。
それが少年の判断を強く歪める。
その瞬間、太陽の王は一時的な復活の兆しを見せていた。
「小僧が......!
この俺に、本気を出させるか......!!!」
「転移眼......!」
少年は一瞬の間を置くことなく、太陽の王への追撃を仕掛ける。
ルマは持ち前の強い眼力で太陽の王を視界の中に収めると、瞬時に照準を合わせたモノへと転移する『転移眼』を使用する。
この男、神の素質を持たなければ操れない力を当たり前のように使用している......!
度肝を抜かれ、呆然と成り行きを見つめるワシ。
しかし、太陽の王の底力は悪しき咆哮となり森と周囲の生命たちを襲撃した。
「腐朽の咆哮!!!」
先ほどの少年の闘気を上回る腐敗の波動が放出され、至近距離でそれを浴びたルマの体は吹き飛ばされる。
茶褐色の色味を帯び、なおかつ腐敗を引き起こす成分を多分に含んだそれらの波動は、一瞬にして悪魔の森はおろかそこに根付く大地の全てをドロドロと穢れ爛れた地へと変貌させる。
その様相はさながら、地獄そのもののような空気を醸し出していた。
「ぐぁああああああ!!!!!」
【ルマ!!!】
太陽の王の咆哮をじかに浴びた少年は、大地に埋もれながら全身を蝕む腐敗物質によってもがき苦しむ。
あれは、太陽の王がもたらす腐敗の力だ......!
よくよく見ると、地面でそれらを傍観していたワシの体にもそれらの物質がこびりつき、汚染し始めているのが分かる。
なんという、影響力だ......!
「ワシの体も侵されている.......!?」
【みんな、早く森の外に逃げるんだ......!
太陽の王は世界規模で大地を枯れさせ、また全てを腐らせる力を持っている.......!
あれをまともに浴びれば、ルマのようになってしまう!!!】
悪魔ドゥートスは悪魔の森の更なる被害を防ぐべく、周囲への呼びかけを行なっている。
そしてワシはというと......反射的にルマを助けに行っていた。
「無事か、少年!!」
「......触るな、ゴホッ.......!
僕は、結構ヤバいのを貰ってる。
腐ってる部位に触れると、おそらくアンタも大変な目に遭うぞ......!」
「心配するな。
ワシはこの程度では死なぬ。
月霊軍の戦闘員を舐めるな」
ワシはルマを背負い、一目散へと駆け出す。
大丈夫じゃ、ちゃんと知恵の洞窟への道のりについては教えられとる。
太陽の王、恐ろしい男だ。
だが、それと同じくらい、この少年には希望を感じた。
海天太冥の侵略王たち、その四つの王らを止めるには相応の素質と力を持つ者が一人でも多く必要になる。
そして今、この少年はその力を存分に発揮し、その強さを証明した。
我々月霊軍が、いや、数々の名のある武人が太陽の王一人を前にかすり傷一つつけられずに敗れたとさえ聞いていた。
それを、この少年は一人で、それも致命傷を叩き入れたんだ......!
「心配するな、少年......!
君は絶対に、死なせやしない......!
このワシの誇りにかけて、必ずやこの森から逃がしてやる......!」
これは一か八かの賭けだ。
ただでさえ、我々月霊軍の戦力は太陽軍一つを前にかなりの苦戦を強いられている。
だからこそ、彼の凄まじいパワーが必要になるのだ。
「生きろ、ルマ!
必ず生かしてやる!!!
こんなところでくたばったら承知しねえぞ!!!」
新たなる希望を背負いながら、ワシとルマの新たな物語が幕を開ける。




