第五話 盾狂いのモンズ
「あちゃあ。
随分酷い有様だぜ。
おい、太陽兵。
お前ら、流石に度が過ぎてんじゃねえか?」
動揺する太陽兵。
突如姿を現した男に兵士の一人が問いを投げる。
「貴様、何者だ!!
一体どこから現れた!?」
「ワシはモンズ。
モンズ・ハットルじゃ。
貴様ら太陽軍に引導を渡す『月霊軍』の戦闘員......!」
「モドゥロガガン......?
最近現れたという、厄介な野良犬どもか......!」
「モドゥロガガンを舐めない方がいいぜ?
お前ら太陽兵の討ち取れなかった猛者どもがこの組織には数多く在籍している。
無論、ワシもその一人じゃ。
もしお前さんらが戦いたいと申すなら、今ここで実力を見せてやってもいいのだぞ?」
「生意気な!!!
やっちまえ、野郎ども!!!」
「いや、待て......!
モンズか......モンズといえば、戦場を無傷で駆け回る伝説の盾狂いの名前だろう?
もしそれが本当であるのなら、今貴様を相手にするのは骨が折れよう。
残念ながら、今無駄な戦いで戦力を消耗する余裕などない」
「ああ。
ついでに言うと、お前ら太陽軍の襲撃に備えてよ、現在海から援軍を派遣して貰ってんだ。
もうすぐワシの仲間たちがお前たちを迎え撃つためにやってくるぞ?」
「武人の生き残りがまだいたとは。
誤算だな。
やはり、首を刎ねる武人の名前は一人残らずリスト化するべきだったか。
撤退だ。
今、手負の状態で万全の武人との戦いなど付き合いきれん.......!
総員、本国への撤退を命じる!!!
一人残らず剣を納めよ!!!」
「はっ......!」
ーーー
その後、太陽兵らの撤退はあまりにも軽やかで無駄のないものだった。
撤退を命じてからおよそ十数分、海沿いの街を囲っていた太陽塀の面々は一人残らず海沿いから姿を消していた。
「......流石の統率力だ。
さて。
あの悪魔と、この少年をどこに運ぶべきか」
ワシはこの謎の少年を人目につかない場所に隠し、海に投げ込まれた悪魔の救出に向かう。
それに、どうやら太陽軍にはワシのことは脅威そのものに見えたらしい。
『援軍』のハッタリが通用したかは定かじゃあないが、どちらにせよここで引き下がってくれたのはよかった。
あんな化け物どもと戦えばワシだってタダでは済まない。
おそらく、かなり無茶な遠征をしてきたがために戦力を必要以上に失うことを恐れたのだろう。
ワシも、運が良かったということだ。
「運が味方についたか。
お天道様にも見放されてなくて助かったわ」
その後、海へダイブし、沈みゆく悪魔を海面へ引きずり上げる。
それにしても不思議だ。
なぜ、悪魔が海を超えてこんなところに顔を出しておるんじゃ?
悪魔は基本、その多くが悪魔の森に在籍してると聞いている。
稀に森を出て人里に姿を見せる者も一定数は現れるらしいが、それにしても奇妙だ。
この少年とこの悪魔、どうも何か繋がりのようなものを感じてならない。
悪魔は気を失い、少年は深刻な火傷と腹部のダメージで起き上がれそうにない。
事態は急を要する。
【悪魔の森へ来い。
さすれば彼らを癒やせる】
「誰だ!?」
海の向こうから声が聞こえる。
どうやら、海上で発生している霧の向こうから何かが語りかけているらしい。
あの方角は、まさか......!
「本当に悪魔の森か......!?」
ワシはとある懸念を抱いていた。
悪魔の森、しいてはその周辺にある海や地形には鬼の形相をした化け物がうじゃうじゃいるという噂を聞いている。
それがどこまで本当かは知らないが、それが本当ならこの海渡りはあまりにリスクが大きすぎる......!
それに、この声の主が本物の悪魔かどうかも分からない......!
と、思っていたその矢先、海上に広がる霧の向こうから何やら海面にふわふわと浮かぶ影のようなものが見えていた。
あれは、なんだ......?
海岸に近づき、その影の正体が何なのかを目視で確認しようと試みる。
するとそれはまるで巡り合わせ、運命の一巡であるかの如く、すーっとワシの足元の砂浜に引き寄せられていたのだ。
「小舟じゃと!?
しかもオールまでついとる!?
一体、誰が......!?」
【ガフッ......!
ああ......アメトス.......】
呑み込んだ潮を吐き、悪魔は魘されるようにそう言葉を口に出す。
......アメトス?
そういや、この悪魔は悪魔の森と繋がりがあるかもしれないんだよな?
悪魔......今では宗教にもなっている絶大な影響力を誇る神の遣いの中の追放者。
行ってみる価値は、ある......!
ワシは一つ、大きな決断をする。
なぜそのような決断を取ったのか、今となっては分からぬこと。
しかし、一つだけ言えるのは、この決断は間違いではなかったということだろう。
ワシは二人を担ぎ、小舟に乗せたのちに海を渡るべくオールを漕ぐ。
海上に舞う霧の向こう側へと、一直線に。
途中、謎の橙色の人魂のようなものが霧の中でワシを誘導しているのが分かり、ワシはそれらに従って悪魔の森のある陸地へと向かう。
正直、不安がないかと言われると、そうではない。
悪魔の森の情報の多くは世間にほとんど流出することがないからだ。
中には悪魔そのものが太陽軍を率いているという噂まである。
それがどこまで本当か、正直少し興味はある。
そして何よりも、全てはこの少年らを助けるためだ。
この負傷では並の医術では治療は困難だ。
恐れず、前を向いて、考えておこう。