第四十三話 恩義(推敲版)
水の道、普通の地面と遜色ない硬度の道を僕は駆け上がっていく。
ただでさえ巨大過ぎる怪物の肉体は、近くに来ることでさらにその大規模さを実感できる。
が、無論勝算ありだ......!
勝てない戦いに無謀な戦略で勝負を投げ出す僕ではない。
必要ならばヤツの硬そうな背中にでも飛び乗って、背中を破ろうと試みたものさ。
だが、現在はその必要もない。
目の前のこと、僕を待ち受ける標的に照準を合わせれば、あとは本能で片付けられる......!
僕の本能は高速でドングラゲットの顎の下、すなわち人間でいう急所の真下に辿り着く。
そして......。
「大砲装填・射出拳!!!」
小さな肉体に込められたとは思わない威力の拳がドングラゲットの顎に突き刺さる。
ブオオオン、ズガァアンと音を上げ、怪物の脳が大きく揺れる。間違いなく、致命傷を与えられただろう。
手応えも十分なくらいある。
僕のとっておき、手加減なしの必殺パンチだ......!
「ま、こんなものか」
魔女に毒で苦戦したとは思えないほどに、僕は大規模な相手を痛快にノックアウトする。
まさしく、武神の名のつく武術家に相応しいパンチであった。
人相手じゃなければ、この程度造作もないさ。
と、僕の奮闘を目の当たりにし、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように僕のもとへ駆けつけたマステガローは、僕の健闘を讃えるようにこう言った。
「信じられねえよ......お前、俺っちらとの戦いで手加減してたのか?」
「うん、まあね」
「どうして加減なんかを?
お前なら、一撃で戦いを終わらせることだって......」
「無意識にやっちゃうんだよ。
人を殺したくないから」
「そうか......」
こうして僕と、いや、僕たちと海の怪物との戦いは幕を下ろした。
たった一撃での決着だったが、僕は久々に本気で打ち込んだ感覚が嬉しくなって、その手応えに満足げに悦に浸る時間が続く。
だが、この時の僕は思いもよらない。
少しずつ、本当に少しずつ、僕の体を何かが蝕んでいるということを。
ーーーーー
海の怪物ドングラゲットを撃破したその後、マステガローとイヴァイリオンはドングラゲットの分解作業を、僕はレウギの見張りを、そしてスシクラスは汚染された国全土の空気洗浄に取り掛かっていた。
「銅魔の素材は希少で役に立つもの多いのだがね。
一度死体になってしまえば、酵素が素材の大半を腐らせてしまう。
銅魔の素材が欲しけりゃ、生きたまま内臓を抉るくらいしか手が無いのが残念だよ」
「生きたまま内臓を抉るって......いつもそんなグロいことをしてんのか、婆さん......」
「しておらんわ!
そもそも銅魔そのものが現代では希少な種族じゃぞ?
そうそうお目にかかれることさえ少ないわ!!!」
「......しっかし、ルマって言ったか。
大したもんだ、このデカブツを瞬殺しちまうなんて、並の武人じゃねえのはたしかだな」
「......今までいろんな若いのを見てきたけど、あれほどのヤツなんてそうそう見れはしないよ。
あの小童、年齢の割にかなりの死線を潜ってきているような目をしている。
あれは、天性の怪物さ。
我が主でも手に負えるかどうか......」
「そういえば、太陽軍が直々に後を追っている武人がいるって、報告を受けた気がするな。
婆さん、もしやアイツ......」
「......ヒーッヒッヒ!!!
こりゃあしてやられたね。
ワタシャらはものの見事に、取り逃がした武人に出し抜かれちまったってわけだ。
ヒーッヒッヒ!!!」
「笑ってる場合かよ、婆さん。
俺っちらも身の振り方を考えねえと、本当に殺されちまうぞ?」
「腹を括れい、マステガロー!!!
ワタシャらはすでに降りれない船に乗っちまってんだ!
なら、最後まで堂々と生きようじゃあないか」
「婆さんらしいな。
まったく、清々しくて俺っちの立つ瀬が無くなるぜ」
【......話は済んだか、砂漠の魔女とマステガロー】
「......アメトス!
いや、スシクラスだったか。
うちの婆さんに何か?」
【......君らに私から話があるんだ】
ーーー
ユメール全土の掃除を終え、レウギを預かる僕と合流したドゥートスは僕に興味深い事実を僕に話してくれた。
【ユメールの民が閉ざされている地下施設を見てきたよ。
ただ、あそこには我々の事情を知らない警備兵が沢山いたから少しノビて貰ったけど、ユメールの民たちは全員傷一つなく死人もいなかったよ】
「......そういえばなんだけどよ、どうして魔女たちは僕らに協力的になったんだ?
僕は蚊帳の外だったから会話には何一つついていけてはなかったんだが、何の理由もなしに魔女が協力的になる理由が見えなくてな」
【魔女は昔、アメトスに命を助けられたことがあるらしいんだ。
スシクラスはそれらを共有してもらっていたらしいから、魔女のこと自体は昔から知っていたらしい。
そう、スシクラスが教えてくれたよ】
「つまり、命の恩人だから加担したと?
そんな簡単な話かよ、それ」
【魔女といえど義理堅かったんだろうね。
彼女に付くマステガローという男も彼女には恩があったみたいだし、取り付く島としては適切な相手だったんだろうさ】
「ふぅん。
魔女の背景を知っていて、尚且つ彼女が味方につくのを見越したと?
それが本当なら、随分と賭けっぽいことをするんだね、アメトスって」
【スシクラスが何を考えていたかは分からない。
ただ、一つ言えることは、猛毒の魔女は人から貰った恩を蔑ろにするタイプじゃなかったってことさ。
ほんと、どこまでお人好しなのやら......】
「お人好しの、魔女か......」
他愛ない会話を弾ませながら、僕らはお互いに持っている情報のやり取りをする。
そんな中、レウギの父を名乗る鍛冶屋のルイドが声を上げてこちらに手を振り駆け寄ってきていた。
「おーい、レウギー!!!
アメトス様ー!!!
無事ですかー!!!」
「父ちゃん!!!」
レウギは脇目も振らず、一直線にルイドの胸に飛び込む。
「お父ちゃぁあああああん!!!!」
「怖かったな......無事でよかった、レウギ......!」
二人はお互いの無事を喜び、噛み締める。
ほんと、微笑ましい光景だ。
少年を無事に守り抜けたこと、本当に良かったと思う。
しかし、この父さんも、よりにもよって一人だけ鍛冶屋に隠れていたわけだから、大した肝のすわり具合だ。
このおじさん、何と一人で魔女の討伐を果たすべく一人港に隠れていたそうだ。
するとそんな時、とある怪物の暴走に巻き込まれ、そこを魔女に救われた。
そんな経緯もあって、彼は魔女に対してそれなりの信頼を寄せているそうなのだ。
なんか、不思議な話だ。
僕らが国の復興を少しばかり手伝っている中、スシクラスは一つ僕に提案を持ちかけてきた。
【ルマ、ドゥートス。
君らは一刻も早く、次の目的地であるゴイガック帝国に向かってくれ!
そこに私の同胞エゲルミイがいるはずだ!
君たちの存在が太陽軍に漏れる前に次の国の奪還に着手するんだ......!】
「スシクラスはどうするの?
一緒に来る?」
【私はユメールの防衛だ。
もしユメールの奪還が太陽軍に知れ渡った時、それを守れるのは私と魔女しかいない。
私と魔女はこの国の防衛を担当する。
ここから先は、よろしく頼む......!】
「分かった......!
ここは頼んだぞ、スシクラス!」
【ああ......!】
こうしてユメール王国奪還を終えた僕らは次なる目的地ゴイガック帝国へと向かう。
はたして、ゴイガック帝国には何が待ち受けているのか。
それは誰にも、分からない。
ーーー
カイコリオ大遊国玉座の間。
太陽軍本拠地として拠点を持つ彼らはユメールの動向が音信不通であることに違和感を覚えていた。
「ユメール王国との通信は?」
「はっ、現在繋がらない状態でして......」
「魔女め。
モタモタモタモタと、一体何をしている?
俺を待たせるなど、あの女らしくもない」
「......視察に向かわせますか?」
「ああ。
ゴイガックのプラストルを向かわせろ。
ヤツなら隣国だ。
情報収集にはうってつけの位置だろう?」
「はっ、仰せのままに......!」
「......フハハ、相変わらず世界は俺の思い通りにはならないものだ。
だからこそ、この俺が屈服させるに相応しい......!
必ず治めてやるぞ、この地上全てを......!
必ず、成し遂げるんだ......!」




