第四話 緑の髪のテナウドリスト
「いた......やはりここに逃げていたか、武術家......!」
ズシッ、ズシッと太陽兵の面々がこちらに近づいているのが分かる。
だが、それよりも気がかりなのが、それらの兵士の多くよりも遥かに強く、そして大きな力を持つ何かが迫っているということだ。
僕はここで、思いもよらぬ絶望を味わうこととなった。
「武術家ルマ!!!
聞こえたら返事をするがいい!!!
お前の妹、マーシを預かっている......!
これの命が惜しければ、今すぐ姿を見せに来い......!
お前の命と引き換えてやるよ......!」
ルマ、それは僕の名前だ。
父に名付けられ、師匠や知人に親しみをもって呼ばれた呼び名。
無論、僕にとって宝物のような名前だ。
「マーシ......!?
まさか、見つかったのか......!?」
【乗るな!!!
そいつは罠だ!!!
みすみす命を捨てに行く行為は絶対にやめるんだ!!!】
僕は人質と悪魔の忠言の間で感情がせめぎ合うのを感じながら、ブルブルと震え、そして思わず太陽兵らの前に身を乗り出してしまう。
「へっ、馬鹿め......!
むざむざと死ににくるとは、やはり武人というのは阿呆か!!!」
「ぐっ、やはり罠か......!!!」
僕は太陽兵らに銅色の剣と槍を突きつけられる。
これは、完全なピンチだ。
【しまった......!
目を離した隙に......!】
悪魔は僕を救うべく急いで援護に駆けつける。
足がなく、宙を浮かびながら黒い亡霊の如くヒラヒラとこちらに迫ってきているその姿に死神を彷彿とさせるものがあるが、そんなものはお構いなしにヤツに水を差す物体が天から地上に突き刺さる。
それは、槍だ。
黄金の槍。
宙を飛ぶ悪魔の額部分に擦り傷を与えると、その槍の主は空から攻撃を仕掛けてきた。
「......さあ、見つけたぞ武人......!
この俺を脅かす武術の申し子。
お前を殺しにここへきたんだ......!」
【太陽の王......テナウドリスト......!】
「......コイツが!?」
悪魔が太陽の王と形容したその男......そいつは十三の数字の書かれた握り拳サイズの王冠を被る緑の髪と橙の瞳を有する風格のある男だった。
そしてその常人離れした圧倒的な気迫、闘気。
間違いなく、僕の人生史上最強格の強敵だ。
コイツが......僕の街を......師匠を、あんな目に遭わせたのか.......!
「相変わらず、武人の類は諦めが悪いな。
どんなに追い詰めても全く屈する兆しを見せやしない。
流石は俺の認める、俺の天敵らだ。
その気の強さに敬意を表し、お前に特別な絶望を与えてやろう......!」
太陽の王、緑髪の男テナウドリストは自身の部下に合図を送り、そして僕の思考をいとも容易く絡め取る最悪の光景を目の前に提示した。
「......!
お兄ちゃん!!」
「マーシ!!!」
それは妹だった。
僕の巻き添え食わないようにと、僻地に避難させたはずの妹が太陽兵に捕えられていたのだ。
「......さあ、どうする?
この女の命とお前の命、どっちが大事だ?」
「ぐっ......ぐうっ......!」
「まあいいや。
やれ」
「はっ!」
グシュリ。
ほんの一瞬の間の出来事だった。
僕の妹マーシの口から大量の血が吹き出る。
彼女の胸からは太陽兵の持つ銅色の槍。
間違いなく、それは即死してもおかしくない最悪の出来事が目の前で繰り広げられていた。
「マーシ!!!
マーシ!!!!」
「ハーッハッハ!!!
最初から逃すわけがなかろう?
この女も、お前も、この俺に歯向かったヤツらは全員漏れなくあの世行きだ。
一人も逃すものか......」
「へーっはっはっは!!!
流石は王!
相変わらず容赦ねえぜ!!!!
へーっははは!!!!」
「......ふざけるな!!!
マーシを、離せえ!!!!!」
「おっと、飛びかかっても無駄だぞ?
お前はすでに俺の攻撃を受けている......!
太陽螺旋!!!」
「......は?」
太陽の王の手のひらから幻想的な炎の紅葉が舞い散り、僕の皮膚に触れる。
その瞬間、途方もないエネルギーがそれらの紅葉から流れ込み、極上の炎がその場を包み込んだ。
「がはっ......!!」
【ルマァアアア!!!!
おのれ、卑怯極まりないぞ、テナウドリスト!!!】
「卑怯も何もない。
騙された方が馬鹿なんだよ。
さあ、エリィ。
この男どもを殺せ......!」
「はっ......!」
エリィと呼ばれる男は僕に急接近し、極上の炎で負った火傷の上から更なる致命打を拳から注入する。
「ぐあっ......!」
【ルマァアアア!!!】
「無駄だよ、悪魔。
お前じゃあ、我々の軍には敵わない......!」
【クソッ、こんな時に全盛期の力があれば.......!】
「さあ、さらばだ。
この街並みと共に、一人残らず灰と化せ......!」
エリィの光る右脚が悪魔を襲う。
どうやら、その男の攻撃は悪魔には致命傷だったらしく、悪魔は勢いよく海の方へと蹴り飛ばされた。
【グゥううう!!!】
「終わりだ。
これで、武人の時代は幕を下ろす。
新時代の幕開けだ......!
フーッハッハッハッハ!!!」
王の高笑いがその場にこだまする。
あからさまな窮地、もはや手の打ちどころの見つからない最悪の死地にて、ルマの命運が消失しようとしたその時、その男は王の前に現れた。