第二十五話 記憶の植え付け(推敲版)
僕はたしかに、と納得した表情を見せる。
悪魔の森の規模は正直今までの旅路の中で最も過酷だったと言ってもいい。
あまりにも目的地のある洞窟に辿り着けなかったも相まって、僕は異常な空腹に襲われていた。
ほんと、よく無事で生き延びられたなと心底思う。
同時に太陽軍もよくあそこまで僕を追いかけたなとも思ったけども......。
【しかし、太陽軍の執着も侮れないものだったね。
流石に悪魔の森相手じゃ分が悪かったんだろうけど、若干恐怖を感じるレベルだよ、あれ】
「ある意味、悪魔の森に救われたってところか。
ならば、次は僕らが太陽軍に借りを返さないとね。
あの異常な強さを持つ本軍を止められなければ勝ち目はない......!」
水の国ユメール。
太陽軍に占拠された国は太陽軍幹部こと太陽十三天聖の支配下に置かれ、その後悲惨な末路を辿るという噂さえ聞いているレベルだ。
奴らが世界にもたらしているもの、それは害悪極まりないもの。
地上の支配に取り憑かれ、世界を思うがままにしようとする太陽の王を僕は絶対に許しはしないぞ......!
必ず、決着をつける。
そのために必要なものを一つ一つクリアするんだ。
それが、僕の最初で最後の使命なのだ。
ーーーーー
僕の脳内にはユメール王国に関する一部の情報が共有され、流れてくる。
それは先ほどシカニサ峠にて他愛のない会話をドゥートスと交わした直後のことだった。
ドゥートスは僕の額に直接人差し指を突きつけ、そこから何か黒い電気のようなものを僕の脳内に送り込んだのである。
それも相まって、僕は今不思議な状態の思考回路になりつつあった。
ユメール王国に関する情報が必要最低限だけ脳に書き記され、焼き付けられたかのような感覚。
まるで記憶そのものを植え付けられたかのような感触だ。
この生まれて初めての感触を前に、ドゥートスは説明を順を追って開始した。
【驚いたかい?
これは僕が君との契約で貰った『記憶の一部』を君に植え付けたものだ】
「記憶の、一部?」
【うん。
これは僕と君の契約が特殊だからできるんだけど、僕は君の記憶を十年分貰ったけど、逆に貰った記憶から抽出した情報を君の頭に植え付けることもできるんだ。
もちろん、僕の匙加減一つでね】
「なんだよ、じゃあ重要な記憶なんかは知識として共有できるってことか? なんでそれを先に言わねえんだよ!」
【なんでって、そういう取り決めだったでしょう?
君は僕の力を一部借り、そして僕はそれに応じた記憶を貰う。
単純なことだよ。
あくまでも一方的な契約にならないよう、僕らは事前に『必要最低限の情報以外は植え付けない』って契約を交わしたはずだよ?
その記憶は君自身がきちんと保有しているはずだ。
忘れたとは言わさないよ?】
「うぐっ......」
そう、それに関して言うならば、たしかにドゥートスの言った通りだった。
ドゥートスと契約を交わす際、ドゥートスは『これらの条件が呑めない時、もしくは君が一方的に要求を強要した時、僕は必ず契約を一方的に破棄するから、忘れないでよ?』と何度も念押しされてたんだった......。
そうだ、ドゥートスの能力には想像を超えるような秘めた力があるから、ドゥートスの力を手にしようと邪な人間たちがドゥートスに擦り寄ってきたというのは言ってたっけ?
たしか、そういう経緯で僕との契約にも慎重を期してたって必死に力説してたんだよな。
「しかし、余裕がなかったとはいえ、僕もかなり迂闊なことをしてるよな。
見知らぬお前の意見を鵜呑みにして、ましてや契約してるんだし」
【君との契約に関しては、まあ僕が自分の目で見て決めたことだから悔いはないよ。
ただ、君を戦いに巻き込んでしまうことに関しては申し訳なく思う】
「いいよ、別に。
最初から太陽軍とは戦う気だったから」
そしてたしか、契約の際にこんなことも言っていた。
『僕が契約を破棄する時は記憶は戻らないから』と。
つまり、ドゥートス側にある程度従う必要がある契約でもあるのだ。
それを思うと、僕って普通にドゥートスとフラットに会話してるけど、これって大丈夫なのか?
【何か心配事をしている顔だね。
でも大丈夫だよ。君が思ってるようなことにはならない。
誠実な人間には誠実な対応が返ってくるべきものだよ】
コイツ、たまにすごいまともなこと言うんだよな。
普段のコイツに関するイメージや僕の持つ偏見のせいかはわからないが、コイツがこういうことを言うと大きなギャップを感じてならない。
おそらく、僕が思っている以上にコイツは優しくて、それでいて知恵に長けている部分がある......なんとなくそう思う。
本当に予想外の角度から、まるで死角から虚を突くようにどこか軽視できない独特の言葉を口にしている。
それがドゥートスという悪魔の本質なのか、はたまた別のものなのか、詳しいことは分からないが、少なくとも僕はその言葉の片鱗があるというだけで少しだけ信頼を置ける人物として評価ができるようになっている。
流石は悪魔というところか。
僕はドゥートスとそんなやり取りを交わしながらシカニサ峠を降りていく。
そんな中、僕らが峠を降りきった辺りで、自分らの背丈の一回りはある巨大なリュックを背負った妙な人物とすれ違った。
その人物は僕らを見るや否や振り向きざまに声をかけ、僕らの足を止めた。




