第二話 神の灯火
「ハァ......ハァ......」
命からがら、千鳥足になった足を引きずり、樹木に寄りかかる。
疲労感が全身を包むが、どうやら僕は悪魔の森に辿り着いたらしい。
影の悪魔がそう僕に囁いてくる。
「......こんなところじゃすぐに見つかる......!
早く、森の深いところに......」
重い足を持ち上げ、森の深部に一歩一歩踏み入っていく。
思考は枯れ、腹は呻く。
限界をとうに越え始めている頃合いだ。
全身が悲鳴を上げている。
苦痛と、追われる恐怖、世間に蔓延する悪魔の森の噂が僕の足を引き攣らせる。
......緊張の糸が解れない。
これほどの極限状態に陥ったのは生まれてはじめての経験だ。
全身の怠さ、渦巻く感情、そして謎の使命感が僕の情緒をぐちゃぐちゃにしてくる。
まるで死の淵に立っているような感覚だ。
「今頃、ヤツらが躍起になって、僕の足跡を追っている頃合いだろう......。
クソッ、ネガティブな考えばかりがよぎってくる......!」
歯を強く軋らせ、半ば力技で体を動かす。
今は一糸の希望の糸でさえ、暗雲に揉み消されて見えなくなっているようだ。
ハァ、ハァ、辛い......。
こんなに辛いのは、師匠のスパルタ訓練依頼か......いや、よくよく考えればもっと辛いか......。
今は、本当に命を狙われている状況だ。
あーあ、あんまり馬鹿しなければよかったかな......。
そうすれば、もっと生きられたかもしれない、のに、な。
視界が揺れ、勢いよく地面に倒れ伏す僕。
もう、無理だ。
散々森を歩いたが、終わりが見えない。
僕は、ここで死ぬんだ。
もう、終わりなんだ......。
ダメだ、泣くな......。
こんなところで終わるからって......。
泣くな、泣くな、泣くな......。
後悔したって、もう体が動かないんだぞ......?
クソッ、クソッ......クソッ!
「もっと......いろんな人を、救いたかった......」
助けたい。
それはきっと、自分への救済に繋がる道だ。
自分を助けるために人を助ける。
もはや、僕に存在意義など残ってない。
そんな時、あの声が僕の耳に届いてきた。
【赤い血は好き?
大丈夫、君は死ぬから】
幻覚......?
こんな時にまで、意味の分からない不思議な幻聴を耳にするなんてな......。
僕はきっと、死神に愛されている.んだ.....。
ああ、後悔しても、しきれない......。
そうでなきゃ、こんな言葉を聞くことなんて、ないのに......。
【赤い、悪魔......】
ーーー
赤い揺らぎ、死線を次々と突破する神の灯火が悪魔の聖地を横断する。
まるで戦神の如く敵意と殺意を撒き散らすそれは、ゆらりと宙を地面と垂直に立ったまま飛行する。
まさに、人ならざる者の所業だ。
赤みの宿った魂は次々と森の魑魅魍魎たちを圧倒し、そして倒れ込む男の命に宿る。
するとたちまち、男は復活を果たし、そして再び力尽きる。
ーー
男は一部の者以外立ち入りを禁止された神聖な洞窟に堂々と侵入。
そして......。
【貴様、何者だ?
神聖なる智慧の神窟に無断で踏み入るなど......!】
「やあ、アメトス。
元気かい、僕は全然元気じゃないが」
【気が狂ってるのか?
正気の沙汰とは思えんな。
貴様、なぜ森に踏み入った?】
「折り入って相談があるからさ。
ま、互いに腰を下ろして話し合おうや」
【断る。
話は端的に伝えろ。
そして今すぐ国へ帰れ。
この森にお前の居場所など一つもない!】
「そうカッカするなよ。
代わりにちょっとした土産話をしてやるからよ。
真剣に聞かなきゃ絶対に後悔するぜ?」
【言ってみろ。
内容次第では即刻その首を落とさせてもらう】
「......ノノレマ神の話だ」
【ノノレマ、神だと!?】
「ああ、創造主の代理としてこの世を治めているとされている神だ。
そのノノレマ神について一つだけ情報があってな」
【......言ってみろ】
「実はこの少年、ルマの依代にその片鱗が宿っているんだ】
【......なんだと!?
じゃあ、お前はまさか......!】
「ああ、ノノレマだ。
この少年の体を借りて、しばし自意識を取り戻している」
【......お待ちしておりました、ノノレマ様。
一体、どのようなご用件で?】
「お前たちには昔から世話になっていた。
昔の時代を知る者も今ではかなり少なくなった。
おそらく、今回地上に現れた太陽の王テナウドリストの出生は、十中八九『勝利の果実』が関与している。
お前たちにはそれを調べて欲しい」
【......御心のなままに、我が主】
「それと、この少年とは内密に契約を結んでおけ。
万が一が起きた時、この少年を守れるのはお前たちだけだ。
ノノレマ神の名にかけて、この男は絶対にこの世界の希望にしてみせる......!」
【......ノノレマ様が自ら出てくるほどの事態です。
きっと、よほどの事態なのでしょう】
「無論だ。
戦乱の世を迎え、世界は再び神話の時代へと舵を切る。
だからこそ、人間の命を守るには相応の力を持った英雄が必要なのだ。
頼んだぞ」
【はっ......!】




