第十九話 諸悪の根源(推敲版)
石の剣王は全身から憎悪のエネルギーを噴き出す。
この感じ、さっきも見た闇の靄だ。
この男、人間とは思えないような体質をしてるな。
体全体を侵食する黒の領域が徐々に増え、全身を覆いつつある。
一見気味が悪いが、それよりも気味が悪いのは石の剣王がガンナットに行ったあの力だ。
掴んだ場所から全身にかけて伝播した石化の力。
あれが問題だ。
あの男の左手か、はたまた右手か、もしくは皮膚に触れることか、または全く異なるのか......。
どれにせよ、石化の条件が見えない状態で下手に接近されるのはまずい。
だが、僕の武術は近接戦に特化したスタイルだ。
場合によっては覚悟を決めなければならないようだな。
「......なぜ無口になる、小僧?」
「いや?
ぼちぼち、アンタを仕留めておこうかと思案してな。
どんな風に倒されたい、アンタ?」
「煽るのが好きなんだな、お前。
俺でなければムキになっているところだ。
ふはっ、そういう自信満々の態度、そしてそれに見合う実力と胆力は認めてやろう。
だがここまでだ。
お前では天才の俺の敵にはなり得ない」
「それはどうかな?
お互い手の内を隠しているだろ?
実力の底が見えない限り、勝負は常に何が起こるかはわからないものだ」
僕は拳をぎゅっと握りしめる。
それと同様に石の剣王も右手にある立派な片手剣を強く握る。
互いが互いの一瞬の隙を狙う、そんな緊張感が漂う中、僕は先手必勝のジャブを仕掛けた。
が、僕のジャブはフェイント、つまり相手に剣を抜かせるための囮だ。
実際は相手まで伸びるほどの射程はなく、瞬時に自分の喉元に腕を寄せ、本命の攻撃を当てるための隙を作るのだ。
僕が拳のフェイントを入れた途端、石の剣王はわかりやすくその誘いに乗り、射程で有利な剣を横薙ぎに振ってくる。
なるほど、わかりやすい。
僕は剣の軌道を読み、横薙ぎに飛んでくる剣の先端を間一髪スレスレで躱す。
そして......僕の攻撃がダイドロットのみぞおちに命中する。
「武人の気合い!!!」
拳から放たれる衝撃波が石の剣王の全身に伝わる。
正直、手応えのある一撃を与えられた実感はある。
体の芯を撃ち抜いたような感触と、ここで終わりではないという緊張感が僕の体を奮い立たせてくれた。
「......やるね。
圧倒的に優位なはずの剣士相手に素手で潜り込みリーチの有無を消すなんて、剣士の強みを否定されている気分だ」
「真の強さは武器の有無でも技でもない。
圧倒的な格差だ。
格差が人を本当の意味で優位に立たせる。
それだけだ」
「.....格差?
なるほど、興味深い。
それがお前が導き出した答えの一つか?
ならばその答え、俺の復讐に刻みつけてみろ......!」
石の剣王は更なる速度で僕に急襲を仕掛ける。
今度は単純な突進ではなく、左手が僕めがけて一直線に向かってきているのがわかる。
この男、いよいよ露骨にあれをするつもりかもしれないな。
「よし、受けて立とう......!
正面から、叩き落とす......!」
僕は石の剣王の剣撃、掌底の猛攻から後退しながら回避を繰り返し隙を伺う。
その間、石の剣王は人間業とは思えない力技を披露して見せた。
「葉刃連剣-夕陽の舞!」
石の剣王は手首に捻りを加え、腰の捻りと共に美しい竜巻と暴風を描く技を披露する。
回転する斬撃の塊は石の剣王の回転する剣先からいくつも飛び出し、僕のもとへ次々と襲いかかる。
まったく、厄介な飛び道具だ。
「一瞬で、詰め寄る......!」
僕は斬撃の塊と暴風が吹き荒れる台風の目に瞬時に間合いを詰める。
が、僕の思惑は彼の手中にあることを思い知らされる。
「困ったら接近する癖。
戦い方なんだろうが、もう少し慎重になるべきじゃないか?」
「しまっ......!?」
まるで握手を交わすかのように石の剣王は僕の左手をガッチリ掴む。自身の左腕の先端が徐々に石に変わっていくのを目の当たりにし、僕は急いでその腕を振り解く。
が......。
「左手はもう使えないな。
悪かったな、俺の復讐に付き合わせて」
「クソッ、復讐って、僕が何をしたってんだ......!」
「いや、何も?
強いて言えば、友人を亡くして許せねえってところかな」
「......は?」
「復讐ってのはそういうもんだろ。
自分を絶望させたもの、自分を地獄へ引き摺り下ろしたもの、その全てに憎悪の火が飛び散るものだ。
人の世はいつだってそう。
理不尽で、不可解で、絶望的だ。
俺の友人もそうだ。アイツは理不尽に殺された。
なんの意味もわからず。
闇に呑まれたんだ。だからよ、俺は許せねえんだ。
俺の親友を理不尽で潰した世界を、そしてその世界の住人を......!」
「ちょっと待て!
どうして人にまで復讐が飛び火してるんだ!
全くの無関係じゃないか!!!」
「無関係? 笑わせるな。
この世界の不条理を作り格差を生み出したのは人間自身だろ。
この世界がこんなに闇で溢れているのも、人が憎悪を抱かなければならないのも、元を辿れば全て人間だ。
人間の残した禍だ......!
......人間は昔から諸悪の根源だと思っていた......!」
「その理論はおかしいだろ......!
人の考えなんてそれぞれだ。
悪意で人を困らせる者もいれば、ロクでもない奴もいる。
でもな、優しくて誰かのためを思える人間だって世の中にはたくさんいるんだ!
お前は彼らの思いを踏み躙った発言をしている!」
「......じゃあ聞くが、この世に人間以上の疫病神がいると思うか?」
「......なに?」
「俺が言いたいのはそれだけだ。
たとえどんなに優しかろうと、所詮は都合が絡むのが人間だ。
恐ろしく、自分のためならば手段を選ばない。
なぁ、美点ばかりで救えるものなんてあるのか?」
「.......それは.......」
「......水を差して悪かった。
決着をつけよう。
俺が勝てば地上の人間全てを俺が石に変える」
「させはしない......!
この命に代えても!」
僕は重くなった左手を振り上げ、装填された拳をグッと顎の下に構える。
これがきっと最後の一発だ。
そんな予感がする。




