僕が彼女を好きになったきっかけ
「そうだ!…違うな…」
「そうだ!…違う…」
「そうだ!」
稽古場に到着すると、彼女は、拳を頭よりも遥か高くに上げ、台詞の練習をしていた。
僕は、彼女に気づかれないようにドアを開けた。
「そうだ!」
彼女は、首をかしげていた。自分の演技に納得がいっていないようだった。
「三浦さん!」
僕が呼びかけると、ようやくドアの方へと視線を移した。
「あ!桜田さん!どうされたんですか?」
「三浦さんに報告したいことがあって!」
「報告?」
彼女の表情が一気に険しくなった。
「実は、僕企画部に異動になったんです。」
「え?企画部って桜田さんが希望されてた部署じゃないですか!」
彼女は、自分のことのように喜んでくれた。
彼女の表情は、明るくなった。
「あなたのおかけです。」
「わたし?」
「はい。あなたが僕の長所に気付かせてくれたおかげです。」
「いえいえ。私は、思ったことを言っただけですよ」
彼女は、照れくさいのか前髪を何度も触っていた。
「私こそ桜田さんに感謝しています」
「僕にですか?」
「私の努力って気づいてくれている人いるのかな?ってずっと不安だったんです。でもあなたが見てくれていた。それだけでこれまで以上に頑張れます。」
僕がしたことが彼女の役に立っていたことが嬉しかった。
その事実が恥ずかしくなり、僕は、彼女の目を見ることが出来なくなったのを覚えている。
この頃のことだったと思う。
僕が彼女に対して他の人とは異なる感情を抱いていることに気づいたのは。