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無名舞台女優が主役に抜擢?

「この度、劇団エギザレムの主演女優に就任しました三浦瑠璃がご挨拶させて頂きます。」


司会進行役の声と共に彼女が舞台上へ登った。全身真っ赤なドレスを見に纏った彼女は、これまで見てきた彼女の中で1番美しかった。彼女がマイクを持った瞬間、カメラのフラッシュ音が会場中に響いた。


「主演女優に選ばれた感想をお聞かせください。」

「今後どのようなお役に挑戦してみたいですか?」


記者たちが彼女に当たり障りのない質問ばかりをしていた。このまま平穏に終わると思われていた記者会見だったが、ある男が切り出したのである。


「多くの方が真鍋麻衣が次の主演女優になられると予想されていましたが、今回三浦瑠璃に決定された理由をお教えください。」


彼のその質問で会場内がザワザワとし出したのが分かった。彼女が登壇している舞台前に立っていた僕を含めた社員たちもキョロキョロと周りを見渡す。ふと彼女の表情を見ると、険しい表現を浮かべていた。


「そのような質問は、お控え願いますように。」


彼女の隣に座っていた理事長が口元の髭を触りながらそう答えた。だが内心焦っているように見えた。手に持っていた杖が震えていることが物語っている。


僕たちの劇団では、通常、段階を踏みながら主演俳優、主演女優へと駆け上がって行くのが主流である。

まず入団してから市民会館で行われる若手公演の主演に選ばれることが第1条件である。

その公演で主演を務めると、市民会館を卒業することができる。

そして次のステップとして、ホール公演の主演を務める。

そして僕たちの劇団が所有しているエギザレムホールで行う公演で大きな役を演じる。この全てが揃って初めて主演女優に就任することができるのだ。主演女優になることができる人は、この劇団でたった1人だ。狭き門なのである。


現在主演俳優が榊原レオン、主演女優を河辺真凜が務めている。だが次回公演で河辺真凜が劇団を退団することになった。そこで今回、新たに三浦瑠璃が就任することになったのだ。


河辺真凜が退団を発表した際に次期主演女優についてファンの間では、様々な予想されていた。その中でも最も多く名前が上がったのは、真鍋麻衣だった。真鍋は、入団3年目で市民会館でヒロインを務め、その勢いのまま入団4年目でホール公演でも主演に選ばれた。そしてエギザレムホールの公演においても主演女優の次に目立つ役を演じていた。そして入団10年目の今年、彼女が念願だった主演女優に就任できると誰も信じて疑わなかった。だが選ばれたのは、入団8年目の三浦瑠璃だった。彼女は、市民会館、ホール公演でヒロインを務めたこともなければ、エギザレム公演においても主要なキャストを演じたこともない無名女優だった。そんな彼女の抜擢にSNS等では、様々な憶測が飛んだ。


「え?麻衣ちゃんじゃないの?三浦瑠璃って誰?」

「三浦瑠璃って理事長の彼女なんじゃないの?」

「理事長ってもう70近いからないよ。さすがに。」

「じゃあ親が金持ちとか?」

「え?コネ入団ってこと?」


社員である僕も正直言うと、次の主演女優には、真鍋麻衣が選ばれると思っていた。彼女は、歌、芝居、ダンスの実力もあり、ビジュアル面でも西洋寄りの堀深い端正な顔立ちをしていた。また主演俳優である榊原レオンは、身長168cmと小柄の為、同じく小柄な真鍋麻衣とは、並びも抜群であった。現に前回公演の「愛してやまない君」という作品では、榊原の元カノ役を演じており、主演女優の河辺真凜よりもお似合いだと評判が良かったのだ。だが選ばれたのは、これまで民衆役や通行人しか演じたことがない三浦瑠璃だった。しかも身長は、170cmあり、歌、ダンス、芝居なども正直言って上手いとは言えなかった。しかし、彼女には、河辺よりも優れている点が1つあった。それは、努力家だと言うことだ。劇団エギザレムでは、稽古が終わった後、自主練の時間が設けられる。自主練をせずに帰る劇団員もいれば、最後まで残る者もいる。真鍋は、前者で、三浦は、後者だった。そのような点が買われての抜擢だったのではないか。この時の僕は、そう信じていたのだった。だが真実は、そうではなかったと後に気づくこととなる。


記者会見を終え、僕は、いつものように稽古場へ向かった。僕は、この劇団で働き始め8年という月日が流れた。入社当初は、自主練の見張り役をしていた僕だったが、最近では企画会議にも参加できるようになるなど出世を果たしていた。だが初心を忘れない為に劇団員の練習している姿は、1日に1回必ず見に行くことに決めていた。稽古場のドアを開けると、長椅子の下に誰かがうずくまっているのが見えた。僕が入ってきたことに気づいたお団子姿にレオタードを着た女性は、素早く立ち上がり、目を擦った。


「おはようございます!」


真鍋麻衣だった。彼女の鼻は、ひどく赤くなっており、目も酷く腫れていた。僕は、彼女になんという言葉をかけてあげたら良いのだろう。2人の間に沈黙の時間が流れる。


「良かったね。おめでとう。」


彼女が僕に祝福の言葉をかける。


「なんでおめでとうなんだ?」


すると、彼女は、手を組み、笑いながら、

「気づいてないとでも思ったの?」

と言った。


僕は、何のことだかさっぱり分からなかった。


「あなたたち付き合ってるじゃない?私が気づかないとでも思ったの?」


まさか彼女に気づかれていると思っていなかった。


僕桜田賢治は、三浦瑠璃と交際している。そして先日婚約し、来月に結婚する約束をしていた。結婚と共に彼女は、退団する予定だったのが、今回このような事態になり、その話も白紙になりそうなのだ。


「あなたたち結婚するんじゃなかったの?」


「さすがに無理だね。」


僕は、何を話しても彼女を傷つけてしまう気がして、言葉が上手く出てこない。


「桜田さんに彼女の秘密教えちゃおうかな。」


「秘密?」


彼女は、何かを企んだ笑みを浮かべた。


「彼女が今回主演女優に選ばれた本当の理由、知りたい?」


「知ってるのか?」


彼女は、大きく頷いた。


「まず私が入団3年目の時、市民会館公演のヒロインに選ばれた時…」


彼女は、今から7年前の話を始めた。


僕は、この話によって真実を知ることとなる。それを知った時、僕に訪れるのは、幸せなのか?不幸なのか?この時の僕は、知る由もない。

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