最後にエビフライ食べたのいつだっけ。
帰宅中、自転車に乗っていると脳が変に働こうとする。
仕事の疲れで寝ぼけかけた頭に、ペダルをこいで血が送り込まれると、奇天烈なことを思いついたりするもので。
オリジナルのゲームを思いついてしまったのが、ことの始まりだった。
ゲームのルールは、まず颯爽と出題者をひとり決める。
他の参加者は回答者となり、食べ物の名前を順番に言っていき、それを出題者が「どれくらい食べていないのか」を自己申告する。
これで、出題者が長いこと食ってないもんを宣言したプレイヤーが勝ちだ。
楽しいかどうかは別だ。思いついてしまったんだから仕方ない。
よっぽどやることがないけど、人数だけはいる、みたいなときに
これならまだスマホの残りの電池量を見ていた方がよっぽど有意義なレベルのゲームだが、今一度言おう。
思いついてしまったんだから、仕方ないと、言った。
絶対に弱いのは「カレーライス」とかだ。
一年食ってないのはありえない、じゃあキャビアとか言っとけば良いか? 一年に一回食うか? 美味いか? あれ?
なら、一度も食べたことのないものを宣言すると反則で、負けとかまあそんな感じにする?
考えているうちに、散歩している柴犬を追い抜かす。犬カワイイ。後ろから眺める尻としっぽカワイイ。
運転中に視線が外すと、俺は反射的に自転車の速度を緩める。一番はよそ見をしないことが肝要だが、してしまうのだから仕方ない。犬カワイイ。
速度を緩めた分だけ、信号に間に合わなかった。帰宅途中の信号待ち。
じゃあ、俺が一番食ってない食べ物、なんだっけ。
五年前に日本一周旅行をしてそのときにご当地グルメをだいぶ食べたが、
そのときのご当地モノとかはもう五年食ってないけど、それは含めないとして。
それこそキャビアとかそういう高級なのは面白くないし、普通な食いものの中で何かないか。
ほとんど無意識に、信号待ちのついでで今日の野球放送の時間を確認し、阪神の糸井選手の名前が目に入り、ふと、つながった。
「エビフライ、いつ食ったっけ?」
糸井でエビフライというのは、契約の際にどんな交渉だったかを訊かれたのに、何を食べたかを訊かれていると勘違いして「エビフライ!」と答えたという話。
少なくとも糸井選手はこのときに食べているわけだが、俺は、そういえば、いつ、食べただろう?
いやそれ何年前だっけ。オリックスから阪神にいったとき……それより、俺、エビフライ食ってないんじゃない?
そもそも、いつ、どこで食べるものだろうか。エビフライ。
――……信号が青になった。待っている間に柴犬ちゃんが追い付いていた。犬カワイイ。
くるりと丸まった鉤しっぽが、冷凍のエビフライのようにクルリと回っている。
なにしたときに、食うのだろう。
寿司やてんぷらは、祝いごとなんかに招かれると食う。
牛丼やラーメンは頼まれなくたって食うくらいの日常。
ならば、エビフライは、どんなときに食べるものなんだ?
弁当、祝い事、普通の飯、なんでもいいんだけど、なんかこう、“コレ!”という定位置がわからない。
昔は中農ソースを掛けるのが主流派だったけど、いつの間にかタルタルソースが主流になってない?
じゃあ、むしろ何を掛けるの? 大昔、知人は頑なに醬油を掛けていた。改めて考えると、それ、エビの刺身が食いたいのと違うか?
サッパリとは食えるけど、そもそもサッパリとエビフライ食って良いのか?
エビフライ専門店の店主に質問したいけど、そもそもエビフライってどこにいけば食えるんだ?
トンカツ専門店はある、ステーキハウスもある、ハンバーグレストランもある。え、じゃあ、エビフライ専門店って見たことないぞ?
いや、そもそも、エビフライって美味いのか?
エビフライの美味さってなんだ?
フライにすると大概のものはあんな感じになるんじゃないか?
冷静に思い出せ。
香りには全く魚介類の要素はない。
黄土色の香りだ。香りにも色がついている。鼻腔から抜けたところで、それがフライであるとわかる。
箸でつまむときも独特の感触があるけれど、フォークで刺したとき。
指の間を通したフォークが乾いた衣を突き抜けて、うるんだエビに届く感触。
一口で入れてはならない、半分かじるんだ。一秒に満たない時間、そこで油の海を泳いで唾液に旨味が伝わる。
この調和。てんぷらとは異なるメリハリある、食べた人間の覚醒を促す衝撃。
しょうゆならシャープに、タルタルなら濃厚に、中農ソースなら一直線に胃まで駆け抜ける。
ゴハンに合わない? そんなことはない。油もエビも食欲をそそるし、従って駆け込め。駆け米。
そうだ、エビフライは美味いのだ……――……。
あなたは、いつ、エビフライを最後に食べたか?
俺は、今さっき。帰り道で買って帰った。