ラグーパスタを
スケジュール張にまとめたのは来月までのマイルストーン。いつ、何をするのか、やることをリストにしよう。そうしよう。
配属された新人に任せる。資料づくりはテンプレートを覚えてもらおう。
冬の寒さは、足を遠ざけつつある。昼は汗ばむ陽気に、委託会社の数人がタオルで額を拭いている。
彼等がいなければ、本社ビルの正面花壇は乱雑さを極める。
地面に這いつくばって作業している姿を見下ろす。オフィスの窓は大きいから、見晴らしがいい。
腹が減った。
いつもなら、係長が声をかけてくれる。
そうしたら、食堂への合図になる。
パソコンを閉じて、席を立つ。弁当を持参する者が集まって談笑している。
本日のメインは。
鰤の照り焼き。パスタ。
ラグーパスタ。
耳にしたことのない音を口ずさむ。
ラグーとは。その響きから、鼻に低く振動する重みを覚える。なんとなくカロリーが高そうな気がしている。
でも昨日は、魚を食べた。刺身ではなくて、買ってさばいて食べた。ぜいごを削いで、背鰭を落として、頭を角度をつけた包丁でひといきに断つ。
夏は臭うから、冷蔵庫に、新聞紙で包んだ内臓をしまっておく。ゴミ出しの日に、そのまま持っていけるように。
青魚の、美しい鱗。ほんの小さな虹色の重なりが、刃が当てられた部分から、ぽろぽろとこぼれていく。
スーパーで購入したのだから、濁りのない瞳を選んでも、腸はどす黒く、やっぱり獲れたてが美味しい。
「パスタ、ください」
カウンターの手前から、注文する。
視界の隅で、ひょこひょこしていた三角巾が近寄ってくる。耳にかかった白髪が、昼でも銀色に見える。
「あなたは何者です」
先日の夜、少女だったものに問いかける。するとマスクの下で不敵に笑う。フライパンでパスタとソースを絡めながら、食堂のおばちゃんは手際よく皿に盛り付ける。
「なぜあの晩、ここに残っていたんですか」
「はい、お待ちどうさま」
茶色い肉の塊が、ごろごろとちりばめられた。沈んだワインレッドの赤を彷彿とさせるソースを浴びたペンネの穴まで潤されて、蒸されて。白い湯気が香る。
「質問に答えてください」
「うるさいよ」
目深にかぶった三角巾の間隙からのぞく瞳がきらりと光る。
「しつこいのは嫌いだよ。ランチの時間は、空かした胃袋を悦ばせるためにあるからね。つまらない話をしたいなら、太陽が翳るのを待ちなさいな」
しゃがれ声に戸惑うボクは、背後の社員に急かされるようにしてレーンを外れる。その間際に、尋ねる。
「あなたは一体、誰なんだ」
ややあって。聞こえるか、どうかのヴォリュームで。
「魔法少女」と呟いた。三角巾の下に秘めたシルバーアッシュのショートヘアー。変態ばあさんのメタモルフォーゼなんて、可笑しすぎて、笑えない。