出張
砂浜は湾曲して途方もなく続いていて。当たり前のようにそこにある光景が、何万年か昔には、違っていたのかと思うと。
「海が見えるよ」
不思議でたまらなくなる週末。
なぜここにいるんだろうか。ボクは詰問する。もう一人のボクに対して。
「ねえ、聞いてる?」
話しかけられていると、分かっているものの、返事ができないときがある。今、まさしく、そんな状態。窓を開け放っているせいにしてしまい。
「ねえってば!」
アクセルを緩めても、ばたばたと風が鳴り止まない。
海沿いの昼間。対向車の影もない。
大阪で打ち合わせを終えた。そのまま宿泊して、土日は旅費が出ない。仕事ではないから仕方ない。
スーツを着たままレンタカーを借りて、ハンドルを握る。これも仕事のような、気がしている。
「しけくぅん?」
ブレーキを踏む。信号の手前で。シフトレバーに添えた手に、重なる手の柔らかな感触。
海水に濡れた砂はずっしりとしている。
両手ですくって、指を折り畳んでいくと、形を変えていく砂は、とらえどころがない。
そんなこと、こどもも大人も知っている。
信号が多い道だ。加速して、安定したところで、ほら、また。でも黄色だから、通過していく。
どうせ横断する歩行者はいやしない。
「行きたいところがあるんだよね」
連れてって、とねだられる。
信号が黄色に、そして赤へ。ぐるり辺りを見回す。車は容易く交差点を通り抜ける。
警察がいない。目撃者はいない。
ここにいるのは、ボクと、ボクじゃない誰か。たった二人だけの世界だ。
赤く点る信号機の下を、躊躇わずに滑っていく。
初めは心臓が早鐘を打っていた。ところが、ひとつ、またひとつと越えていく度に、次第にどうでもよくなってきて。
なんなら、何回犯したとか、そればかり気になって。終いには、ドキドキすることが、癖になっていく。
信号無視は、駄目だ。
分かっているけれど、止められない。
白線を跨ぐときの気持ちは、何にも変えがたい。
岬の灯台を目指してレンタカーは走る。青々とした木々の繁茂する丘に聳える、真っ白な灯台を。
真っ直ぐにそそりたつ。夜には眩しい明かりが宿される。広い海原めがけて放たれる白光は、闇に迷わないための標となる。
ボクは灯台を信じている。それがなければ、きっとボクを見失ってしまうから。