病
しけくぅん。ねえ、しけくんってばぁ。
頭がずきずきする。頭蓋骨にドリルで穴を開けられているみたいだ。吐き気が、止まらない。でも何もこみ上げてこない。空っぽの、ボクだから。
「しけくぅん、起きなさいよ」
薄く開いたまぶたが重い。何年も凍りついていたように。セミロングのブロンドヘアーが眩しい。覗きこむように、額と額がくっつきそうなほど近い。温度を感じる。
「係長、どうしたんですか」
「あ、起きた?」
さっと身を引くその早さが懐かしい。今、何時だろう。首を左右に振って時計を探す。だけど首が固定されているらしく、動けない。
「びっくりしたよ、まさか、交通事故だなんてね」
係長は大して驚いた素振りを見せずに、顎を上下させている。膨らんだほっぺがもぐもぐしている。手元の皿には剥かれた皮がとぐろを巻いていた。
「りんご、食べるかい」
「いいえ。いりません」
ぼーっと白い天井を見つめる。相変わらず頭が痛い。唐突に理解する。ボクは、轢かれた。
途端に様々なことが胸のうちに沸き起こってくる。
赤いランドセルのこどもは?
助かったのか?
「あの、係長」
「あん?」
ナイフを置いて、りんごを丸かじりしている。三十半ばの係長はあどけない。そんなことは、どうでもいいのだが。
「あんだい?」
栗色の瞳が訊ねてくる。そして合点したように、一気にりんごを飲み込んだ。
「あー!プレゼンのことねっ。それはそれは酷いことになってね」
「いや、違います」
「課長の大目玉をくらっちゃったよぉー。もー涙。涙でメイクは落ちる。やる気も落ちる。恥ずかしさのあまり」
「そうじゃなくって」
咄嗟に声が詰まった。全身に通っていた血液が、さっと抜けたように固まる。
「四家くん、どうした?」
神妙な面持ちの係長。ボクはこの人を知っている。
若くして、営業として名を馳せて、スピード出世したことを。課長がヅラだということを教えてくれた飲み会も。
愛飲している牛乳は、決まって近所のスーパー三割引。
でも、なぜか分からない。どうしても出てこない。
「あの」
「うん?」
どこかに手がかりはないか。探してみる。淡いの虹彩の影に、何かがありそうな気がしている。ただ、そんなのは思い過ごしなのだろう。
いたずらに時は過ぎていく。ため息を吐くボクを係長は黙って見つめている。
「係長の名前って、なんですか」
目を閉じて、うつむき加減の係長は、ボクには思慮深そうに映った。心の整理がつかない人の仕種は、総じてこのような知的さを孕むのかも知れなかった。