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トラック

 春は出会いの季節である。


 川辺の草花が芽吹くように、もぐらが太陽に目を細めるように、雪解け水で鹿の親子が喉を潤すように。


 何かが始まる兆しが、そこかしこに散らばっている。


 はしゃぎ声に耳をすませば、次々と駆けてくるこどもたち。背の高い上級生に手を惹かれて、頬を赤らめて。


 信号待ちをしている。風が吹く。桜のはなびらが舞う。鮮やかに、美しい。


 儚いものは、なぜか魅力的だ。

 一年の、ほんのわずかな期間にしか、その桃色の艶やかさを目にすることはかなわない。だからこそ虜になってしまう。


 携帯が、鳴る。会社支給のスマートホン。相手はいつも決まっている。課長だ。と思ったら違った。係長か。そんなこと、どっちでもいいんだけれど。


「はい、四家です」


 あー、しけくぅん。ちょっとさあ、今日のプレゼンのことなんだけどぉ。


「はいはい」


 信号が青に変わる。歩き始めようと、あげた爪先が宙で止まる。


 朝のミーティングと重なっちゃったんだあ。ははは。


 進行方向からトラックが右折してきた。横断歩道にさしかかりそうな勢い。止まる気、ないのかな。


「そうですか、ミーティングと。ならボクが」


 変わりましょうか?

 と言いかけて、言い淀む。


 トラックのドライバー。スマホ片手に運転している。濃いあごひげが笑うから横に伸びている。いびつなタワシ、みたいだな。

 そんなこと、どうでもいいんだけれど。


 なんで君はそこにいるの。

 赤いランドセル。ぴかぴかなランドセルを揺らして、白線を大股で。ひとつ、ふたつと越えていく。

 上級生の手は離れている。ボクの隣で口を開けているから間違いない。


 桜のはなびらが、どこからか運ばれてきて、それを君は追っているんだね。あまりに綺麗だから、両手で掴んで、上級生にプレゼントしたいんだよね。


 ああ、変速がセカンド。止まる気、ないみたい。死角に入ってるのかも。歩行者、優先なんだけど。


「そんなこと、どっちでもいいんだけれど」


 スマホを放り投げた右手を前方にありったけ突き出す。足は遅れてついてくる。真っ赤な、朝日に照らされるランドセルの柔らかな弾力。


 桜のはなびらをてのひらに納めかけた君が弓なりの姿勢で飛んでいく。反作用でボクは倒れる。とても静かに、さりげなく。


 春は出会いの季節である。

 と同時に別れの季節でもある。


 最後に言葉を交わしたのが、係長か。

 切ないにもほどがある。

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