閑話 平穏が終わる時 前編
「カナ、ミツカの様に明るく前向きな子に育って欲しい」
「ミサは、カドアの様に深慮深く冷静な子に育ってね」
「カナ。ミサが困ったら助けてあげて、悲しんだら笑ってあげて」
「ミサ。カナが悩んでいたら助けてあげて、迷っていたら導いてあげて」
「私達が、そうやって生きて来た様に。あなた達も支え合って生きて欲しい」
「愛しい子供達が、二人で手を取り合って幸せになりますように」
ミサとカナを中心とした笑顔が絶えない毎日はとても幸せで、ずっと続いて欲しかった。でも、ミサとカナが赤ちゃんでいられる時間は少なくて、大きくなったらセカイを守る為に戦わなければならない。それでも、下を向かずに歩んで欲しいから。私はカドアと一緒にお願いしたんだ。
私達に笑いかけてくれる様に、みんなに笑顔を向ければ、きっと幸せが増えていくと思う。アレにだって負けないと思う。どんな困難も二人が手を取り合えば乗り越えられると思う。
だからお願い、セカイ。二人を守って。
☆ ☆ ☆
それは、以前から予想していた事だった。英雄が襲来した際は直ぐに平原へ移動出来る様に、建物が殆ど無く見渡しの良い街の外れを、カリスト様は拠点になさっていた。実際に英雄だった頃のタカギと戦ったのは、家から数キロ先の辺りだった。
しかも今回は、カリスト様に変わる新たな異端の誕生だから、アレが反応しない訳が無い。少なからず何かしらの行動を起こすだろう事は、容易に予想が出来た。
先ず、英雄は救わずに消滅させる。対処するのはエレクラ様とタカギ、私とミツカは子供達を連れて逃げる。それ以外にも、常に四人が連携して子供達を守れる様に作戦を立てた。
それでも、実戦では何が起きるかわからない。
だから、命の優先順位をつけた。最初は、二番目と最後の順番が逆だった。そこは、最後までタカギと言い争いをした。最終的に私が折れる形になって決まったのが、一番はミサとカナ、二番目は私とミツカ、最後にエレクラ様とタカギの順だった。
私とミツカは、とっくに覚悟は決まっていた。
体の中に異なる力が宿る事で、少なからず体調に変化を及ぼす。やがて成長する毎に母体と親和性が高まり、体調の変化は緩やかになっていく。
但し、成長の過程で子供が持つ力が大きくなり過ぎれば、母体をじわじわと侵食し最終的に破壊へと至る事も有る。
カナとミサがカリスト様ほどの力を持っていたら、私とミツカも今頃は存在していなかったかもしれない。異端の母親になるというのは、そういう事だ。
だから最後でも良かった。でも、タカギは断固として拒んだ。もしタカギの意見を覆していたら、いや、きっと変わらないんだろう。私は私のやるべき事を果たすだけなんだから。
でも、欲を言えばもう少しカナと一緒に居たかった。
その日、英雄の襲来に気が付いたのは、カナとミサだった。とつぜん大声で泣き始めて、それがいつもと様子が違う事に気が付いた時には、英雄は直ぐ近くまで来ていた。
「くそっ! 警戒してたつもりだったのに!」
「そんな事を言ってる場合じゃない! カドア、ミツカ、急いで子供達を連れて逃げなさい!」
「でも、エレクラ様。数が」
「カドア! あなたのやるべき事はなに?」
「そんなの! わかってます!」
「それなら予定通りに逃げなさい!」
「姉さん。俺が先に出て、足止めをする!」
「カドア、ミツカ。直ぐに追いつくから、安心しなさい」
「はい。エレクラ様」
「絶対に追いついて下さいね、エレクラ様」
タカギが玄関から飛び出す。そして、エレクラ様はその後を追い、私とミツカは子供達を抱き抱える。
「ミサ。少しだけ力を貸してね」
直ぐに、ミツカは子供達を含めた四人の気配を消す。以前だったらミツカの技は、自身にしか効果は及ばなかった。しかし今は違う。
ミサとの親和性が高まった事により、大きな力を行使する事が出来る様になっている。それは私もだ。嘘の様に周囲の状況を感知出来る。これは、私とミツカが子供達を守る為に授けられた力だ。
そして、私は英雄の気配を探りつつ、ミツカを先導する様にして裏口から飛び出した。
「ミツカ。離れないでね」
「うん。わかってる」
街と街道には普通の人達がいる。彼らを巻き込んではいけない。逃げるのは英雄が出現した地点とは逆方向、街を離れて街道を避けながら英雄との距離を取る。その間に、エレクラ様が英雄を倒して下さる。
大丈夫、全て上手くいく。現れた英雄は五体、数は多いがそれぞれの力はタカギより遥かに弱い。タカギだけでも足りるだろう。その上、エレクラ様もいらっしゃる、直ぐに英雄を片付けて合流して下さるはず。
大丈夫、英雄にだって私達を見つけられはしない。大丈夫、カナを通じてセカイの力が流れ込んでくる。全ての自然が私達の味方になる。
草むらから僅かに漏れる動物達の息遣い、風の流れ、雲の形、虫の羽音、周囲十キロ先までの全てを知覚し、最善の逃げ場所を探して走った。
走り始めて直ぐに、英雄の気配が二つ消えた。
暫くしてからもう二つ、英雄の気配が消えた。
最後の一つも消えるのを確認し、私達は走るのを止めた。
「カドア、終わった訳じゃないよね?」
「今の所は、新たに出現する様子がないけど、油断しちゃ駄目よ」
「わかってる。直ぐにエレクラ様と合流しなきゃ」
「そうね、合図を」
二人で周囲を見渡しながら、次の行動を確認し合う。そして、エレクラ様と合流する為に、合図を送ろうとした。
運が悪かったのか、意地が悪かったのか。多分どっちもだろう。気を緩めてはおらず、細心の注意を払っていたにも関わらず、新たな英雄は現れた。それも、私達の目の前に。
空間が割れる、そこから一体の英雄が這い出て来る。その目は、間違いなく私達を捉えている。しかも、先に現れた五体よりも遥かに強い力を感じる。エレクラ様は、まだ数キロ先にいる。合流するよりも早く、英雄の攻撃が私達に届く。
そんな時でも、私は至って冷静だった。私はカナをミツカに預ける。走っている間は腕の中で静かにしていたカナが、堰を切った様に泣き出す。そして私は、カナの頭を軽く撫でた後、空中に陣を刻んだ。
「風よ、邪なる力を押し戻せ。大気よ、我が意に従い邪を閉じ込めよ。遮空硬壁!」
私が作り出したのは、割れた空間ごと英雄を閉じ込める強固な壁。ただ、この英雄が相手なら数秒程度の足止めが精一杯だろう。でも、その時間さえ稼げれば、エレクラ様が来て下さる。
私は泣いているカナを抱きしめる。そしてミツカを先導して走り始めた。
少し走った所で、エレクラ様のお姿とタカギが見えた。ここで緊張を緩めてはいけない、英雄の拘束は直ぐに解ける。エレクラ様とタカギは、私達とすれ違う様にして英雄の下に向かう。そして、英雄の拘束が解ける前に、強大な一撃を浴びせて消滅させた。
「エレクラ様。ありがとうございます」
「いえ、私も少し油断していたわ」
「姉さん、まだ来るんじゃねぇか」
「そうね。一時的に拠点は放棄します。作戦通り山へ向かいます」
「まぁ、山の中なら見つかり辛いだろうしな」
「ええ。私が先導するから、タカギは後ろを守って」
「わかった」
全員が、これで襲撃が終わると思ってはいなかった。しかし、確実に対処すれば決して負けないと思っていた。もし街へ戻れなくても、別の居場所が見つかると思っていた。この時までは。
次回もお楽しみに!




