英雄との戦い
街中で厄介なのに絡まれて、その相手が複数でもビビる必要はない。簡単な事だ、囲まれなきゃ良いんだ。例えば二対一なら、相手が直線上に並ぶように位置取れ。
それで、顔を両手でガードしながら態勢を低くして、正面の奴に肩から思いっきり突っ込む。相手が突っ込んで来れば、多少なりとも怯むもんだ。かなり喧嘩慣れしてない限り、蹴りが待ち構えてる事はない。
思いっきり体当たりすれば、多少は後ろに吹っ飛ぶ。それで後ろにいる奴の行動も阻害出来る。ほら、逃げる隙が出来ただろ?
まぁ、先手を取られたら意味は無いがな。正面の奴に気を取られてる隙に、後ろの奴に回り込まれてあっという間に不利になる。要するに今の俺は、大鉈を持った奴に回り込まれなければ良いって事だ。今回はアオジシに助けられる形になったがな。
それにしても、英雄ってのは不可思議な存在だ。アオジシやクロジシの例を除けば、自らの意志で行動する事は少ない様に見える。だけど、必ず連携を図って攻撃してくる。
まぁ、そうやってプログラムされてるって事だろうな。もしかすると他に何か有るのか知れねぇが、どっちにしても英雄の巣に行かねぇとはっきりしない。
とにかく俺は壁を回り込んだ後、奴らに挟まれない様に動き続けた。重要なのは、必ず弱い方との一対一を崩さずに、大鉈の奴を牽制する事だ。
攻撃の方法は、殴るんでも蹴りでもどっちでもいい。奴が間合いを詰めてくれば、俺は攻撃を捌きながら一歩下がる。横に躱すのは大鉈の奴が動いた時だ。間合いを気にするのは目の前の奴より、後ろにいる大鉈の奴だ。
流石に、余裕を持って躱せる訳じゃない。弱そうな方といっても、実力は俺と同程度だ。少しでも気を緩めれば、奴の拳は俺の体を貫くだろう。目の前だけに気を取られれば、大鉈が俺の頭をかち割るだろう。
今は、動きながら攻撃を躱すだけでいい。いずれ機会は来る。それに、二匹を消し飛ばしたばかりだから、大鉈を奴を消し飛ばすには少し力が足りない。かといって、もう一匹を消し飛ばして力を空にする訳にもいかない。だから、もう少し溜めておきたい。
油断はしない。過度の期待もしない。アオジシが向こうの奴をさっさとぶっ壊して加勢してくれたら助かるが、セカイと繋がったばかりの奴に無茶な力の使い方をさせたくない。
俺は、俺のやり方でこいつ等を消滅させる。だからアオジシ、お前は焦らずに戦え。
☆ ☆ ☆
俺が先ずやらなきゃいけねぇのは、こいつを観察しながらも消滅させる方法を考える事だ。タカギの場合は、幾ら距離を取っても一瞬で縮めてきやがる。多分こいつもそうなんだろう。それに、幾ら切っても意味がねぇ。こうしてる間にも、奴の傷は塞がっていく。
何より悪いのは、さっきから寒気が止まらねぇ事だ。まだ、俺は怯えてやがんのか? そうじゃねぇな、さっきまでの感覚とは違うな。
目を凝らせば見えてくる。英雄が漏れ出してる気持ち悪い何かが、俺に纏まりつこうとしてんだ。
英雄ってのは厄介だな。間近に見ると、前にタカギから言われた事を思い出すな。確かに『力の根源は全部セカイ』なんだよな。得物を持ってない所から見ると、奴は元々ただの一般人だったに違いねぇ。そんな一般人がこんな気持ち悪くなっちまったのは、間違いなく糞野郎のせいだ。
タカギが俺を戦わせまいとしてた理由も、今なら良くわかる。セカイから力を借りてなけりゃ、今頃は何も出来ずにくたばってたんだろう、それとも英雄に逆戻りしてたか?
それより、奴が浮いてる内は『俺が意識的に反応できる攻撃』しか出来ねぇだろうな。勝負は奴が浮くのを止めた瞬間だろう。
無理やり捻じ曲げた所で、奴の体が人間である事には間違いねぇんだ。人間と同じ動きをするはずだろ。タカギから教わった『動き出し』っての見極めれば、攻撃を躱す事は出来るはずだ。
問題は、タカギより早いかどうかって所か。
そんな事を考えてた矢先だった、突然、目の前に奴の拳が飛んできていた。奴から目を離してないのにだ。
間に合わねぇ。
確かにそう思った。でも、俺はその拳をギリギリで躱していた。それだけじゃねぇ。躱しつつも剣を振り、奴の手首から上を切り飛ばす。そして奴から再び距離を取る。別に訓練の成果が発揮された訳じゃねぇ。俺が意識して体を動かしたんじゃなくて、何かに体を引っ張られた。
やっぱり奴にとって距離なんて意味はねぇ。そして奴は再び俺の視界から消える。直ぐに後ろから気配を感じた。振り返るには遅すぎる、気配を感じるが何処に攻撃が飛んでくるかわからねぇ。躱せない。
でも、さっきと同じだ。俺の体は勝手に動いた。
横に引っ張られた後、俺の体を掠める様に奴の右足が通り過ぎる。奴はそのまま回転して蹴りつけてくる。右足を躱せば左足が、左足を躱せば右足が俺の体を壊そうとする。俺の体は一歩ずつ後に下がり、そいつを躱し続ける。
奴の攻撃が見えるのは体の近くまで迫ってからだ。本当だったら骨の一本どころじゃねぇ、内臓をぶちまけていてもおかしくねぇ。奴の攻撃がそれ位の威力だって事は俺にだってそれ位はわかる。でも、焦りは少しも感じていてねぇ、それが不思議なんだ。
この時、俺は実感した。タカギが言った「風に体を預ける」ってのは、「生き残る為の方法」ってのはこういう事なんだ。
悔しいが認めよう、今の俺は役立たずだ。多少意気込んだ所で、実力差なんて埋まりはしねぇ。タカギの様に力を自在に使えねぇ。
だから、信じて託すんだ。大切なのは全力を出そうと集中することじゃねぇ。余計な力を抜いて、セカイに身を任せるんだ。そうすれば、風が俺の体を動かしてくれる。
それに、息を吸えば体の中に力が満ちてくる、足元からも流れ込んでくる。奴を消滅させるのに必要な力はそれで充分だ。俺は力を溜めて、機会が来るのを待つだけだ。
ふ~っと息を吐く。そうすれば、勝手に体が息を吸い込む。単純な事だ。でも、それが肝心なんだ。そう、無理に何かをする必要はねぇ。
奴が姿を消す。俺は風に合わせて、振り向きながら剣を振り下ろす。そして、俺の頭を吹き飛ばそうと迫る拳を切り飛ばす。これしきじゃあ気持ち悪い何かはきえやしねぇけど、直ぐには右の拳を使えねぇ。
風は直ぐに俺の腕を動かし、奴が踏み込んだ際に前へ出した足を切り飛ばす。膝から下を失った奴は、グラつきながら前のめりに倒れる。そして俺は大きく剣を振りかぶり、奴の首へ向けて勢いよく振り下ろした。
元が人間の体なら確実に動かなくなる。でも奴は英雄だ、纏わりついてるのを消さねぇ限り、動き出すだろう。俺は意識を集中させ、更にセカイの力を体へ取り込む。そして、体の中に巡る力を全て剣に集めた。
「これで終わりだ」
元が同じなら、打ち消せるのも同じ力なんだろうよ。俺は剣に集めた力を奴に叩きつける。英雄の体を包んでいた気持ち悪い何かが薄くなっていく。それと共に、英雄の体が崩れていく。
こんな気持ち悪いのが、昔話に出て来る『神から与えられた聖なる武器』かよ。てめぇは神じゃねぇ、ただの糞野郎だ。こいつは『勇敢なる者達』じゃねぇ、操られて戦わされて朽ちていくだけの『哀れな人間』だ。
いいか、後二人だ。直ぐに消滅させて、てめぇの糞みてぇな思惑をぶっ壊してやる。
まだまだこれからです。
次回もお楽しみに!




