希望と未来
カナちゃんとミサちゃんは、休憩を取りながら港へ向かってる。
タカギと後はリミローラかな、相変わらず私達でもリミローラの気配を捉える事は難しい。とにかく、二人のおかげで平原に発生した大量の獣が消えて、かなり歩きやすくなったと思う。
それでも危険は有る、毒を持った虫はその最たるものだろう。でも、あの子達にはもう護衛の必要はないのかも知れない。自分達の身を守れるだろうし、獣や虫程度ならあの子達を害する事は出来ないだろう。
実際に私達は、煙が噴き出す武器を使って獣達を撃退したのを遠くから見ていた。あんな武器は見た事が無い、あんな撃退方法は考えすらしなかった。
何より、イゴーリが目をキラキラと輝かせてた。これまで知識を貪欲に吸収し、判然としない事象を解明してきたイゴーリが興味を示したんだから、やっぱり期待させるだけの何かを持ってる子達なんだと思う。
それより、いつものイゴーリなら武器について語りだす所だけど、そうはしなかった。多分、我慢してたんだと思う。慎重に慎重を重ねても足りない、アレを欺く事も出し抜く事も不可能、私達は『アレの遊び』に乗るしかない。だからこそイゴーリは、ソウマの行動に疑問を感じたんだろう。
私は、以前から各地で病気が蔓延し始めているのを知っていた。だけど対処が出来なかった。仮に私が局員に治療を命じても彼らは従わない。何故なら主は私じゃなくてアレなんだから。
だから私は、医療局の『目達』にかけられた洗脳を解いて、エレクラ様から教えて貰った『虚構と擬態』を彼らにかけた。イゴーリの研究所とヘレイの陸軍も同じ様にした。最低限の『計画に必要な人材』を増やした。
医療局の局員と研究所の職員達は、ヘレイの陸軍より前に各都市へ向かっている。そして、ソウマの合図で再構築した結界を稼働させ、人々を病とアレの呪いから解放する予定になっている。
これも、アレは知っているんだろう。だけど、やるんだ。私は誰も犠牲にしない。
私はタカギを嫌いじゃないけど、人を『モドキ』って呼ぶのは嫌い。モドキなんかじゃない人間なんだ。私達がカリスト様に助けられた様に、支配されている全ての人が救われて良いはずなんだ。
解放される事だけが救いだとは未だに思えない。結局は、誰もが手を携えてなければ生きてはいけない。幼子が親に守られる様に、国が人を守る様に。
本当なら『生かされている事』も『殺される事』も、知らなければ幸せなんだ。但し、アレが尊厳を踏みにじらなければ。
タカギの目的はよくわからないけど、ソウマは人を解放してセカイの力を高める事が目的で、イゴーリはアレを自身の手で滅ぼす事が目的だ、そして私の目的は人が幸せで有る事だ。少しずつ目的が違うが、共通しているのは『アレの行動』を否定している所だろう。私の場合は、『自ら選択して歩もう』が『命令を受けて歩もう』が、幸せになれるならどちらでもいい。
だから、見せて欲しい。カナちゃんとミサちゃんがどんな選択をして、出会った人達にどんな道を示すのか。
☆ ☆ ☆
「いいか。お前はようやく力をコントロール出来る様になったんだ。今度はセカイと繋がるんだ!」
「何を言うかと思ったら、今度は喧嘩じゃねぇのか?」
「体を動かす事だけが訓練じゃねぇよ」
「けっ、つまんねぇ」
「口を閉じろ! それで集中しろ!」
「うるせぇな! どうしろってんだよ!」
「なぁアオジシ。お前はどうやって剣を作り出した?」
「俺がすげぇからだ」
「どうして早く動ける?」
「てめぇにボコられたからだ」
「どれも違う。俺達は英雄だった。そん時はセカイの力を使えていたんだ」
「どうやって?」
「英雄としての記憶が無くても、爺さんと戦った時の記憶は有るだろ?」
「まぁな」
「体はちゃんと力の使い方を覚えてるんだ。セカイとのパスは消えちゃいねぇ」
「いい加減な事を言うんじゃねぇ! 俺だって雑魚共を潰す時にやってみたんだよ! でも出来なかった!」
「どうせ高圧的に言ったんだろ?」
「てめぇはどうなんだよ! いつも俺に命令しやがるじゃねぇか!」
「言う通りにやってみろ」
「だから、よくわかんねぇよ」
「それなら、俺の真似をしてみろ」
それからタカギは喋るのを止めて、座り込むと目を瞑った。仕方ねぇから俺も真似して目を瞑ってみた。でもよ、あの時の興奮が消えねぇんだよ。雑魚共を蹴散す度に何かが沸き上がって来るんだ。楽しくて仕方ねぇんだ。それは違うってのはわかってた。だけど、止められなかったんだ。
タカギが言ってる事は、何となくだけど理解は出来る。さっきも何か掴めそうな瞬間は有ったしな。それが、タカギの言う『セカイと繋がる』と同じかどうかは知らねぇ。
多分、まともな奴じゃないとセカイってのは力をくれねぇんだ。爺さんだったり、タカギだったり、ガキ共もそうなんだろ? そうだ、クロジシもガキ共に近いかも知れねぇな。だって、あいつは俺と比べてまともだろ?
まぁ、こんな事を考えてる時点で駄目なのかも知れねぇがな。
目を開けて空を見れば、少し色が変わったのがわかる。海へ向かって、段々と黒から赤に変わっていく。俺も馬鹿になったのか、ちっとばかり綺麗だと思っちまった。
少し遠くを見れば、ガキ共がのんびり歩いてる。楽しそうに笑ってやがる。ガキ共が笑おうが苦しもうが、俺にはどうでも良い事だけどな。
でも、俺はどうやって遠くに居るガキ共を見てるんだ? 俺がすげぇからだと思ってたけど、こういうのがセカイの力を使うって事じゃねぇだろうな。もしそうなら、馬鹿にし過ぎじゃねえのか? 糞みてぇに簡単な事じゃねぇか。もしかして当たり前にやってたから、わからなかっただけか?
そうすると、俺もまともって事になるじゃねぇか。止めてくれ、俺は生き物として最下層だ、さんざん潰した雑魚共よりもだ。そんな滓に希望なんぞ必要ねぇんだ。それなら、何で俺はこんなにも腹を立ててるんだ? 何で雑魚共を潰すのが楽しかったんだ?
思えば、わからない事だらけだ。
俺は何で英雄だったんだ? 俺をこんな風にした奴は何を考えてやがるんだ? そもそも英雄ってのは何なんだ? セカイと繋がれば、全部わかるのか? セカイってのは何なんだ?
いずれにしても、近いうちに答えは出るんだろ?
タカギの言葉を鵜呑みにするんなら、英雄と戦えば俺は死ぬって事だ。死なない為に色々と教えてくれているが、俺には理解するのが難しそうだ。
それで無様に死ぬんなら、俺はそれだけって事だ。タカギは優しいから悲しむだろうな。それ以前に、体を張って俺を助けたりするかも知れねえ。だけど、足手纏いのせいでタカギが死ぬのは違う。
諦めちゃいない。糞は糞でも肥溜めから這い出て纏わりつく迷惑な糞だ。だから、足掻いてみせる。
☆ ☆ ☆
リオルクラには神様って概念が有った。それは信仰の対象であり、ある種の拠り所でもあった。そんな神様ですら、全知全能には程遠いんだ。時に残酷で、酷く冷徹で、誰よりも欲深かったりするんだ。使命に囚われて周りが見えない神様ってのもいる。
それなのに、人間には『聖人君子足れ』ってのは無茶が過ぎるってもんだ。人間は無知で無能、だからこそ努力する。アオジシ、お前はモドキじゃねぇし、英雄なんぞでもねぇ。
人間だ。
結局、お前の中にしか本物は無いんだ。だから悩め、もっと悩め。考えろ、ひたすらに考え続けろ。己が何者なのか、誰も教えてはくれはしない。自己を定義するのは他人じゃなくて自分なんだ。
だから道は己の力で切り開け。俺の向かう先を、お前のゴールにするな。出来るはずだ、お前は俺より優秀なんだ。
夜が明ける、朝が来る。あの子達が港へ着けば、全てが始まる。それまで少しだけ時間が有る。その間にセカイと繋がれ。全てを知った時が、お前のスタートだ。
次回もお楽しみに!




