草原の闘争 後編
思惑が交差します。
タカギが一方的に連絡を切った後、私はシルビアさんに視線を送った。彼女は私に向かって頷くと、タカギに連絡を取ってくれた。それから繋がったままの通信を使って仲間達に語りかける。
「タカギの懸念は尤もだ。しかし、今回は子供達に託す」
この判断は少し迷った。アレに目を付けられない様に、これまでシルビアさんが守ってきた。でも、子供達は籠の外だ。もうアレに目を付けられている。しかし、二度と悲劇は繰り返させない。
悲劇はカリスト様で終わりにしなければならない。
異端に頼らなくても我々だけでアレを倒す、その為に己を鍛え上げてきた、この王都で生き残ってきた。こちらには異端と肩を並べる天才達がいる。だから、子供達は自分の身を守れる程度に強くなればいい。
タカギ、私も想いは同じだ。子供は宝だ、その宝は大人が守る。
「これは試練ですらない。我々が培ってきたのは技術だけではない。組織の力を見せつけよう。我々は一人足りとも死者を出さない」
英雄も人間も、等しくアレの被害者だ。その意味では動物も同じ。しかし、全てを救うなど傲慢な考えだ。だから、せめて同胞は死なせない。
「イゴーリは件の港へ向かい英雄の出現に備えろ」
「おう」
「パナケラはイゴーリに同行し、子供達の補佐と治療方法を確立しろ」
「うん」
「ヘレイは早急に軍を編成し各都市を防衛しろ」
「任せろ」
「ヨルンは王都の防衛を固めろ」
「わかった」
「何すか? 私は留守番っすか?」
「リミローラ、お前は英雄の出現地点を探れ。場合によっては、タカギを止めろ」
「移動手段の調査っすね、わかったっすよ。タカギを助けるのはついでっす」
通信の先に強い意志を感じ、私は通信を切った。
☆ ☆ ☆
あの野郎に少しは感謝しなけりゃな、体が嘘みたいに軽い。少しはわかって来た気がする、爺さんに負けたのは偶然でも何でもねぇってな。
俺もクロジシも、まともにやれば爺さんを瞬殺出来ると思ってた。でも、今の俺でも爺さんには勝てねぇんだろうな、悔しいけどよ。
だけどな、ここで実戦経験を積んで、爺さん位は超えてみせるぜ。そんで「お前は逃げろ」なんて二度と言わせねぇ。それに頼まれたし、タカギの願いは叶えてやらねぇとな。
力を極限まで体内に留めて、その一部を剣に変える。当然、剣からも力が漏れ出さない様に、しっかりと留める。これで剣を含めた全身が、俺の力で強化される。
ははっ、良いじゃねぇか。思ってた以上に手に馴染む。それに、前とは比べ物にならない程の強靭な刃だ。やっぱり死にかけただけは有るな。
試しに一匹って、まぁそうだわな。突進して来たやつが剣にぶつかって、勝手に割れていく。まるで風か空気だな。これなら群れのど真ん中に入って剣を振り回せば、簡単に数を減らせそうだ。
今ならガキ共をぶっ殺せそうだけど、そんな気にはならねぇよ。俺はもう英雄じゃねぇって事だ。まぁ、それも悪くねぇな。
せっかくだから徹底的にやってやるよ。気配を消すだけじゃなくて、存在そのものを極限まで薄める。その上で全部ぶっ壊してやる。
☆ ☆ ☆
良いぞアオジシ、それで良い。存在を悟られるな、糞野郎の的になるな。俺にもわからなくなる位に、存在を薄めてみろ。本来はセカイと繋がる事で力を得る。お前は制限された状況下で、動物達を屠ってみろ。それがお前の実践訓練だ。
アオジシは予想以上のスピードで数を減らしている。動物達からすれば恐怖でしかないはずだ。少なくともガルムの親を殺せば、その子供達は逃げていった。それが普通だ。
でも、今は違う。
今は普段と違い、どいつもこいつも逃げようとはしない。こいつ等は完全に操られている。まるでゾンビの様に、死骸の山を乗り越えてアオジシを襲う。悪夢でしかねぇ。
「これでもまだ面白くねぇってか? ふざけんじゃねぇ!」
アオジシが苦しんで無いと楽しくねぇか? 俺が怒り散らせば楽しくなるのか? あの子達が死にかけたら、もっと楽しいか?
「そんな事にはならねぇよ」
見てるか? カナは結界を張りながら祈り、周囲の死骸をセカイへ還している。
あの子達は戦いを楽しんでいるか? ミサの動きから無駄が無くなり、洗練されてきている。
わかるか? あれは慈悲だ。
高みから手を差し伸べるなんて、驕った考えは持っちゃいない。下らない憐憫でもない。
死を間近にしても恐れずに、狂気に晒されても呑まれずに、ただ一心に動物達をセカイへ還しているんだ。
神様を気取っていても、こんな小さな子供にすら届かねぇんだよ。まぁ、あの子達の名前を一つずつ取れば『カミ』になるんだけどな。こんな偶然も捨てたもんじゃねえぞ。いずれ、この子達が全てを救うんだからな。
☆ ☆ ☆
アオジシが減らしても尚、動物達の数は増え続ける。いつまで続けるつもりだ。あの子達が『悲壮な表情を浮かべて立つ』なんて感動は、求めちゃいないだろ?
一時間、いや二時間か? 俺の方もかなり減らした。だけど一向に減る気配は無い。何処から湧き出すのか、動物達は凶悪な面をして襲いかかってくる。
心配なのは、あの子達の体力だ。二人共に力を使い過ぎだ。力を使えば使う程、セカイとの繋がりが太く強くなる。だけど、その前に体力が持たなければ意味がない。俺ですら、そんな無茶な特訓はさせはない。
だけどこの時、俺は忘れていたんだ、重要な事だったのに。あの村で英雄を下したのはグレイ爺さんだ。でも、アオジシとクロジシに戻したのは、あの子達が爺さんに齎せた何かだ。遠くで覗いていた俺も被害に被った強力な武器だ。
爺さんが使えるって事は、もっと強い武器を本人は使えるんじゃねぇか? そう考えた瞬間、俺は二人に意識を向けていた。そして風が港へ向かって吹いた。俺は慌てて山側へと非難した。当然だろ、カナが持っているのは単なる鉄の玉なんかじゃねぇ。
「カーマさんよぉ、何を教えてんだ! 手榴弾じゃねぇか!」
爆発したって炸裂弾の様な効果はねぇ、寧ろそんなのは可愛く見えるはず。恐らく生物にとって最も凶悪な兵器だ。呼吸器官から体内に入り込み内臓を破壊する。当然ながら体を守る皮膚に炎症を起こす。威力を強めれば、この辺り一帯が荒れ地になるぞ。
それにこの風は偶然じゃない。ミサの仕業だ、動物達を相手取りながら器用な奴だな。まさか俺の存在に気が付いて、避難させようとでもしてるのか? いや、それは無いか。
手榴弾が爆発し凄い勢いで煙が広がる。煙は風に乗って港近くまで運ばれる。そしてバタバタと動物が倒れていく。この隙にカナが祈って死骸の無い場所を作る。続いてカナは、その場所を包む様にドーム状の結界を張った。そして二人はその中に逃げ込む。
休むのが目的だったか? それなら良い。別に俺の存在が気付かれた所で、然したる問題は無いんだが。今更だ。
それにしても凄い効果だな。それと、やはり風を起こしたのはミサだったな。煙の一部が結界の周りに留まってるのが証拠だ。煙を嫌がって動物達は近寄ろうとしない。まるで捨てさせられた生存本能を取り戻したかの様に。
カナは結界の中で寝ている。当たり前だ、体が出来てねぇのに無理をし過ぎたんだ。ミサは辺りを警戒している。本当はカナと一緒に寝て欲しいが、そうはいかないだろうな。如何に動物達が煙を嫌がって近づかなくてもな。
まぁ、休んでる間は俺達に任せておけ。いや、たっぷり休める時間を作ってやる。嫌がらせの時間は終わりだ糞野郎!
次回もお楽しみに!




