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人間候補生  作者: 飛島葉
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第一章

「ねえ、カラマ! あなたはどう思う?」

 耳元で激しく響く聴覚情報に、カラマは意識を取り戻した。音声の元に目を向けると、テーブルの向かいから、ミナスが身を乗り出そうとしている。

「あ、悪い。ミナス……ちょっと考え事をしていた」

 カラマは咄嗟に、その場に最も即した表現を出力した。

「だから、この分からず屋がいつまでもチームワークを乱し続けるから、決まる事も決まらないんだよね」

 ミナスが指を指す方向には、もう一人の候補生が不機嫌そうな顔を浮かべて座っている。彼の名は確か……ネイバだった。

 カラマはすぐさま脳内に残っているメモリーデータを探し、直前の会話の形跡を辿った。


 カラマが座っているテーブルには、他に三人の候補生が集まっている。四人は翌日に行われる実習のチームメイトだ。教官から事前に与えられた情報をもとに、彼らは実習本番での作戦会議を行っている最中であった。彼らが集う休憩室には、他にも五つ程のチームが身を寄せ合い、同じように行動指針を決めている。候補生にとって、実習は自分の命運を左右すると言っても良い程重大なものだ。


「……カリキュレートがどれほど正確で信頼に値するデータだって言われた所で、君は納得ができない、という事だよね」

 カラマはなるべく間を置かないように努めながら、メモリーデータを復唱するようにして肉声を発する。ネイバは声を発さずに黙って頷いた。ミナスも、もう一人の色黒の候補生も、何だか期待するかのような様子でこちらに視線を向けてくる。カラマは努めて平然とした顔を浮かべ続けた。そのさなか、彼の内側では忙しなく何かが動いている。カラマはすぐさま自身の内なる〝システム〟に意識を向ける。

「勿論の事、僕達でさえ、カリキュレートが示した答えに盲目的にすがる訳ではない。万が一つ緊急事態に直面した際には、臨機応変に事態に対応しなければならない。それはまず、僕達もしっかりと心得ている事であって」

 自動音声だと悟られないよう、瞬時に自身の感情を憑依させた。


 自動音声。これは自分の意図とは関係なく、カリキュレートが出した最適解を述べる際に使われる技術だ。大抵の候補生は、これを使った際には抑揚や音の長短が不自然になり、明らかに自動音声であると聞き手に悟られてしまう。だがカラマは、自動音声に自身の感情に取り込ませ、あたかもカリキュレートを用いずに発しているように振舞う事ができるのだ。


カラマは一度言葉を切ると、わざとらしくミナスへ視線を向けた。恐らく彼女は「心得て」いないであろうが、ネイバを納得させる為にその場限りの偽りを述べたのだ。

「けれども、その前提としてまずはカリキュレートで大まかな推計を立てておく事は必要だ。従って、現状はひとまず、この統計に従うというのが、お互いにとって都合が良い、という事になるでしょう」

 言い終えると、カラマは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。ミナスは何かに気付いたのか、手で顔を覆っている。

 真っ先に反応したのは、他でもない不機嫌な彼だった。

「なんだお前、おかしな奴だな。……まあ、取り敢えずは引くことにしよう」

 彼の声色から推察に、恐らく本心ではまだ納得がいっていない事だろう。だが、ひとまず窮地は脱したと、カラマは安堵に包まれた。

 他のチームが次々と器具を実体化させる様子が視界に入り、カラマは慌てて声をかけた。

「ひとまず、皆の実体化技能を確認しないか」

 もはやカリキュレートを用いるまでもなく、当然のように判断できる事だった。



 打ち合わせが終わり、休憩室を出て一人歩くカラマの背後で、後ろから呼び止める声がした。

「カラマ、あなた……会合の途中、まるで肉声みたいに自動音声を使っていたでしょ?」

 声の主、ミナスは自動走行器具を実体化して話し相手に追いつくと、少しいたずらそうな表情を浮かべながらカラマに尋ねた。カラマは同期の声色や表情を読み解き、嘘をついた所で意味がないと判断した。

「そうだね。そうやって話した方が聞き手に届くし、抵抗なく聞いてもらえる」

 効果的だからね、とカラマは付け加えた。ミナスは目を丸くして返答する。

「あなた、本当に根っからの優等生って感じね。怖くないの? 自動音声に支配されていくのが。何だか自分の中に他の誰かが巣食うみたいで……それに慣れなきゃいけないってわかったから、私は何とか耐えてきたけど」

 ミナスは声を落とした。彼女の言う通り、カラマはかねてから、この学舎でトップレベルの成績を保ち続けている。だがカリキュレートに恐れを抱くミナスもまた、候補生の中では優秀なのだ。

 ミナスの言葉が、カラマの中で眠っていたメモリーデータを呼び覚ました。確かに、他の候補生が、先程のミナスに似た発言をしたという事実が、過去にもあったのだ。

「常に最適な答えを見つけ、最善の道を歩み続けるのは、とても魅力的な事だと思うけどね――僕にとっては」

 話し相手の意志を慮り、最後の言葉を慌てて付け加える。カリキュレートはすべての候補生に眠る技能だ。的確な統計を元に、最も適した行動指針、いわば〝最適解〟を提示してくれる機能を持つ。だが、これには身体的な負荷がかかる為、大抵の候補生は実戦の場以外でこの技能を用いる事はないのだという。


一方、カラマは日常的な振る舞いにおいても絶えず〝最適解〟を算出している。これは候補生としての教育を受けていくうちに得る事ができた技術であり、カリキュレートと自身の思考が混交したような状態となっている。

 発言を終えた後、カラマはミナスの表情を窺った。付け加えの一言にも関わらず、彼女はまだ腑に落ちない様子だった。カラマは慌てて次の言葉を探す。

「どうやら僕は……ここで教育を受ける前から、候補生になる前から、今とさほど変わらないような生き方をしていたみたいなんだ。だから、と言ってしまっていいのかはわからないけど、僕はカリキュレートを容易に受け入れられてしまうのかもしれない」

 もしかしたらこの言葉も、長官のもとに届いているのかもしれない、とカラマは推測した。いつの間にかカラマの肉声にも、まるで自動音声を使ったかのような言葉遣いが紛れ込んでいる。まるでどちらが本当の自分の言葉だったのかすら危うい。

「……という事は、あなたは恐れていないの? あの、カオスレアリダを」

 ミナスは眉を潜め、カラマに視線を向けている。

「カリキュレートが示す統計に従えば、大丈夫だと思っている」

 カラマは顔色一つ変えずに答える。それは候補生が持つべき〝最適〟な考えなのだ。

「そう……。もしあれのせいで死んでも、実習に達する前に脱落した奴らと同じになってしまうのかな」

 ミナスは、独り言のように小さく、虚しい、と付け加える。

 そんな彼女の発言が、カラマには飲み込む事ができなかった。そんなもの、正式に救助隊員になれない者は皆同じだ、と言葉が湧き上がってくる。だが、カラマは必死でそれを留めた。

 今はそうすべきではないと、内なるシステムが圧をかけてくる。

 お互いに次の言葉が見つからず、自動走行器具の稼働音だけが二人を取り巻く。

 先に口を割ったのはミナスの方だった。

「ところで、あなたはチームメイトの名前を覚えていないの?」

 カラマはミナスの顔を横目に見た。まるで先程の発言などなかったかのように、落ち着いた表情を浮かべている。彼女の表情から読み解く限り、彼女に嘘を吐いた所で無駄だと判断される。

「その必要がないから……メモリーデータに、余分な情報を入れたくないんだ。いざという時の為に」

 カラマは素直に答えた。それがこの場では一番適しているとの判断に基づいての事だ。

「そう、なんだか如何にも優等生って答えね」

 ミナスは視線を下に向け、やや低い声を出す。すると何故だか彼女は器具の動作を停止させ、数秒もの間沈黙を続けた。カラマは慌てて彼女の動きに習い、何事かと辺りを窺う。自室が近付いたのだろうか。

「でも、私の名前は覚えてたんだ」

 ミナスは、より一層声を落として言った。ふと横に視線を向けると、同期は何故だか表情を落としている。この子は本当に感情が豊かだ。カラマは感心する。今回の実習で、二人は共にチームを中心的に動かす役割を担う事になっている。カラマは沈黙の時間が続かないよう、努めて明るい声色で彼女に声をかけた。

「そりゃ勿論、チームの中心になる優等生だからね!」

 その直後、ミナスから肉体的な攻撃を受けた事を、カラマは暫く理解できないでいた。



 カラマ達候補生は、「災害特殊救助隊」の予備学舎で、寮生活を送っている。候補生となっているのは同年代の少年少女で、将来に向け講義や実技の訓練を受ける日々だ。強制カリキュラムがない時間帯は原則自室での休息が義務付けられている。勿論、校則に反しない限りの自由行動は認められている。実習前日のチームごとの打ち合わせは、まさにその最たる例だ。

 カラマはミナスと別れを告げ、自室に向けて歩を進めていた。何故だかミナスは不機嫌な様子を浮かべていたが、実習への影響はないと判断すると、カラマはすぐに彼女との会話をメモリーデータから消去した。



 ネイバは一人、佇んでいる。そして自分がどうすべきか、思考を張り巡らせていた。辺り一面を白に覆われた自室は、決して安心感を与えてはくれない。思考を阻害せず、技能向上の助力を果たすためと謳われているが、これではまるで生きている心地がしない。

 それでは如何にも〝候補生〟だ、とネイバは小さく呟く。ネイバもまた候補生である事に変わりはない。だが、彼は周囲の同期が辿って行った変化を、克明に覚えていた。

 自身の中に眠る異物を受容する事ができず、悶え苦しむ者。逆にすべてをカリキュレートに奪われ、自身の言葉を持てなくなった者……。講義内容の到達度が極端に悪い者はいつの間にかいなくなり、誰もその事を気に留めない。目を瞑りたくなるような苦痛と悲劇の連続。それまで百人近くいたはずの候補生はいつの間にか三分の一もの数になった。そして第五タームが終了し、実習を迎えた。

 忘れてしまえば、どれほど楽なのだろう。眠りについてしまえばどれほど楽なのだろう。ネイバは自身の経験から察していた。候補生が一日に一度与えられる〝睡眠〟は、彼らがより優れた者になるためという目的でのみ習慣付けられているものだ。きっと自分も眠りについてしまえば、他の者と同じようになれるかもしれない。優秀な技能を身に着けられるかもしれない。だが、それと引き換えに、彼らが日毎に「必要のない記憶」を失いつつあるのだという事を自覚していた。

 カリキュレートの力を受け入れる事は、それだけ人間でなくなっていく事に等しい。ネイバは自身の経験から、そう決めていた。決して正しい統計などない。明確な根拠がある訳でもない。それは自身が見てきた事に従い続けた結果だった。


 ふと、壁に設置された金具が青く光りを放ち始めた。金具は頭部がすっぽりと収まる大きさをしている。きっと今頃、眠りについた候補生達は、この光を身体に受けているはずだ。ネイバに震えが走る。


「例えカリキュレートを使わなくても、何が正しいかなんてわかる。……俺には」

 ネイバは金具から目を逸らし、独り言を呟いた。まるで自分に言い聞かせるように。無理矢理自分を納得させるように……。

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