誰も識らない花ノ國(だれもしらないはなのくに)
2020年の初完成作品、そして「小説になろう」サイト初投稿です。「冬の童話祭り2020」参加作品。
世界のどこか、誰も知らない場所に、小さな国がありました。
いつもあたたかな風が吹き、緑の草原と花畑と泉が豊かで、
100人ばかりが暮らす平和な国でした。
人々は自分の国を「花ノ國」と呼びました。
ある日、空から人が降ってきました。
木の実や小動物が降るのは珍しくありませんが、
人が降ったので、国は大騒ぎになりました。
それは、とても長い人でした。
手も足も国の人々の倍は長く、
服も指先と足先が隠れそうなくらい長く、
髪も長く伸びていましたので、
「永き人」と呼ぶことにしました。
永き人はなかなか目を覚まさなかったので、
花ノ國の末の姫が番をすることになりました。
姫の名は「虎耳草」。
金色の短い髪と草色の瞳、笑顔が明るい少女でした。
花畑の真ん中に横たわった永き人は、
花まみれで、とても良い香りがしました。
集まっていた人は家路につき、
かわりに動物たちが寄ってきました。
永き人の額はとても熱く湯気が出ていました。
虎耳草はパチンと指を鳴らし、
空中からポットを取り出して、額に乗せてみました。
しばらくするとお湯が沸いたので、
指を鳴らしてカップとソーサーと茶葉を取り出し、
永き人のかたわらで花茶を飲みました。
ぼんやりと見上げると、空は高く青く、
綿菓子のような雲が浮かんでいました。
永き人のそばで、頭はからっぽで、
ゆったりゆったり時間が流れていました。
どのくらいそうしていたでしょう。
後ろから低い声が聞こえました。
「やっと会えた」
振り返ると、永き人が体を起こして、
じっとこちらを見ていました。
世界を旅する男は、誰も知らない場所を探していました。
いつも追われては逃げて、森の中を険しい山を暗い洞窟を、
10年ばかり、休むことなく歩いてきました。
そんな人生にあきあきしていました。
ある日、「誰も識らぬ國」の噂を聞きました。
見たこともなければ記録にも載らないような、
優しき人が住む常春の楽園が、あるかもしれない。
そこに虎耳草という不思議な姫がいると。
それは男の胸とまぶたを熱くしました。
その日から、男はその国を探しましたが、
その日のあと、他に噂を聞くことはありませんでした。
とても寒いある日のこと。
空は分厚い雲におおわれ、森は黒い影を落とし、
男は雪に腰まで埋まりながら進んでいました。
獣も人も出歩かないような吹雪でした。
気が付けば、男は落ちていました。
崖の割れ目なのか、大きな穴なのか、
あっという間に空が遠く小さくなりました。
地上が遠くなるにつれ、あたりは暗くなりました。
真っ暗な闇をしばらく落ちていますと、
突然ふわりと浮かんだ心地がしました。
あたたかな風が吹き、
光と花の香りに包まれました。
男は花畑の真ん中にふんわりと落ちました。
体の下の花たちは綿布団のようで、
ちっとも痛くありませんでしたが、
そこで記憶が途切れました。
目を覚ますと、頭の横にはポットが置いてあって、
小さな動物たちが何匹も体に乗っていて、
楽し気にこちらをのぞき込んでいました。
動物の向こうには金色の髪の少女がいました。
「誰も識らぬ國だ」
男は起き上がりました。
金色の髪の少女が振り返り、
草色の瞳がまんまるになりました。
男の口から言葉がこぼれました。
「会いたかった」
少女はパチンと指を鳴らしました。
空中から短剣を取り出し、男へ向けました。
永き人は虎耳草をじっと見たままでした。
紫の瞳から涙を流しているのにも気づいていないようでした。
虎耳草は空中から取り出した剣を向けました。
永き人は剣を見て顔をゆがめて、
いっそう涙が止まらなくなりました。
虎耳草は剣を持たない方の手を伸ばしました。
花まみれの永き人の髪は銀色で柔らかでした。
しばらく撫でていると、ようやく涙が止まりました。
虎耳草はもう一度、永き人に剣を向けました。
動物たちが不思議そうに見守っていました。
男は大きく息を吸い、吐き出しました。
青い空を見上げ、花畑を眺め、
動物たちを見まわし、最後に少女を見て、
指をパチンと鳴らしました。
男は空中から箱を取り出し少女に差し出しました。
少女は箱を受け取り、男は剣を受け取りました。
箱の中には指輪がありました。
それは少女にぴったりのサイズでした。
男のベルトには空っぽの鞘がありました。
剣は鞘にぴったり収まりました。
少女は男に言いました。
「君に名前を返すよ。虎耳草。」
男は少女の本当の名前を呼びました。
「山茶花。」
動物たちが国の人を呼んできました。
小さく優しい人々は、王の養女の弟子を歓迎しました。
ふたりはとても強い魔法使いで、
ともに生きると誓った婚約者でした。
あまりに力が強いので、追われ、はじかれ、
逃げて、隠れて、世界のどこかにあるという、
この国で会おうと約束したのでした。
先についたら、相手の名を目印にしようと。
不思議な力にまもられた「小さき優しき人」が住む国。
同じく不思議な力を持つ優しき人しか入れない。
魔法使いだけに伝わるささやかな逸話は、
信じたとおりの場所でした。
不思議があたりまえのこの国で、
不思議があたりまえのふたりは、
国の人々と動物たちが見守る中、
ここで生きようと、幸せそうに誓いました。
山茶花が贈った剣と、
虎耳草が贈った指輪は、
お互いの労をねぎらうように、
きらりと光りました。
誰も識らない花ノ國の、
やさしい愛の物語の、はじまりのお話。
昨年(2019年)は自分の詩集を創作フリマで出してみたり、自分で企画した朗読劇公演の原作を書いたりしていましたが、今年はより人の目に触れる公に近いことをしようと決意したところ、ちょうどその日に締め切りの公式企画があると知り、あわてて会員登録をして書き始めました。とても楽しく書かせていただきました。
テーマと締め切りがあると、筆は進むものですね。おかげで一気に書き上げることができました。
形にできると、そしてまとまると、とてもうれしいですね。
あたたかな気持ちになっていただけたのなら、幸せです。